FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.51
診療技術部 臨床工学科 色川桂輔 氏
Case52 豊橋ハートセンター 「人間(ヒト)による解析ゼロ」をめざした自動化システムをFileMakerで開発。CIEDs,CPAPなどのデバイス管理の業務負担を削減
愛知県豊橋市の豊橋ハートセンター(鈴木孝彦院長,130床)は,1999年に開院。循環器内科,心臓血管外科を中心に血管内治療や外科手術など循環器疾患を専門として高度な医療を展開している。最新の医療技術を採用した診療にも積極的に取り組んでいるが,臨床工学科では植込み型心臓電気デバイス(CIEDs)や睡眠時無呼吸症候群に対する持続陽圧呼吸療法(CPAP)などの治療を支援するシステムをClaris FileMakerプラットフォーム(以下,FileMaker)で構築している。遠隔モニタリングシステム(RMS)の普及で増えた業務負担の削減にFileMakerを駆使して取り組む,臨床工学科の色川桂輔氏にシステム構築と運用のポイントを取材した。
デバイスの遠隔モニタリングデータの管理システムを開発
臨床工学科のスタッフは13名で,心臓カテーテル室,手術室,集中治療室での医師のサポート,医療機器の操作や保守点検などの業務を担当する。デバイス管理では,植込み時の介助,患者説明,デバイスチェック,保守点検などを行う。CIEDsの2023年実績は手術件数170件,管理患者は約1000人,遠隔モニタリングデータ数は1万3216件。CPAP患者は約370名で,データ処理は4185件を行っている。
同センターでは,色川氏がFileMaker Proで開発したデバイス管理システムが稼働している。CIEDsの遠隔モニタリングの普及によって,患者の負担軽減や生命予後改善など有益性は向上したものの,医療機関側の管理業務の負担は増大した。例えば,患者のデバイスから送信されるデータはメーカーごとにWeb上のサーバに保存されているので,医療機関側は各サイトにアクセスしてデータをダウンロードする。さらに院内システムへのデータの転送,紙運用であれば転記するなどといった業務だ。色川氏はデバイス管理システムの構築について,「“人間(ヒト)(スタッフ)”が人間(ヒト)でなければできない業務に専念できるように,できるだけ人間(ヒト)の手や判断を介在させずに,システムがデータを基に計算して自動化する仕組みを構築しました。そのためのプラットフォームとして,医療従事者としての自身の経験や知識を反映して開発できるFileMakerを選択しました」と説明する。
遠隔データの取得からレポート登録までを自動化
色川氏が開発に携わった「遠隔モニタリングデータ自動取り込みシステム(Remote Monitoring data-Self Extracting System:RM-SES)」は,クラウド上に構築された遠隔データ自動取り込みシステムと,取り込んだデータを加工して院内の業務支援を行うデバイス台帳(図1)で構成される。色川氏が2016年から開発を手掛けた自動取り込みシステムは,Web上にある各メーカーのデータ(同センターでは4社)をAPIで自動で取得,データの抽出,統一化を行い,PDF&CSVの形式でゲートウェイサーバに保存。院内のFileMaker Serverは20分に1回,アクセスしてデータを取得する。色川氏は,「Webへのアクセスやデータの処理はクラウドで行い, ユーザーはFileMakerを操作するだけのシングルツールで作業できるようにしました」と述べる。
その後,さらなる自動化をめざして2022年にデバイス台帳に実装されたのが「オリジナル診断補助機能(original diagnostic aids function,以下,診断補助機能)」だ。色川氏は,「人間(ヒト)によるデータの閲覧,確認,承認のプロセスを必要としないように,一定の判断基準の下,データを判定するアルゴリズムを搭載した診断補助を開発しました」と述べる。診断補助機能では,取り込んだデータを100以上の判別項目からバックグラウンドで計算して,「鑑別」「要確(忘罪)」「許容」「喚起」「提案」の5つのカテゴリーに大別して提示する。「要確(忘罪)」は,許容できない不整脈イベントの存在や入力の不備などを警告する。「喚起」はデバイスメーカーのデータが出すアラート情報が基になるが,診断補助機能では1回のデータだけではなく保持しているデータベースから経時的な変化を見て判定を行う。色川氏は,「対象データ・数値を絶対値的に評価すると同時に,大切なことは過去のデータとの比較や,服薬状況,既往歴など遠隔データもしくはデバイス情報が有しないデータも利用した評価をすることです」と話す。例えば,心房細動に関するカウンタ値が高値であっても,抗凝固薬導入を勧めるケースもあれば「許容」するケースもある。これら判定の分岐は,データベースに含まれているさまざまな因子を活用することで実現できる。また,デバイスメーカーの機能には存在しない“変時性不全”などを判定し,それを発見した場合は“設定変更”を推奨するような「提案」の機能も実装している。この診断補助機能のデータを含めて,デバイスのデータや患者基本情報を加えたレポートが自動で作成される。
