2024-7-1
石川県七尾市の恵寿総合病院は,2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震において,被害を最小限に抑え,医療を止めることはなかった。災害対策として,本館には免震構造を採用。さらに,事業継続マネジメント(BCM)・事業継続計画(BCP)の観点を持ってデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め,業務用iPhoneの導入によって地震発生直後から医療を継続し,結果として収益にも結びついた。人手不足などの課題を解決するためにはDXが必要だが,それを推進することが災害に強い医療機関づくりにもつながる。
免震構造の本館とBCM・BCPが被害を最小限に抑え早期復旧に寄与
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震は,甚大な被害が生じ,多くの犠牲者が出ました。能登半島は,日本海に突き出た山地・丘陵地が多くを占める地形をしています。二次医療圏は,人口約6万1000人の能登北部医療圏と約11万8000人の能登中部医療圏の2つがあり,高齢化率はそれぞれ約48%と約40%で,人口密度も全国平均を大幅に下回っています(編注:数値は2020年の国勢調査)。このように特異な自然環境と過疎化が進む地域で地震が発生したことで,復旧・復興には時間を要しています。
当院のある七尾市も震度6強を観測しました。当院も一部の建物に破損や断水の被害が出ましたが,1月4日には外来診療を通常どおり開始するなど,早期に復旧をすることができました。これは2013年に竣工した本館が災害に強い建物になっていたことが一つの理由です。当院では,本館建築に当たり,2007年の能登半島地震を踏まえて,災害時対応コンセプトの下に計画を策定しました。計画では,建物の免震構造,地盤改良による液状化対策,水害・津波対策としてサーバ室や発電機,熱源設備などの最上階への配置,災害時拠点機能のための屋上ヘリポート,トリアージ・屋上避難スペースの確保を盛り込みました。このような地震に強い建物により,被害を最小限に抑えられました。
さらに,私たちは,BCMとBCPに基づいたインフラ,ハード・ソフトの整備を進めており,それによって,今回の地震でも医療を止めることなく継続できました。当院のBCM・BCPでは,上水の二重化や2回線受電,二重の避難経路,全国の病院との非常時相互協力協定,医療物資物流センター・医薬品卸・給食業者とのバックアップ協定といった対策をしています。中でも,ITなどデジタル技術に関しては,免震構造の本館最上階へのサーバ室の配置のほか,電子カルテデータを2か所のデータセンターにバックアップ,PACSのクラウド化,PHRによる患者自身のカルテ管理,業務用iPhoneの導入,全職員にマイクロソフトのアカウントの付与と「Teams」使用などを行っています。
業務用iPhoneの導入により地震発生直後から医療を継続
当院は,2002年に電子カルテを稼働させるなど,早期から医療のIT化,DXを進めてきました。今回の地震でも,これまでのDXの取り組みが,医療を止めないために大変有用でした。
その一つが,業務用iPhoneの導入です。当院では,2023年に働き方改革,業務効率化,情報共有などを目的に業務用iPhoneを520台導入して,電子カルテ記載,データ・画像参照,ナースコール,トークルーム(チャット)といった機能を活用していました。今回の地震では発生直後に,耐震構造だった「3病棟」と「5病棟」で棚の転倒や天井の崩落などの被害が生じたことから,5病棟の入院患者と職員を被害がほとんどなかった免震構造の本館に退避させることにしました。しかし,本館にある6つの病棟にすべての患者さんを収容することはできないので,急きょ内視鏡室やリハビリテーション室,化学療法室,デイルームを臨時の病室として使用することにしました。ところが,臨時の病室には電子カルテ端末がありません。そこで,iPhoneを電子カルテ端末として活用することにしました。当院では,看護師や理学療法士などによる多職種が協働するセルケア方式を採用して,常に患者さんのそばで業務を行えるようにしています。このセルケアの多職種チームは,以前から日常の業務でiPhoneを使ってトークルームでコミュニケーションをとっており,臨時の病室でも円滑に業務を遂行することができました。非常時においても混乱することなく,ITを活用して診療を継続できたのは,DXによる職員の働き方改革の成果でもあると言えます。
