FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.52

医療情報管理室 室長 太田原 顕 氏,富田望実 氏 ジェネコム代表取締役 高岡幸生 氏

Case53 山陰労災病院 EGMAIN-GXとFileMakerのデータ連携をLifeMark-HXでも実現して業務支援に活用

左から高岡氏,富田氏,太田原氏

左から高岡氏,富田氏,太田原氏

山陰労災病院(363床)では,2008年の電子カルテの導入時に基幹システムと連携して,その運用を支援する診療支援システムをClaris FileMakerプラットフォームで構築した。患者基本情報などを取り込み,診療に必要な帳票(紙)をFileMakerで出力し,作成した書類をPDFで電子カルテに保存するという運用で,電子化に伴う現場の業務負担を軽減して診療をサポートするシステムだ。2017年の電子カルテのリプレイスでFileMakerの診療支援の機能は電子カルテに吸収されたものの,基幹システムとの連携は継続され,業務支援のためのFileMakerカスタムAppの構築が続けられている。同院でのFileMaker活用の歴史とコンセプトを,当初からFileMakerでのシステム開発に携わり,現在は医療情報管理室長として病院のDX化に取り組む太田原顕氏と,FileMakerでの開発を担当する同室の富田望実氏,FileMakerと基幹システムとの連携を担当した(株)ジェネコムの高岡幸生氏に取材した。

紙運用を生かした支援システムをFileMakerで構築

山陰労災病院は1963年に開院。山陰地方の勤労者や地域住民に地域中核病院として質の高い医療を提供してきた。中枢神経,循環器,消化器,腎代謝,骨関節,小児・周産期を診療の柱として,救急医療,地域医療連携に力を入れている。開院60周年を機に病院のリニューアルを進め2023年には新棟が完成,2025年7月のグランドオープンに向けて整備が進められている。
同院では,2008年に医事,オーダリング,看護,電子カルテを扱う病院情報システムを構築するプロジェクトを開始。電子カルテシステムには,「OCS Cube」(両備システムズ製)を導入し,その運用をサポートするサブシステムとして,診療支援システムをFileMakerによって構築した。太田原氏は,それ以前から循環器内科の心臓カテーテル検査の予約やレポートのシステムをFileMakerで自作していたこともあり,このプロジェクトを担うことになった。FileMakerでのシステム構築について,「心カテの検査台帳構築の経験から,FileMakerのサブシステムを機能させるためには基幹システムと連携して,患者基本情報や病名などを取り込むことが必要だと感じていました。そこで電子カルテベンダーにFileMakerとの連携をお願いしたのが始まりです」(太田原氏)と話す。
OCS Cubeとの連携では,ESS(External SQL Data Source)用テーブルから,病名,手術情報,アレルギー感染情報,検査データ,予約受付情報などについての29のテーブルを直接FileMaker Serverに取り込む仕組みをつくった。まず,IDや患者名などを反映した帳票をFileMakerで作成し紙に印刷。これを診療に使用し記載した帳票をPDF化して電子カルテに取り込む運用とした。太田原氏は,「電子カルテでは対応できない運用を紙を使うことでカバーし,PDF化した書類は電子カルテ側で管理するという,電子化と紙のいいとこ取りのシステムでした」と述べる。FileMakerのサブシステムの開発についても,太田原氏を中心に院内のスタッフが行う「ユーザーメード」の体制で進めた。

診療情報管理室ではFileMakerで院内がん登録のデータを一覧でチェック

診療情報管理室ではFileMakerで院内がん登録のデータを一覧でチェック

 

基幹システムとのデータ連携で診療現場の要望に対応

同院の電子カルテは2017年にHOPE EGMAIN-GX(富士通製)にリプレイスされた。そこでFileMakerの診療支援の機能は,電子カルテ側に移行して役割を終えるはずだった。太田原氏は,「EGMAIN-GXは機能が整っていたので,運用を補ってきたFileMakerのサブシステムは役割を終えるはずでした。しかし,電子カルテではカバーしきれない部分,あるいは現場の要望(ニーズ)に応えたシステムをつくるにはFileMakerは必要不可欠であり,基幹システムとの連携の仕組みだけは継続することにしました」と説明する。
このEGMAIN-GXとFileMakerの連携機能の開発は,ジェネコムが担当した。高岡氏はこの連携について,「電子カルテ本体のデータベースではなく,データウエアハウス(DWH)に定期的にアクセスしてデータをコピーしてFileMaker側にレプリケーションするようにしています。これによって,電子カルテ自体には負荷をかけることなく,最新のデータをFileMakerで利用することができます」と述べる。EGMAIN-GXでは,SQLで連携して39テーブルを取り込んでいた。そして2024年10月に更新されたHOPE LifeMark-HXでもFileMakerとの連携は継続されている。LifeMark-HXでは,データベースがMicrosoft SQL Serverに変更されるなど,内部のデータ構造が大きく変わった。高岡氏は,「基本的にはEGMAIN-GXの時のデータ構造に合わせて取り込むようにしていますが,LifeMark-HXで変更された部分を確かめながら,また病院側の要望にも対応しながら進めています」と述べる。LifeMark-HXでは,患者基本情報,DPC,リハビリなど12種類のデータで50以上のテーブルが取得されている。

