FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.48
高度救命救急センター 米満尚史 氏
Case46 和歌山県立医科大学附属病院 高度救命救急センターの診療データを一括管理して,大学病院での臨床,教育,研究を支援する「NEXT Stage ER」
和歌山県立医科大学附属病院(病床数800床)の高度救命救急センターは,和歌山県の救急医療の拠点として,救急外来(ER),集中治療室(ICU),救急病棟(HCU/SCU),ドクターヘリなどを運用している。同センターでは,2023年4月から救急医療情報システム「NEXT Stage ER」〔TXP Medical (株)〕が稼働した。Claris FileMakerプラットフォームで開発されたNEXT Stage ER(以下,NSER)は,救急外来に特化した救急部門システムとして大学病院の救命救急センターなどを中心に62施設で稼働しており,導入施設を増やしている。救急科の米満尚史氏にNSERの導入の経緯と活用の現状,救急診療のDXの方向性を取材した。
24時間365日で和歌山県の救急医療を守る最後の砦
高度救命救急センターは,1次から3次救急まで24時間365日の体制で診療を行う和歌山県の救急医療の「最後の砦」である。救急科(救急集中治療医学講座)の医師は,整形外科や消化器外科など他科からの出向を含めて19名。センターは,ER,ICU,HCUの3つの部署で構成され,ERには処置ベッド5床,オーバーナイトベッド12床,一般診療室5室,ICUは10床,HCU/SCU15床(ほかに専用一般病床31床)があり,それぞれ2交代制で24時間をカバーしている。ドクターヘリは,2003年から近畿圏ではいち早く運用を開始し,紀伊半島から隣県まで幅広くカバーする。救急外来受診患者数は,救急車5835件,ウォークイン5668件,ドクターヘリ513件などで計1万2238件(2022年度)。
同センターでは,卒後3年目の後期研修医がERを再履修する体制になっているのが特徴だ。専門科に入局後,救急科に派遣される形で3か月交代で10〜12名が研修を行う。その背景を米満氏は,「和歌山県の救命救急センターは,当院を含めて3か所(北部2,南部1)だけで,地域の救急医療は公立病院を中心にカバーされています。出向先の病院で救急当直を担うことになる若い医師に,ERの最前線で救急科の専門医の指導の下,学び直してもらうための取り組みです」と述べる。
FileMakerプラットフォームで救急医療DBを構築
救急部門では,2002年から診療情報の管理にFileMakerが活用されてきた。ICU やHCUの入室(入院)サマリから始まり,ERの入院台帳やドクターヘリの症例レジストリ,手術レジストリなどを運用してきた。米満氏はデータの管理について,「電子カルテとは別に,ICUやHCUの患者情報の管理や症例レジストリの入力にFileMakerを使ってきました。さらに2011年に高度救命救急センターとなり診療実績を公表する必要が生まれ,統計データの集計や管理のためにERの入院台帳へとFileMakerの活用が広がっていきました。先進医療の分野では研究が進むと収集するデータが追加されます。ですから入力ユーザーインターフェイスが自由である必要があります。その点でFileMakerなら思いついた研究データをすぐに追加できます」と述べる。
その一方で,ベンダー製の部門システムで入院台帳などの管理ができないかも検討したと言う。米満氏は,「そもそも電子カルテとの二重入力を解消したいというねらいもありました。2017年の電子カルテシステム更新の際に,入力したコメントを電子カルテへ転記したり,FileMakerのように自由検索が可能な機能をシステムの仕様に盛り込み改修要望を出しましたが,残念ながらベンダー側と折り合いがつかず実装できませんでした」と話す。
救急医療の現場を知り尽くしたNEXT Stage ERを導入
NSERの導入は,2022年秋に救急科の加藤正哉前教授がTXP Medicalの代表で救急科専門医・集中治療専門医の園生智弘氏と面談したことで始まった。FileMakerプラットフォームで開発された救急情報システムということで,センター内のFileMakerシステムの構築を主に担当していた米満氏へとバトンが渡された。米満氏はNSERの第一印象について,「電子カルテとの連携など,われわれがFileMakerで実現したかった機能が実装されており,最初に見たときに,これだ!と直感しました。園生先生自身が救急医であることから,現場の思考や運用の流れを考慮したシステムになっていること,また,システムの更新に継続的に対応してもらえること,FileMakerの特性を生かして開発部門のレスポンスが非常に早い点も評価しました」と述べる。
