FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.53

(株)メディカルマネジメント松沢 情報システムグループ 大岡 靖 氏,加藤悠太 氏,陳之内滉大 氏
医事グループ 大脇健司 氏
東京都立松沢病院 精神保健福祉士 谷田部成徳 氏

Case55 東京都立松沢病院 医療保護入院や入退院支援加算など精神科医療に特有の手続きや事務業務のDXを内製化システムで実現

前列左から大岡氏,大脇氏,谷田部氏,後列左から加藤氏,陳之内氏

前列左から大岡氏,大脇氏,谷田部氏,
後列左から加藤氏,陳之内氏

東京都立松沢病院(東京都世田谷区)は,898床を有し精神科を中心に内科,外科,整形外科など身体の治療を行っている。地域に開かれた病院として地域の医療機関や保健,福祉と連携した医療を提供する。同院では,電子カルテシステムをはじめ20を超える部門システムが稼働しており,そのうち電子カルテシステムのデータウエアハウス(DWH)と連携した診療支援,業務支援のためのシステムをClaris FileMakerプラットフォームで構築している。その開発や運用,管理について,(株)メディカルマネジメント松沢の情報システムグループの大岡靖氏,加藤悠太氏,陳之内滉大氏,医事グループの大脇健司氏,東京都立松沢病院の精神保健福祉士である谷田部成徳氏に取材した。

診療・業務を支援するカスタムAppを内製開発

メディカルマネジメント松沢(以下,MM松沢)は,東京都のPFI事業の一環で,都立松沢病院の運営業務を担う特別目的会社(SPC)として2008年に設立された。医事や検査業務から清掃,警備,医薬品などの調達,光熱水供給まで,病院全般の業務を協力企業と共に担っている。同院の病院情報システムは,電子カルテシステム(富士通製HOPE EGMAIN-GX)のほか20以上の部門システムが稼働している。MM松沢の役割について大岡氏は,「基幹システムを除いた医療情報システムの運用はわれわれがサポートし,保守管理やベンダーとの窓口業務なども行っています」と説明する。
同院では診療や業務を支援するシステムを2018年からClaris FileMakerプラットフォームで構築し,現在は20以上のカスタムAppが稼働している。FileMakerでのシステム構築の経緯を大岡氏は,「医師から研究や学会発表のためのデータ解析がしたいとの要望を受け,電子カルテのDWHからFileMakerにデータを抽出して解析するカスタムAppを構築したのが始まりで,そこから医事データ活用にも広がり,診療支援や業務系アプリへと展開しました」と振り返る。
また,新型コロナウイルス感染症の拡大時には,FileMakerで整備していた「災害時ポータル」を感染管理対策に応用するなど,柔軟な対応を実現した。大岡氏はFileMakerを採用した理由を,「高度な機能を持ったデータベースを,画面上で簡単に操作できる扱いやすさが魅力です。また,DWH,部門システムなど,病院情報システムとも柔軟に接続できる点も大きなメリットでした」と述べる。
現在,FileMakerでの開発は情報システムグループの加藤氏,陳之内氏の2人で担当している。「病院側にもFileMakerが根付いていて,新たな課題やタスクについてFileMakerで何とかできないかという相談を受けることがあります。院内の業務改善の会議などで要望をとりまとめて,社内のスタッフの業務状況を見ながら開発を進めています」(大脇氏)。