基幹データとローコード開発で現場の要望に柔軟に対応

医療情報管理室は,電子カルテシステムや院内ネットワークの運用管理・メンテナンスなど情報システムの技術支援を行う部署で,スタッフは2名。FileMakerでの基幹データの活用について太田原氏は,「FileMakerは現場のユーザーが求めるシステムを,ユーザーに近い人間が簡単に作成できるのがメリットです。一方で,そのシステムを診療に生かすにはデータが必要で,基幹システムから必要な情報を連携しておくことで院内からの要望に対応できるように準備しています。すべてをFileMakerでというわけではなく,要望の内容を検討して電子カルテのテンプレートで対応することもあります。例えば,産婦人科で使われていた周産期管理のプログラムは,LifeMark-HXになってDWHで取得できる項目やデータが増えたので,電子カルテのテンプレートに移行しました」と話す。
現在,FileMakerで構築されているシステムには,「がん登録支援」「医師当直日誌」「院内心理カウンセリング」などがある。がん登録支援(図1)は,がん登録が必要な患者を把握するために,基幹システムから放射線,病理のレポートを取り込み,診療情報管理士がデータをチェックするシステムだ。一覧表示や詳細表示などが可能で「腫瘍疑い」や「結節」などの単語からがんの可能性がある患者をあらかじめピックアップすることで,院内のがん患者の状況をいち早く把握できる。また,がん登録システムとの連携により,登録済のがん患者の突合作業が容易となっている。医師当直日誌(図2)では,救急外来患者のリストを取り込んで,当直医が救急の対応状況などを含めて当直日誌を作成する。「医師の働き方改革の一環として,時間外の業務を把握するため,より詳細な日誌の提出が必要になります。転記の手間を省くために紙の日誌をFileMakerで置き換えたものです」(太田原氏)とのことだ。また,院内心理カウンセリング(図3)は,心理士のカウンセリングを予約できるプログラムだ。FileMaker WebDirectを利用して,院内の端末からブラウザでアクセスできるようにした。富田氏は医療情報管理室での対応について,「電子カルテの機能でもできること,FileMakerが得意なことを判断して,柔軟に対応するようにしています」と言う。

■Claris FileMakerプラットフォームで構築した業務支援システム

図1 がん登録支援・チェック画面

図1 がん登録支援・チェック画面

 

図2 医師当直日誌作成画面

図2 医師当直日誌作成画面

 

図3 院内心理カウンセリング・申し込み画面

図3 院内心理カウンセリング・申し込み画面

 

FileMakerの柔軟なデザインで医療DXを実現

昨今,医療現場においてもDXが求められているが,遅々として進んでいない。太田原氏は,医療DXを進めるには,それを受け入れる風土の醸成やエモーショナルデザインの考え方が重要だという。エモーショナルデザインとは,認知科学者のドナルド・ノーマンが提唱した考え方で,「本能レベル」「行動レベル」「内省レベル」の3つの要素から製品やサービスをデザインすることで,ユーザーのポジティブな感情に働きかけて行動や品質を高める理論だ。DXは,単にデジタル化して使うだけでなく,それを共有することで初めて価値が生まれる。そのためにもポジティブな感情に訴えるエモーショナルデザインが重要であり,「ユーザーに使いたい,使いやすいと評価されなければ始まりません。ユーザーの感情を動かすようなデザインを提供するためには,FileMakerのようなローコード開発ツールが便利であり,必要です」と太田原氏は言う。
同院では,災害時のバックアップ用の診療録もFileMakerで準備している。退院サマリや看護記録,看護必要度の作成システムで作成された記録を,バーコードで文書管理システム(Medoc)に取り込む仕組みだ。さらにランサムウエアによる攻撃に対するBCP対策にも活用することを検討中だ。太田原氏は,「外部からの攻撃に対応するバックアップの対策は絶対に必要で,FileMakerを使って紙カルテ使用時に患者基本情報を各書式にバーコード付きで展開することを検討しています」と述べる。
高速開発が可能なFileMakerと基幹システムとの連携が,医療DXを加速するためのカギとなるかもしれない。

 

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独立行政法人 労働者健康安全機構 山陰労災病院

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