NSERは,救命救急センタークラスの運用に対応する救急部門に特化した情報システムで,2018年のリリース以来,全国の大学病院や地域中核病院の救命救急センターで導入実績を積み上げている。NSERでは,多忙な救急外来での患者情報の効率的な記録を可能にし,入力されたデータをスタッフ間の情報共有や電子カルテシステムとの連携,研究用データの蓄積(DB構築)まで同時に実現する。
■和歌山県立医科大学附属病院 高度救命救急センターのNEXT Stage ER
多職種によるデータ入力で救急医療を支援
NSERは2023年4月から稼働した。電子カルテシステム(NEC製MegaOak HR)と連携し,ERの救急外来での医師記録,看護師記録,受付の事務スタッフが入力する救急の病院前情報(救急隊,家族,本人などからの電話の内容を入力)のほか,NSER導入前にFileMakerで構築されていたERの入院台帳,ドクターヘリの症例レジストリの一部連携も始まっている。
NSER導入は,2022年10月から先行してトライアルを開始して使用感や運用を確認。センターの統計データの関係から2023年1月から先行して一部の入力を開始した。NSERは,FileMakerのアジャイル開発特性を生かして,施設の運用形態や現場のワークフローに合わせた柔軟な構築が可能なことが特徴だ。導入前には,患者一覧画面のレイアウトをはじめ,さまざまな変更要望を出した。米満氏は,「ベンダー製システムでの苦い経験があったのですが,こちらからの依頼や要望に対するTXP Medical側の速いレスポンスは助かっています」と述べる。米満氏自身もFileMakerユーザーであることから,修正依頼の際にもFileMakerでできること,できないことを理解した上で進めることでスムーズなやりとりができていると言う。
ERでは,医師,看護師だけでなく事務スタッフなどもNSERへの入力を行う。導入後の変化について米満氏は,「救急の電話を受けた事務スタッフが,病院前の情報をNSERに入力してくれるので,情報共有が一段階早くなりました。従来は患者の到着が診療のスタートでしたが,現在はNSERであらかじめ患者の情報を確認して,到着前から準備ができます」と話す。
また,米満氏は,項目の選択やメニュー方式で入力できるNSERの入力画面の構成が,救急医の教育の面でも効果が高いと評価する。「当センターでは,3か月ごとにローテートする後期研修医や,救急が専門ではない他科の医師が初療を担当することが多いので,NSERでの入力支援ツールは教育的な効果が大きいと感じています。入力すべき項目がフィールドとして用意されているので,経験の浅い医師の診察漏れを減らす効果が期待できます。これは,医療安全の観点からも有用です」(米満氏)。そのほかにも,NSERでは,診療ガイドラインや病気の診断支援ツールなどを画面上にレイアウトできるなど,FileMakerならではの柔軟性を生かして活用されている。
同センターでNSERの導入が短期間で実現できたもう一つの理由が,コスト面だと言う。米満氏は,「救急の部門システムとしては相対的に安価で,その一方でほかのシステムよりも運用に合わせた変更やカスタマイズの自由度が高いと感じました。コストバランスの良さから,病院の情報システムを管理する医療情報部門からも比較的スムーズに承認を得ることができました」と述べる。
救急DXの可能性を広げるローコード開発プラットフォーム
ERでの運用でスタートしたNSERだが,米満氏は今後の展開について,「最終的にはHCUでの患者管理が目標です。HCUには,外傷だけでなく,さまざまな領域の疾患や病態の患者が入院し,それを救急科だけでなく各診療科の医師を含めて担当します。それらの患者のデータを統合的に把握して,適切な診療をサポートできるようしていきたいですね」と述べる。
NSERへの評価を米満氏は,「FileMakerのカスタマイズ性と,TXP Medicalという医師など複数の医療者が所属する会社が開発を担当していることが,両輪となって大きな成果につながっていると感じています」と言う。その上でNSERでの運用について,「NSERは,救急のデータ管理だけでなく,臨床,教育,研究の3つのフィールドを広角にカバーして,そのすべてを高い次元まで引き上げてくれると感じています。今後,救急の現場で使い込んでいくことで,その可能性をさらに追求していきたいですね」と期待する。
後期研修医の教育や最前線での医療ビッグデータ蓄積のためのツールとしてのNSERの利用が,和歌山県の地域医療の要となる救急医療の現場の質向上を支えていく。
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