精神科の「医療保護入院」の管理ツールを構築

2024年4月の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)の改正に合わせて,「医療保護入院(医保)管理ツール」をFileMakerで構築した。精神科の入院には,任意入院,措置入院 / 緊急措置入院,応急入院などがあり,医療保護入院は「精神障害があり治療と保護のために入院が必要と判断されたが,病状などによって本人の同意が得られない場合に家族等の同意で入院させることができる」というものだ。本人の同意のない長期入院を避けるため,入院の判断や退院に向けた手続き,退院後の受入体制などについて細かい規定が定められている。今回の改正では,入院期間の設定と入院要件の厳格なチェックが義務付けられた。
改正後の医療保護入院は,最初の入院の場合は3か月以内,継続入院は最初が3か月,次が6か月という期間が設けられている。医療機関側はこの間,満了日(退院予定日)1か月前の最初の7日間に指定医診察を行う必要がある。また,満了日の14日前までに,入院期間の更新通知,家族等同意書などの書類の作成,退院支援委員会の開催が必要で,さらに開催について本人への通知,結果の送付,退院支援委員会管理表への記録などが求められる。これらの管理は,精神保健福祉士(PSW)が中心に行うが,看護師や医事課など多職種と連携しつつ,期日に合わせた進捗の管理や必要な書類の作成状況の把握が必要だ。同院の医療保護入院は年間延べ700人で,新規・継続合わせて月50人以上の進捗状況を管理している。同院のPSWの谷田部氏は,「改正により,書類漏れのない厳格な手続きとスケジュール管理が求められるようになりました。アナログでは対応が困難と考え,情報システムグループに相談しました」と述べる。大脇氏も,「電子カルテでの対応も検討したのですが,ベンダーからはそのような機能が準備できないとの回答でしたので,FileMakerでの構築を決めました」と話す。
2024年1月から開発をスタートし,わずか3か月後の4月1日に稼働するという短期間のプロジェクトとなった。大脇氏は,「チームで進めましたが,精神保健福祉法の疑義の解釈なども必要で,仕様を固めるのにも時間がかかりました」と話す。開発を担当した加藤氏は,「PSWが作成した画面レイアウトのイメージを基に,必要な機能を追加しましたが,画面の設計などは実際に現場で使うスタッフからヒアリングして進めました」と言う。DWHとの連携については,患者基本情報や入院日,入院形態などはODBC接続で,また手続きに必要な書類の作成状況はDWHを開いてリストを特定のフォルダに保存するまでをRPAで行い,そのデータをスクリプトでFileMakerに保存している。
医保管理ツールでは,入院日から入院満了日(退院日)や指定医診察日の期限を自動で計算して表示し,日付やチェックボックスでそれぞれのタスクの進捗状況を確認できる。画面上に職種ごとに必要な業務を表示し,全体を俯瞰しながら進捗状況を共有することで漏れのない医保管理が可能になる。また,一覧(リスト表示)では,満了日の35日前から赤字で残りの日数が表示され,カウントダウンして対応を促すようになっている。谷田部氏は,「すべてを日付通りに管理しなければならず,不備があるまま入院させることは法令違反となり,病院側の重大な過失になります。万が一,当初の対応が漏れていてもフォローアップできるようにFileMaker側の機能で注意を促すようにしています」と説明する。
医保管理ツールによって,これまで入院の手続きでの漏れは1件も発生していない。谷田部氏は,「実際に運用してみると,医療保護入院の手続きは複雑で,紙やExcelなどでは無理だったと感じています」とFileMakerでのアプリ開発を高く評価する。
また,入退院支援加算管理ツールも2024年6月から稼働した。2024年の診療報酬改定では,精神病床に入院する患者に対して早期から包括的支援マネジメントに基づく入退院支援を行った場合,新たに精神科入退院支援加算として1000点が認められるようになった。大脇氏は,「算定要件を満たすために必要なことを一覧で把握できるようにしました。これも医師やPSW,医事課など多職種がかかわり,システムで一元管理しないと算定漏れにつながるため,FileMakerでのDXが有効でした」と述
べる。

■Claris FileMakerプラットフォームで構築した松沢病院のカスタムApp

医療保護入院管理ツール 患者詳細画面

医療保護入院管理ツール 患者詳細画面

 

CITA連携システム 個別取込画面

CITA連携システム 個別取込画面

 

転棟承認ツール 申請一覧画面

転棟承認ツール 申請一覧画面

 

摂食障害問い合わせ管理ツール 相談入力画面

摂食障害問い合わせ管理ツール 相談入力画面

 

診療系・業務系の多くを内製開発し医療DXを推進

同院では,FileMakerのデータベースは,電子カルテなどの診療システムと同じネットワークの診療系DBと,インターネットにつながる院内LAN上で運用する業務系DBの2つのシステムがある。診療系DBでは医保管理ツールや入退院支援加算管理ツールのほか,入院調整,病棟台帳,災害時ポータル,CITA連携システム,摂食障害システムなどが,業務系DBでは名札印刷(職員名簿ID),救急電話対応,松沢カレッジ(院内研修の管理システム)などが構築されている。CITA連携システムは,同意書や診療情報提供書などの紙文書をスキャンする「CITA」(富士フイルムメディカル)のスキャンデータを管理するカスタムAppで,FileMakerを介することで,スキャンデータの取り込みだけでなく,スキャン業務を行う委託スタッフの工数削減も同時に行えることがメリットだ。業務系のシステムでは,10を超える協力会社の職員に共通IDを発行して管理している。これらの職員データをFileMakerに登録し,写真やQRコードを含めた名札の印刷をカスタムApp「名刺印刷」で行っている。

開発経験の浅い若手がFileMakerの開発に取り組む

開発を担当する加藤氏と陳之内氏は,いずれもFileMakerでの開発経験は2年程度ながら,現場のニーズに応じたアプリ開発を続けている。FileMakerについてはMM松沢で担当となってからClaris社の提供する学習コンテンツやYouTubeなどで学び始めた。加藤氏は,「最初は不具合や手直しが必要なこともありましたが,自分でつくったシステムが実際に現場で継続的に使われていることにやりがいを感じています」と言う。陳之内氏は,「自分がつくったDBが役立ったと現場から感謝されるとうれしいですし,もっとよいアプリをつくりたいというモチベーションになっています」と語る。
ローコード開発によるシステムが,業務のDXになくてはならない基幹システムとの潤滑油の役割を果たしている。

 

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独立行政法人東京都立病院機構 東京都立松沢病院

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