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東北大学,コニカミノルタが脳磁場を簡便に低コストで計測する高感度センサを開発〜心磁場測定の高速化も同時に実現 - 革新的な医用計測技術〜

2017-11-24

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の安藤康夫教授のグループは,同大学院医学系研究科の中里信和教授のグループおよびコニカミノルタ(株)のグループとの共同研究で,室温で簡便に動作する,高感度かつ高分解能のトンネル磁気抵抗(TMR)素子生体磁気センサ(以下,TMR磁気センサ)を開発し,脳活動の一つであるα波の検出に成功した。液体ヘリウムを使用しない室温で簡便に動作可能な素子で脳磁信号を検出したのは世界で初めてのこと。脳磁は脳波と比較して脳活動の情報を遙かに多く提供するため,簡便に室温で脳磁測定が可能になったことで,診療からヘルスケアに至るまで,幅広く脳磁測定技術が普及すると考えられる。

また,心磁場の検出に関しては信号を積算することなく,リアルタイムで波形を観測することに成功した。これまでは液体ヘリウムを使用するSQUID注1素子を用いた装置でしか測定できず,診療所レベルへの普及に対し,大きな妨げとなっていた。室温で簡便に測定でき,かつ安価に提供できる,本トンネル磁気抵抗素子を用いた心磁のリアルタイム測定により,虚血性心疾患や不整脈等の心疾患の診断に応用されれば,その診断精度が大幅に向上することが期待される。

さらには,特殊なシールドルーム注2が不要でかつ被験者が動きながらの測定も原理的には可能であるため,リラックスした環境で,脳や心臓をモニタできる。将来的には,ウェアラブルな素子で,運動時や車載などの環境においても,被験者が無意識のうちに測定が可能になると考えられる。ウェアラブル化により,TMR磁気センサの応用範囲は格段に広がることが期待され,計測医療分野に大きな変革をもたらすと考えられる。
本研究の成果は,平成29年11月27日に,公益社団法人日本磁気学会第5回岩崎コンファレンス「社会基盤の向上につながる磁気センサとその活用」において基調講演として発表される。

本研究は,科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)における研究開発テーマ「スピン流を用いた新機能デバイス実現に向けた技術開発」(プログラムオフィサー:安藤功兒)の研究開発課題「トンネル磁気抵抗素子を用いた心磁図および脳磁図と核磁気共鳴像の室温同時測定装置の開発」(プロジェクトマネージャー:安藤康夫)の一環として実施された。

●背景と経緯

脳波や心電図などの生体電圧計測は,非侵襲的な機能検査として広く用いられている。しかし,頭部や胸部を構成する組織内における電気の流れ方は不均一であるため,体表面の電位分布から生体内部の信号源を推定するための空間的精度が低いという課題がある。これを克服するために開発されたのが脳磁図および心磁図です。磁場の歪みは電気のそれに比べると無視できる程に小さく,脳磁図や心磁図における生体電気活動の位置推定精度は,脳波・心電図に比べると極めて高いことが知られています。空間的精度の飛躍的な改善により,脳や心臓の疾患部位を特定することが容易になり,また,脳信号源を精度良く推定することで,脳機能の解明にも大きく貢献できる。しかし,超伝導量子干渉素子(SQUID)を用いた脳磁計・心磁計は商品化されているものの,限られた一部の施設にしか普及していない。その理由として,SQUIDを冷却するための液体ヘリウムの容器の形状が固定されていて患者の身体の個人差に対応できないこと,液体ヘリウム容器の壁の厚さが限界となってセンサを生体面に密着できないので測定の空間分解能が予想したほど向上できていないこと,などが挙げられる。そもそもヘリウム自体が資源的に枯渇が危惧されており,これを大量に用いる液体ヘリウムは非常に高価であるため,ランニングコストが莫大な額になってしまう問題がある。これらのことから,室温動作かつ小型で身体に密着して測定ができるセンサの実現が,生理学者および臨床医の長年の夢として望まれてきた。
本研究で開発を進めている脳磁計・心磁計は,室温で動作する多数のトンネル磁気抵抗(TMR)注3素子をアレイ状に集積して,高感度磁気センサとして用いるもの。このTMR素子のセンサ感度は現状ではSQUIDのそれには及ばないものの,個々のセンサは体表面に密着して計測可能であるため,感度の向上に併せて空間分解能をも格段に向上させることが期待できる。このようなことから,図1-1に示すようにTMR素子を鎧帷子状に配置して,頭部や胸部の皮膚に密着させた状態で脳・心磁図を計測することにより,信号源から放射状に発生した磁束をすべて拾い上げることができるため,信号源推定がより容易となる(図1-2)。本研究開発は,実際に室温で動作する脳・心磁計を試作して,その有用性を実証することを目的として行っている。

