技術解説(シーメンスヘルスケア)

2020年7月号

プラットフォーマーの医療AI戦略

Siemens Healthineersの医療AI戦略 ─ オンプレミスからクラウドプラットフォームへ

鈴木 貴士/下平 貴史[シーメンスヘルスケア(株)デジタルヘルス& SYNGO事業部]

医療現場において直面している多くの課題を解決すべく,さまざまなベンダーが日々ソリューション開発に取り組んでいる。Siemens Healthineers(以下,Siemens)は長い歴史において,画像診断装置を中心とした医療機器の研究開発・製品化を行ってきた。また,コンピュータの発展に伴い,ハードウエアの面だけではなく,ソフトウエアの面においてもさまざまなソリューションを医療現場に提供し,医療のデジタル化を推進している。そのためのキーテクノロジーとして,Siemensでは人工知能(AI)の応用に取り組んでいる。

■AI技術開発の方向性

Siemensは,医療分野におけるAI活用領域を4つ(撮影・計測技術,画像処理技術,個別化医療技術,地域・集団単位の分析技術)に大別して考えている。撮影・計測技術は,CTやMRIなどによる検査のワークフローを補助する技術である。例として,Siemensの“Fast 3D Camera”はCT検査のポジショニングの自動化に寄与し,標準化され最適化された撮影とオペレータの業務効率化を実現する。画像処理技術は,放射線科の読影業務を中心に業務の高精度化や高効率化が期待されている画像処理を指す。例としては,医用画像から関心領域の自動検出やセグメンテーションを行う技術が挙げられる。個別化医療技術は,患者個人に対して最適な(個別化)医療のクリニカルパスを提案する,あるいは決定するための支援を行う技術を指す。そして,最後の地域・集団単位の分析技術は,疫学的なアプローチとして,例えば地域ごとの生活習慣病や特定の疾患に関する経時的,あるいは年齢や性別などの階層別に傾向を分析する技術を指す。
上記の4領域の中で,医療業界の中でとりわけ盛んに研究開発され,各社で実用に向けて取り組まれている領域が「画像処理技術」であり,Siemensでは最初の取り組みとして,胸部CT画像に対する診断支援を行うエンジンである“AI-Rad Companion Chest CT”を開発している。本エンジンは,日本法人のSiemens(シーメンスヘルスケア)が提供する「AI画像解析受託サービス」で使用されるエンジンであり,肺,大動脈,心臓の解析を自動で行う1)。肺の解析では, 肺結節の検出・計測(スライス断面上の2D径,3D径および体積)および肺気腫領域(LAA%)の計測とその重症度のカテゴリー分類を行う。大動脈の解析では,AHAガイドラインに従った9か所の径を計測し,大動脈瘤の疑いがある径の拡張に関して,その重症度のカテゴリー分類を行う。心臓の解析では,心臓の体積計測,冠動脈石灰化の検出と石灰化部分の体積計測およびその重症度のカテゴリー分類を行う。

■従来の「機械学習」から「ディープラーニング」へ

Siemensが提供している「syngo.via(VB30)」に備わっているさまざまな機能には,AI技術が応用されているものもある。“CT Lung Care”や“RT Image Suite”がその例に該当し,前者では肺結節の検出に,後者では臓器の検出やセグメンテーションに機械学習が応用されている。Siemensのディープラーニングを活用した技術開発における取り組みの一つに,既存の機能の精度向上がある。図1は,従来の機械学習とディープラーニングについて,アルゴリズムのトレーニングに使用したデータ量と精度の関係を概念的に示したものである。従来の機械学習では,トレーニングデータの量を増やしてもある程度以上の精度を得ることができない一方で,ディープラーニングを使用するとトレーニングデータを増やすことで従来の機械学習以上の精度を得ることができる可能性を持つ。その潜在性は,昨今のAIブームの根拠にもつながる。