2023年からは,電子カルテへのレポート自動転送許可の判定機能(Miracle Get)が実装された。色川氏は,「作成されたレポートは最終的に人間(ヒト)が確認し,異常なしでも電子カルテへの送信のボタンを押す必要がありました。介入不要のデータが半数以上あり,ただボタンを押すだけの作業が残っていました。Miracle Getでは,判定基準を設定してそれをクリアすれば電子カルテへの転送も自動で行う機能を実現しました」と言う。基準となるのは診断補助機能のカテゴリーで,「鑑別」「要確」「喚起」の項目を含まない,かつ31日以内の来院予定がないものと規定(外来来院前最後のデータと予測されるデータは,“問題がないデータ”であっても人間(ヒト)による確認が必要と規定)しており,条件を満たしたデータは人間(ヒト)が介在する必要なしと判定され,作成されたレポートが自動で転送される。
レポートの自動転送で人間(ヒト)のかかわる時間をゼロに
同センターでは,CPAPのデータ管理も月400件行っている(2023年実績)。CPAPも,機器の設定やデータの管理は遠隔モニタリングが可能になっており,装着状況,治療モードの変更などの設定変更,治療データの取得が可能だ。CPAPについてもCIEDsと同様に,RM-SESを用いてWebからのデータ取得,FileMakerでの計算処理,診断補助とデータ判別,レポートの電子カルテへの自動送信を行っている(図2)。
CIEDsの管理についてはMiracle Get機能の実装後,人間(ヒト)の介入が必要なデータは42.7%で,半数以上のデータは介入不要で全自動処理されている。業務負担削減の効果について色川氏は,「RM-SES稼働前の人間(ヒト)がWebアクセスしてデータを登録する業務の時間を1件15分とすると,現在は1万3000件のデータを自動で処理していますので膨大な時間が削減されたと言えます。遠隔モニタリングに関して言えば,臨床工学技士は患者への介入という本来の業務にその時間を充てることができています」と言う。同センターでは,遠隔モニタリングを行っている患者に対して,アラート(要確)やデータが送信されてこない場合には,臨床工学技士が電話での確認を行っている。色川氏は,「遠隔管理では,データの送受信をチェックして確実にデータを取得すること,アラートなどのイベントに適切に介入することが重要です。RM-SESでは,画面上にデータの未受信とアラートがある患者についてはポータルで表示して,スタッフが確実に介入できるようにしています」と説明する。ちなみに,2024年5月の時点ではCIEDs装着患者995人中,遠隔モニタリングを行っているのは929人で,20日時点でデータが送信されていない(31日以内の遠隔データが確認できていない)患者は3人のみとなっていた。
RM-SESは,遠隔モニタリングの管理だけでなく,外来を含めてデバイス管理にかかわるスタッフ(医師,看護師,医事課,クラークなど)の業務を支援する機能が搭載されている。例えば,患者一覧では患者名の背景色はデバイスメーカーごとに色分けされており,名前が赤になっていれば来院時に何らかのアクションが必要なことを示す(図3)。「アクションが必要かどうかは自動で計算します。今すぐ対応が必要なのか,次の外来まで待てるのかを画面上で把握できるように表示しています」と述べる。そのほか,医事課の算定に必要な情報の提供,デバイス手帳に貼付するデータのプリントレイアウトなどデバイス業務にかかわるさまざまな機能を実装している。
■Claris FileMakerプラットフォームで構築した遠隔モニタリングデータ自動取り込みシステム(RM-SES)
自動化を進め本来業務に注力できる環境を構築
同センターでは,そのほかにもカテーテル台帳,心不全・心臓血管外科のデータ管理,補助循環管理システム,呼吸療法管理,睡眠時無呼吸検査,医療安全,医療機器の日常点検などのシステムがFileMakerで構築されている。色川氏はシステム構築のポリシーについて,「人間(ヒト)がやらなくていい作業は,できるかぎりなくしたいというのが原点です。自動で処理するためにはデータベース化が必要ですが,自動化のように便利で,それがないと仕事ができないシステムを構築することで,日々の業務のなかで自然とデータが蓄積されていく仕組みを作るのがねらいです」と話す。システムのこれからについて色川氏は,「FileMakerは医療従事者の思考や経験を反映して,業務改善できるシステムを自ら構築できるツールです。さらに自動化を進めて,人間(ヒト)が人間(ヒト)にしかできない業務に注力できる職場環境を実現したいですね」と述べる。
データ量の増大と人手不足を抱える医療現場。それらの課題をFileMakerとAPIで解決するチャレンジに今後も期待したい。
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