脳磁図診断はすでに保険診療が認められ,社会的な地位を確立しつつあるものの,その応用範囲は,てんかん診断などの一定の領域に限られている。これは,現在のSQUID脳磁計では,センサ位置が頭皮から離れているために測定分解能に問題があり,正確に脳からの信号源が推定できないという限界によるものと考えられる。こうした脳磁図の課題を克服し,応用範囲を広げるためには,頭皮に密着して脳磁図を計測できる室温センサの開発が必要不可欠。一方,心磁計の開発はこれまでSQUIDのみで行われてきたが,上記の理由から産業として大きなポジションを得ることはできなかった。しかし,室温動作・高分解能の磁気センサが実現すれば,これまで診療の現場ではほとんど使われてこなかったものが,いつでもどの病院でも心電図と同様に診断が可能になると考えられる。TMR磁気センサは,これらのニーズに応える可能性を秘めた画期的なスピン素子として期待を集めている。

図1-1 TMR磁気センサを用いた脳磁計の概念図

図1-1 TMR磁気センサを用いた脳磁計の概念図

 

図1-2 従来のSQUID脳磁計とTMR磁気センサによる脳磁計の比較

図1-2 従来のSQUID脳磁計とTMR磁気センサによる脳磁計の比較

 

●開発の内容

1. 室温において脳磁場の検出に成功
TMR磁気センサを用いて,脳磁場・心磁場レベルの微小磁場を検出可能にするためには,センサの飛躍的な高感度化が求められていた。特に,生体磁場は低い周波数の信号であるため,低周波領域で高感度かつ低ノイズの素子を実現することは,TMR素子に限らず技術的に大変な困難をともなう。本研究では,TMR素子の低抵抗化,形状およびアレイ構造の最適化とともに,生体磁場計測に特化した低ノイズアナログ回路の改良を行った。これらの結果,本研究で開発したTMR磁気センサにおいて,信号出力は1 nTの外部磁場に対して,1.8 μVという大きな値が得られた。また,ノイズに関しても,低周波数の領域(1~50 Hz)において420 nVという非常に小さいノイズを実現した。この結果,TMR磁気センサで検出可能な磁場は約200 pT@1-50 Hzがえられ,従来に比べて約1桁の感度改善に成功した。

上記の高感度TMR磁気センサを用いることで,脳の活動由来が明確なα波の検出に成功した。α波は閉眼中に約10Hzの信号が後頭部に出現する。そこで,脳磁信号をTMR磁気センサで検出し,脳波のα波をトリガにして加算平均処理をした。図2-1はトリガ前後0.5秒程度の範囲における,脳波と脳磁図の比較である。両者は強い相関を示し,加えてTMR磁気センサの感度軸の向きを180度回転させたときに,信号の位相が反転する様子もとらえられたことから,α波由来の脳磁図であることが示された。SQUID以外の素子において,室温で簡便に動作する素子を用いて脳磁図を測定したのは,これが世界初となる。現在までに取得できているα波由来の脳磁信号強度は,加算処理後に2 pT程度にとどまっているが,脳磁源への近接効果による推定値は数十pTであり,測定環境や位置を最適化することで,より大きな脳磁信号を捉えることができ,脳磁図検出の検証精度も向上すると考えられる。

図2-1 TMR磁気センサで測定したα波由来の脳磁図と脳波の比較

図2-1 TMR磁気センサで測定したα波由来の脳磁図と脳波の比較

 

2. 心磁場のリアルタイム検出に成功
これまでのTMR磁気センサによる心磁場測定では,信号とノイズの比(SN比)向上のために数百回の積算処理が必要であった。本研究でセンサ性能を1桁向上させたことにより,積算をすることなく,リアルタイムで心磁図を検出することに成功した。図3-1は心電図と心磁図のリアルタイム測定の比較結果である。最も強度の大きいRピークに関して,心電のパルスと同期した信号が1/2の確率ではあるが,検出できている。これは信号とノイズの出力がほぼ同等(SN比が1)であるためと考えられる。図3-2には積算処理をした心磁図を併せて示している。数十秒程度の積算で,QRS波が明瞭に観測できることを確認した。また,図3-3に,測定位置を変えたときの,それぞれの場所における心磁図を示す。心磁図に特徴的である,部位による波形の違いが明瞭に観測できた。TMR磁気センサによる高感度・高空間分解能を有する心磁場測定技術は,心疾患診断の大幅な改善を実現するとともに,心磁場計測装置の普及にも大きな貢献が期待される。

図3-1 TMR磁気センサで測定したリアルタイム心磁図と心電図の比較 (a)心電波形, (b)Rピークが観測できた心磁図, (c)Rピークが観測できなかった心磁図