図1 従来の機械学習とディープラーニングの精度の違いを表す概念図

図1 従来の機械学習とディープラーニングの精度の違いを表す概念図

 

AI-Rad Companion Chest CTの機能の一部はsyngo.via(VB30)にも備わっているが,大きな違いはアルゴリズムにある。syngo.via(VB30)では従来の機械学習が応用されたアルゴリズムが用いられ,一方,AI-Rad Companion Chest CTではディープラーニングを応用して得られたアルゴリズムにアップグレードされている。そのほか,主な違いを表1に示す。

表1 AI-Rad Companion Chest CTとsyngo.via VB30の比較

表1 AI-Rad Companion Chest CTとsyngo.via VB30の比較

 

■オープンプラットフォーム

AI-Rad Companion Chest CTによるAI画像解析受託サービスをはじめ,今後のAIソリューションは,Siemensが提供するクラウドプラットフォームである「teamplay Cloud Platform」(図2)上でユーザーに提供される方針である。クラウド版のソリューション提供は,従来のオンプレミス版と比べていくつかのメリットがある。まず,ユーザーは今までのオンプレミス版で必要だった,導入するアプリケーションの稼働に必要なスペックを持つハードウエア(ワークステーション)を必要としない。オンプレミス版の場合,高性能なアプリケーションほどハードウエアに要求されるスペックのレベルも高くなり,その分,ユーザーが負担するコストは高くなる。対して,クラウド版の場合,クラウドにアクセスできる端末があればよく,アプリケーションの稼働に必要なスペックは要求されない。2つ目として,オンプレミス版の場合,特に異なるベンダーのソフトウエアを導入する際は,その都度ハードウエアの購入とその分のスペースの確保が必要である。一方,クラウド版の場合,ユーザーはプラットフォームを通して,ハードウエアを気にせず複数のアプリケーションを利用できる。Siemensのteamplay Cloud Platformは,他社の有用なソリューションも提供するオープンなプラットフォームであり,ユーザーが利用したいソフトウエアのみに対してプランに応じて任意に契約することで,オンプレミス版よりも物理的にも経済的にもスマートに,さまざまなソリューションを利用することができる。3つ目として,ユーザーの現場におけるアプリケーションのアップデートが不要である。クラウド版の場合,クラウドにインストールされているソフトウエアを管理者(ベンダー)が更新することで,ユーザーは作業を行うことなく,常に最新のソフトウエアを使用することができる。

図2 クラウドプラットフォーム「teamplay Cloud Platform」上のAIソリューション利用例 ユーザーがモダリティから,あるいはPACSから解析したい医用画像をクラウドにアップロードすると,クラウド上のアプリケーションが自動解析し,結果をユーザーの施設(PACS)に返す。ネットワーク経路は十分にセキュリティに配慮されている。

図2 クラウドプラットフォーム「teamplay Cloud Platform」上のAIソリューション利用例
ユーザーがモダリティから,あるいはPACSから解析したい医用画像をクラウドにアップロードすると,クラウド上のアプリケーションが自動解析し,結果をユーザーの施設(PACS)に返す。ネットワーク経路は十分にセキュリティに配慮されている。

 

本稿では,胸部CT画像に対する診断支援を行うエンジンであるAI-Rad Companion Chest CTの紹介と従来のsyngo.via(VB30)に備わっている機能との違い,および,AIソリューションを利用する環境となるteamplay Cloud Platformのメリットを紹介した。施設の方針によってクラウドを利用できないユーザー向けソリューションについても,現在検討されている。Siemensは,AIにかぎらず人々のクオリティ・オブ・ライフに貢献するソリューション開発に取り組んでいる。

*ソフトウエアバージョンVB30の情報であり,それ以降のバージョンではディープラーニングでトレーニングされたアルゴリズムも導入される。

●参考文献
1) シーメンスヘルスケア株式会社 : Siemens HealthineersのAI画像診断支援技術開発の取り組み. INNERVISION, 34(7): 87, 2019.

TOP