BCM・BCPの観点を持ってDXを進め被災後も黒字経営を継続
このほかにも,全職員にマイクロソフトのアカウントを付与して,日ごろからTeamsを利用していたことで,地震発生からその後の復旧までを迅速に進められました。災害時には,災害医療だけでなく,復旧作業を行いつつ平時の医療を守る必要があり,通常の3倍以上の医療ニーズが生じます。このニーズに対応するためには,速やかな災害対策本部の設置と,指揮命令・情報共有の一元化が求められます。そこで私たちは,各部署や法人各施設との情報収集・共有をTeamsに一元化しました。これにより,地震の影響で電話が不通となった地域とTeams電話やビデオ会議を行うことができました。
また,当院では2017年に患者さんとの情報共有を促進すために,メディカル・データ・ビジョンのPHR「カルテコ」を導入し,患者さんがスマートフォンから自身の診療情報を参照できるようにしました。今回の地震では,金沢市に避難した患者さんが他院を受診した際に,PHRを用いて処方や検査の情報を先方の施設に伝えることができたというケースもありました。
一方で,BCM・BCPにはなかったのですが,地震発生直後より支援物資や寄付の問い合わせがあったことから,クラウドファンディングを実施しました。1月5日から開始して,35日目には1億円の支援が集まりました。これは医療機関のクラウドファンディングでは最速と言われています。募集終了日の3月31日までには,2496人の支援者の皆さんから,1億954万7000円もの支援とともに,応援コメントをいただきました。本館の玄関近くには,応援コメントの書かれた紙を花びらに見立てた「復興の桜」を掲出しています。これが私たちにとって何よりも大きな励みになっています。
このように,BCM・BCPの観点からも積極的にDXを推進してきたことが,今回の地震では功を奏しました。ただし,電子カルテデータの二重のバックアップや2回線受電といった非常時に備えた対策には,多くのコストを要します。建物などのハードウエアやインフラへの投資も含めると,さらに高額になります。けれども,近隣の医療機関が診療機能に支障が生じて混乱する中で,当院は地震発生直後から医療を継続できました。救急を受け入れ,手術を行い,災害時にも医療を止めることはなかったのです。結果として,私たちの取り組みは地域住民からの信頼を得ることにもつながり,地震発生以降も黒字が続いています。医療が止まることは,私たちの収入がなくなってしまうことになります。だからこそ,BCM・BCPは重要であり,DXを進める上でその視点を持つことが大切です。
DXに取り組むことが災害に強い医療機関づくりにつながる
現在,物価や人件費が高騰していますが,一方で2024年度の診療報酬改定を見ればわかるとおり,今後も改定率が大幅に上がることはあまり期待できず,医療機関の経営環境は厳しい状況にあります。このような中で,災害対策にコストをかけるのは難しい医療機関も多いと思います。国には,医療機関は国民の命を預かっており,災害時には災害医療と通常の医療を継続しなければいけない重要なインフラであるとの視点を持って,診療報酬とは別の枠組みで災害対策のための補助金交付といった施策が求められます。
日本は今後,生産年齢人口の減少が進み,医療においても,人手不足という大きな課題が津波のように押し寄せます。この課題に対応するためにDXは必須です。国を挙げて医療DX推進施策が進められていますが,医療機関の経営者,管理者は,この施策に沿いつつ,医療の質を向上し,働き方改革を進めるためのDXに取り組むことが求められます。当院が業務用iPhoneを導入したことで大地震でも医療を止めることなく継続できたように,DXに取り組むことが災害に強い医療機関づくりにつながるはずです。
(かんの まさひろ)
1980年日本医科大学医学部卒業。86年に金沢大学大学院医学専攻科修了後,同大学第2外科に入局。92年に恵寿総合病院外科科長となり,93年に同院病院長に就任。95年に特定医療法人財団董仙会(現・社会医療法人財団董仙会)の理事長となる。2011年から社会福祉法人徳充会理事長を併任。公益社団法人全日本病院協会副会長,一般社団法人日本社会医療法人協議会副会長,一般社団法人日本病院会常任理事などを務める。社会保障審議会医療部会委員のほか,厚生労働省の検討会などの委員を数多く務める。