図3-1 TMR磁気センサで測定したリアルタイム心磁図と心電図の比較
(a)心電波形, (b)Rピークが観測できた心磁図, (c)Rピークが観測できなかった心磁図

 

図3-2 TMR磁気センサで測定した積算回数の異なる心磁図

図3-2 TMR磁気センサで測定した積算回数の異なる心磁図

 

図3-3 TMR磁気センサで測定した心磁図の測定位置依存性

図3-3 TMR磁気センサで測定した心磁図の測定位置依存性

 

●今後の展望

本研究において実現した,室温における簡便な脳磁場計測は生理学者および臨床医の長年の夢であった。本成果を契機として,室温脳磁場計測の研究が加速的に進展すると考えられる。脳磁図の応用については,現在のセンサの感度では用途は限定的だが,振幅の大きな脳信号を発生する薬剤抵抗性てんかんの術前治療で威力を発揮することが期待される。てんかん異常波は常に出現するとは限らないので,一般的に長時間の測定が必要とされていたが,TMR磁気センサを用いた室温動作・密着型の脳磁計では,拘束度が低いために長時間の連続計測が可能になる。さらにTMR磁気センサの感度が向上することで,様々な脳磁場計測への展開が期待される。例えば,脳梗塞の初期診断,アルツハイマー病などの認知症の診断,精神疾患の診断などにも脳磁図診断は応用可能であり,TMR磁気センサを用いた脳磁計による安価な計測が可能になれば,脳ドックのような健康診断装置として広い普及が期待できる。

また,心磁図がリアルタイムで計測可能になったことで,室温心磁計の実現が期待される。加えて,TMR磁気センサの特長である高分解能測定によって,不整脈,狭心症,心筋梗塞部位の診断精度が格段に向上し,安全に術前評価が可能になる。さらには,特殊なシールドルーム外で,運動時にも心臓をモニタリングすることが可能であることから,心筋梗塞のリスクを有する年代に対して,従来よりも圧倒的に安価な健康診断を提供可能になると考えられる。

さらに,TMR磁気センサは小型・低消費電力の特長も併せ持つことから,ウェアラブルデバイスへの応用が可能。ウェアラブル化によって応用範囲は格段に広がり,計測医療分野に大きなインパクトを与えることが期待される。このような夢を実現するために,さらなる研究開発の進展が期待される。

安藤功兒プログラムオフィサー(PO)コメント
脳内の活動を知るためには電気測定による脳波計測が一般的ですが,これは頭皮の表面を測定しているだけで,脳内のどこで活動が起きているかを直接的に知ることはできません。一方,脳内活動により発生する磁場を測定すれば,脳内のどこでどのような活動が起きているかの詳細を知ることができますが,現在の脳磁場計測装置は巨大でかつ非常に高価なものしか存在していません。今回の成果は,スピン流技術を使ってTMR磁気センサの感度を究極まで高めることにより,初めて,簡便かつ安価に脳磁信号を検出した画期的なものです。脳磁信号の検出という大きな進歩が達成されましたので,今後はその実用化を目指した開発を推進していきます。今回の成果は,医学応用に限らない多様な応用分野の開拓にもつながっていくものと期待されます。

注1 SQUID
超伝導量子干渉素子の略,Superconducting QUantum Interference Device)。超伝導リングにジョセフソン接合部を設けた,微小な磁場を測定する磁気センサ。fTオーダーの微小磁場も検出可能であるが,素子を超伝導状態に冷やす必要があり,液体ヘリウムが必須である。
注2 シールドルーム
微小な電磁的な測定をするために,電磁波を外部から遮蔽するように設計された部屋のこと。必要とする測定対象物により,シールドの性能が10dB程度から100dB以上まで様々なタイプのものが存在する。内部の雑音電磁場を減らすために,金属製の板,導電性材料などで部屋全体を覆い囲んであり,開口部のシールドも重要になる。
注3 トンネル磁気抵抗効果,トンネル磁気抵抗比
厚さ数nm(nmは10億分の1メートル)以下の非常に薄い絶縁体(あるいはトンネル障壁)を2枚の強磁性体の電極で挟んだ構造の素子を強磁性トンネル素子(MTJ)という。2枚の磁性層の磁化の方向が平行のときには,2枚の電極間の抵抗が小さくなり,反平行のときには抵抗が高くなる。この現象をトンネル磁気抵抗(TMR)効果という。室温TMR効果は1994年に東北大学の宮﨑照宣教授によって発見された効果である。これは後に高密度ハードディスクの読み出しヘッド,および高密度不揮発性磁気メモリ(MRAM)への実用化が進められた。

 

●問い合わせ先
コニカミノルタ(株)
TEL 03-6250-2100
https://www.konicaminolta.com