技術解説(富士フイルムメディカル)

2023年4月号

Cardiac Imaging 2023 US技術のCutting edge

心不全疾患をサポートする心エコーアプリケーションへの取り組み

吉中 朋美[富士フイルムヘルスケア(株)超音波診断事業部ビジネス推進本部超音波マーケティング部]
長野 智章[富士フイルムヘルスケア(株)メディカルシステム開発センターUS本部製品マネジメント部]

超音波診断装置は簡便で非侵襲的,そして,リアルタイムに形態検査から機能検査まで可能であることから,心臓イメージングの第一選択となっている。超高齢社会にあるわが国で増加の一途をたどる心不全患者を,簡便な心エコー検査で初期の拾い上げから重症度判定まで実施する試みがなされているが,画像の正確性,診断の再現性,検査の効率性など,高まり続ける要求に対しては課題を抱えている。

■画像の正確性

エコーによる心機能検査を高精度かつ再現性良く実施するために,基本となるBモードの高画質化が最重要課題であることは言うまでもない。分解能を落とさずにsignal to noise ratio(SN比)を向上させることは,被検査者依存・検査者依存といった超音波診断装置の課題を低減することができる。
2022年に弊社が発表したBモード高画質化技術「DeepInsight技術1)」は,AI技術を活用したノイズ除去技術である。DeepInsight技術は膨大な情報から小さな特徴を見逃さず電気ノイズを除去し,診断に必要な組織信号を選択的に抽出する(図1)。その結果,超音波診断装置で発生し続ける電気ノイズに埋もれていた微細な組織や複雑な組織信号を,より明瞭に,より自然に表現することが可能となった。心エコーにおいては心内膜の描出能が向上し,高精度な内膜トレースや再現性の向上に大きく寄与すると考えている。

図1 超音波診断装置の処理フロー概念図 (参考文献1)より引用転載)

図1 超音波診断装置の処理フロー概念図
(参考文献1)より引用転載)

 

■心不全パッケージアプリケーション─2DTTの課題

弊社の超音波診断装置は,「心不全パッケージ」として「2D Tissue Tracking(2DTT)」「Vector Flow Mapping(VFM)」「Dual Gate Doppler」「R-R Navigation」といったアプリケーションを組み合わせ,臨床課題である心房細動(AF)を合併する心不全患者に向けたツールを提供してきた。
2DTTは,心エコー検査において日常的に使われている心機能指標global longitudinal strain(GLS)計測を搭載している。GLSはejection fraction(EF)と比較して左室心筋障害を鋭敏に反映し,その有用性も証明されてきたが,計測値のバラツキが大きく手間がかかるなどの問題が指摘されていた。そこで,2DTTアプリケーション診断の再現性と計測精度,そして,効率性を追究すべく技術の改善2)を試みた。

1.2DTTの改善技術(1) ─診断の再現性と計測精度
トラッキング精度と速度を向上させるために,トラッキングアルゴリズムを改良した。ノイズに対する安定性向上を目的として,心筋内に多数のトラッキング点を設定し(図2 a),これらのトラッキング結果から心筋輪郭のストレインを算出するfull wall tracking方式(図2 b)を採用した。新しいアルゴリズムの概要を以下に示す。
●多数点のトラッキング:図2 aのように心筋近傍の領域において多数のトラッキング点を設定してトラッキング処理し,それぞれの動きベクトル()を算出する。
●トラッキングの安定化:次に,図2 bのように,トラッキング点の座標の動きベクトルから心筋の輪郭点上の動きベクトルを算出する()。各色の配列は,内膜,中層,外膜に相当する。ここで,図2 aの多数のトラッキング点の動きベクトルの中には,本来の動きと異なるトラッキングエラーも含まれている。そこで,エラーベクトルの除去と平均化を行うことによって,エラーの影響を低く抑え,近傍の動きベクトルがそろうような安定したトラッキングを実現している。
●ストレインの計測:図2 bの輪郭点からそれぞれ内膜ストレイン,transverseストレインを直接計測することが可能になっている。図3は装置上のGLS計測結果であり,輪郭線,グラフとも安定して計測されるようになった。
多数の点をトラッキングするには計算時間がかかるが,画像輝度のパターンマッチング演算にかかる計算量を減らす工夫を取り入れ,1心拍あたりの処理時間を2秒に短縮した。

図2 Full wall tracking方式の概要 a:心筋近傍の多数の点をトラッキングして算出した動きベクトル。収縮期,ベクトルの長さは実際の10倍で表示している。 b:aの動きベクトルから算出した内膜,中層,外膜の動きベクトル。aと同一時相,ベクトルの長さは実際の10倍で表示している。 (参考文献2)より引用転載)

図2 Full wall tracking方式の概要
a:心筋近傍の多数の点をトラッキングして算出した動きベクトル。収縮期,ベクトルの長さは実際の10倍で表示している。
b:aの動きベクトルから算出した内膜,中層,外膜の動きベクトル。aと同一時相,ベクトルの長さは実際の10倍で表示している。
(参考文献2)より引用転載)

 

図3 GLS計測結果画面(GLS=23.8%) (参考文献2)より引用転載)

図3 GLS計測結果画面(GLS=23.8%)
(参考文献2)より引用転載)

 

2.2DTTの改善技術(2) ─検査の効率性
ストレイン計測を日常の検査項目として取り入れられるようにするためには,有用性だけでなく,計測の簡便化,短時間化の課題を解決する必要がある。
図4に示すように,断面種類の認識とトレースそれぞれの手順を,AI技術を活用した自動化機能によって置き換える。最初に,動画像に対して,断面種類の学習ずみデータを参照しながら断面種類の認識を行う。次に,断面種類に応じたトレース線の学習ずみデータを参照しながらオートトレースを行う。最後に,トレース線に対してトラッキングを行い,計測値を算出する。これらの一連の処理を自動で行う。画像読み込み後,4秒程度で1断面1心拍分の計測結果を表示することができる。

図4 AI 技術を用いた2 DTT の自動処理の流れ (参考文献2)より引用転載)

図4 AI 技術を用いた2 DTT の自動処理の流れ
(参考文献2)より引用転載)

 

超音波診断装置に求められる画像の正確性,診断の再現性,検査の効率性への要求は,心不全パンデミックにより時代とともに高まり続けている。AI技術などの技術進歩とともに持続してこの要求課題に取り組み,画質やアプリケーション,そして操作性に対する超音波診断装置の理想形を模索しながら,これからの超音波診断装置のあるべき新しい形を提案していく。

*AI技術の一つである機械学習またはDeep Learningを用いて開発・設計したものです。実装後に自動的に装置の性能・精度は変化することはありません。

DeepInsightは富士フイルムヘルスケア株式会社の登録商標です。

●参考文献
1)下野剛拓, 他 : DeepInsightシリーズを支える高画質化技術. MEDIX Focus.
2)長野智章, 他 : 2D Tissue Trackingにおける計測精度とワークフローの改善技術. MEDIX Focus.

 

●問い合わせ先
富士フイルムヘルスケア株式会社
https://www.fujifilm.com/fhc

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