R & D Interview 
第2回 1.5T MRI装置「ECHELON Smart ZeroHelium」新型マグネット
MRI提供の安定化をめざし液体ヘリウムをまったく使わない超電導MRIを開発

2024-9-25


第2回 1.5T MRI装置「ECHELON Smart ZeroHelium」新型マグネット

千葉県柏市には富士フイルム(株)の画像診断装置の開発・製造拠点があり,熱い思いを持った開発者が,医療機器を世に出すためにさまざまな課題や苦労を乗り越えながら日々奮闘しています。本シリーズでは,診療放射線技師として病院に20年間勤務したインタビュアーが,医療現場の視点を交えて取材し,縁の下の力持ちである彼らの声をお届けします。
第2回では,2024年4月8日に発売された1.5T超電導MRI装置「ECHELON Smart ZeroHelium」*1について,開発者の八尾 武さんとサービスエンジニアの富田 暁さんにお話しを伺いました。

八尾 武さん 富士フイルム(株)メディカルシステム開発センター

八尾 武さん
富士フイルム(株)
メディカルシステム開発センター

富田 暁さん 富士フイルム(株)サービスエンジニアリンググループ

富田 暁さん
富士フイルム(株)
サービスエンジニアリンググループ

   
インタビュアー 京谷勉輔 富士フイルム(株)メディカルシステム事業部

インタビュアー
京谷勉輔
富士フイルム(株)
メディカルシステム事業部

 

 

需給が逼迫する液体ヘリウムを“使わない”ことで安定的なMRI装置・検査の提供をめざす

─はじめに,これまでの経歴を含めて自己紹介をお願いします。

八尾:私は,当社技術研究所に入社した直後は,超電導オープン0.7T MRI装置 「Altaire」の傾斜磁場コイルの開発に携わりました。その後,超電導オープン1.2T MRI装置「OASIS」,超電導3T MRI装置「TRILLIUM OVAL」の開発を担当し,今回の「ECHELON Smart ZeroHelium」の開発につながっています。振り返ると,いつも新型マグネットを使った変わった装置の開発をしてきた気がします。

富田:私は,入社18年目です。当初は,X線関連機器や超音波装置などのサービスエンジニアでしたが,入社4年目でドイツに駐在しながら,CT装置やMRI装置も担当するようになりました。そして,10年ほど現地サービスの経験を経て,3年前にテクニカルサポート担当として現部署に配属になり現在に至ります。超電導MRIのサービスエンジニアとしてのキャリアは長く,今回のECHELON Smart ZeroHeliumのサービスに関する部分の開発を担当させていただきました。

─今回のECHELON Smart ZeroHeliumですが,製品名に“ZeroHelium”とあるように,まったく液体ヘリウムを使っていないのですか。

八尾:はい。まったく使用していません。学生時代から液体ヘリウムを使った超電導磁石を使ってきた身からすると信じがたいのですが,液体ヘリウムを使わなくても超電導状態が安定するのは驚きでした(図1)。

図1 一般的な超電導MRIとECHELON Smart ZeroHeliumの概要

図1 一般的な超電導MRIとECHELON Smart ZeroHeliumの概要

 

─とても画期的な開発だと思いますが,ZeroHeliumの開発背景を教えてください。

八尾:液体ヘリウムは光ファイバー,半導体の製造などさまざまな目的で利用されていますが,産出国が限られているため地政学的影響を受けやすく,近年は需要と供給のバランスが崩れて価格が高騰しています。

富田:サービスエンジニアの立場から見ても,年々液体ヘリウムの調達が厳しくなっており,液体ヘリウム価格の高騰を感じています。仮に何らかの原因でクエンチが発生した場合,クエンチ後に早く復旧したいご施設に対しても,液体ヘリウムが入手できずにダウンタイムが長くなってしまう場合が生じることに,大変申し訳なく思っています。

