2017-11-27
会場風景
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所(放医研)は,2017年11月27日(月)に京葉銀行文化プラザ(千葉県千葉市)において,「放射線と人に関わる研究 これからも」をテーマに創立60周年記念講演会を開催した。本講演会では,過去10年間の代表的な研究成果や活動,今後の展望を紹介するとともに,茨城大学理学部地球環境領域の岡田 誠氏による,千葉県市原市にある地層を約77万〜12万6000年前の基準地とし,その年代名を「チバニアン」(千葉時代)と申請するに至った研究についての特別講演が行われた。
記念講演会は,量子科学技術研究開発機構理事長の平野俊夫氏と放医研所長の野田耕司氏による開会の挨拶に続き,文部科学大臣政務官の新妻秀規氏と原子力規制庁長官官房核物質・放射線総括審議官の片山 啓氏による来賓挨拶で始まった。まず,放医研重粒子治療研究部チームリーダーの山本直敬氏による「肺がんの治療照射は1日で終わる時代に」と題した,肺がんに焦点を当てた重粒子線治療の現状についての講演が行われた。山本氏は,重粒子線治療の線量分布の違いを説明し,線量集中性という重粒子線の優位性を示した。また,国内でのがん罹患数のうち,死亡数では肺がんが1位というデータを示した上で,早期のステージの肺がん患者であれば,重粒子線治療が有効であると述べた。特に治療技術の進歩により,現在では1日照射で治療が終わり,外科手術に匹敵する3年生存率を誇るなど,治療期間短縮による患者の利便性の向上やコスト軽減などを利点として挙げた。一方,外科手術と比較して必ずしも優れているわけではないため,長所と短所を理解した上で患者に最適な治療法を提供することが大切であると述べた。
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次に,放医研脳機能イメージング研究部チームリーダーの樋口真人氏が登壇し,「脳を『見て』病気を治す:生体イメージングによる革新」をテーマに,PET装置による精神疾患に対する脳の分子イメージングについて紹介した。樋口氏は,認知症の患者の脳でアミロイドβやタウタンパクのゴミ蓄積が見られるというデータを示し,これらの有無や蓄積場所で認知症を超早期に鑑別できるとともに,どのような薬剤が予防に効力を発揮するか,または開発するべきかがわかることを説明した。また,うつ病でも同様に,PETでドーパミン受容体への抗精神病薬の結合を調べることで,最適な投与量を決定できるとした。さらに,現在ではPET/MRIにより神経回路の活動を知ることができるようになりつつあり,脳の神経細胞や神経伝達だけでなく,神経回路とのかかわりも含めて「見て」「治す」戦略をとれるようになるのではないかとの期待を示した。
岡田氏による特別講演では,「チバニアンと地磁気逆転」と題し,千葉県市原市のチバニアンの地層を発見し,国際標準模式層断面およびポイント(global boundary stratotype section and point:GSSP)に申請するに至るまでの研究成果を報告した。岡田氏は,GSSPや古地磁気学などの説明をした上で,すでにほとんどの時代区分で地質時代名が決まっており,今回の77万年前の地層がGSSPと地質時代名をつけられる最後の機会であると語った。また,千葉県市原市のような地層が陸上にある箇所は世界でも3箇所しかなく極端に例が少ないが,イタリアのモンタルバーノ・イオニコと最後までGSSPの審査でもつれた状況で,さまざまなデータを申請書の提出までに集め,万全な状態で挑んだ国際地質科学連合L-M境界作業部会の第1回投票で73%という得票で選ばれたという経緯を説明した。なお,本来ラテン語の千葉時代は千葉(Chiba)と時代(ian)で「チビアン(Chibian)」であったが,日本語として語呂が悪いということで「千葉の(Chiba no)」「時代(ian)」とすることで「チバニアン(Chibanian)」という名称になったことを紹介した。
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続いて,放医研放射線影響研究部チームリーダーの今岡達彦氏が,「子どもに対する被ばくの影響:実験でわかったこと」と題し,創立から60年にわたり放医研が行っている放射線の安全性に対する研究の成果について,子どもに焦点を当てて講演した。今岡氏は,「子どもは小さな大人ではない」とした上で,実験の結果から,被ばくによって傷ついた幹細胞の残存率や増殖率が子どもと大人で異なることがわかり,大人と子どもで臓器ごとにがんのリスクが逆転する理由も幹細胞に関係があるのではないかと述べた。また,今後は放射線をゆっくりと与える低線量率被ばくの影響が,どのように子どもと大人で異なるかの研究を進めるとともに,最新の手法を取り入れ幹細胞ががん細胞になるまでの観察や,コンピュータ内で幹細胞や組織を作成し,被ばく後の変化を予測できるシステムの研究をしていきたいと抱負を語った。
放医研被ばく医療センター医長の富永隆子氏は,「被ばく医療と放医研,そして未来へ」と題し,放射線による被ばく医療の現場対応について,2010年に設立された緊急被ばく医療支援チーム(REMAT)の活動を中心に,福島第一原子力発電所の事故での事故対応や,2017年6月に起きた日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターのプルトニウム内部被ばく事故の対応を紹介した。また,地域への災害対処研修の事例などを挙げ,情報発信,国際貢献,体制整備,人材育成の観点から,放医研の被ばく医療の取り組みを述べた。
最後に,量子科学技術研究開発機構理事の島田義也氏より,閉会の挨拶が行われた。島田氏は,放射線が人体に及ぼす影響や障害の研究「守りの研究」と放射線の医学利用の研究「攻めの研究」を同時に行い,いっそうの研究開発を進めていくと抱負を述べた。
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●問い合わせ先
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所
創立60周年記念事業準備委員会事務局
TEL 043-206-3193
http://www.qst.go.jp