八尾:財務省貿易統計によると2001年に比べて輸入量は60%減少し,価格は8倍に上昇しています(図2)。よって,いずれは液体ヘリウムの調達難によって価格が高騰し,場合によっては新規のMRIを供給できないかもしれないという危機感を持って,数年前から「液体ヘリウムを使用しないMRI装置」を実現したいと考えていました。

図2 日本のヘリウム輸入量と輸入単価の推移(財務省貿易統計より作成)

図2 日本のヘリウム輸入量と輸入単価の推移(財務省貿易統計より作成)

 

安定性と安全性を重視したマグネット開発

─どのようにしてZeroHeliumが実現したのでしょうか。技術的なポイントを教えてください。

八尾:今回のZeroHeliumは,マグネットから一新して開発を進めてきました。このZeroHeliumを製品化するに当たっては,安定性と安全性を重視しており,消磁(磁場を落とす)や励磁(磁場を上げる)しても画質が変わりません。また,励磁の過程で安全確認のステップを踏みながら,撮像できる磁場までできるだけ短時間に上げていくという点が今回の技術的なポイントです。特に,消磁前と励磁後の静磁場均一性を担保し,画質変化が起きないような工夫が難しかったですね。

─医療で使用する機器としては,安定性はとても重要だと思います。この安定性についての検証はどのようにされたのでしょうか。

八尾:工場内で消磁と励磁を何度も繰り返し,静磁場強度が励磁後に正しく1.5Tまで上がっているか,また,静磁場の均一性は消磁前と変化はないかということを確認しました(図3)。また,消磁から励磁をした後に,負荷のかかるシーケンスを10時間以上撮像し続け,マグネット自体の温度上昇がないことも確認しました。これは,一部の検証に過ぎませんが,製品化に至るまでに多くの安定性に関する試験をしてきました。

図3 消磁前と励磁後(復旧後)の中心周波数およびMR画像の比較 

図3 消磁前と励磁後(復旧後)の中心周波数およびMR画像の比較 

 

ZeroHeliumにより設置性の自由度が向上し,容易な消磁・励磁でダウンタイムを最小化

─ECHELON Smart ZeroHeliumの良い点を教えてください。

八尾:MRI装置を導入する際にクエンチ配管が不要となるので,設置性の自由度が上がるという点は,永久磁石からの買い替え,ビルの中の診療所などでは大きなメリットです。また,MRI装置が何かしらの原因でクエンチした場合にも液体ヘリウムを使用していないので,ヘリウムガスが室内に充満する危険性がなく,MRI室の扉を外開きにしないといけないということもなくなります。

富田:従来の当社製MRI装置では,磁性体がマグネットに吸着して緊急性がない場合は,サービスエンジニアを呼んで磁場を落とす必要がありました。このため,最低でも2日以上のダウンタイムを要していました。一方,ECHELON Smart ZeroHeliumでは,院内のスタッフのみにて磁場を落とすことができ,また,磁性体を取り除いた後に院内のスタッフのみで磁場を上げることができます。120分*2で復旧できるので,ダウンタイムを大幅に短縮することが可能です。この励磁は,2ないし3クリックの簡単なコンソール操作で着磁できます。

─ECHELON Smart ZeroHeliumで磁場を落とす際は,どのような手順を踏むのでしょうか。

富田:磁性体がマグネットに吸着した際,緊急性がある場合は従来どおりのクエンチボタンで緊急消磁することができます。また,緊急性がない場合は,機械室のブレーカーを落とすだけで磁場が下がっていきます。

ECHELON Smart ZeroHeliumは世界中にMRI検査を届けるための第一歩

─液体ヘリウムを使用せずにマグネットを冷却することにおける課題はありますか。

富田:MRI検査室に入ると「シュッコン,シュッコン」と音がしていますが,その音の正体はMRI装置内にある冷凍機の音です。MRI装置を超電導状態に維持できる−269°まで冷却するためには,この冷凍機が必要になります。

八尾:いわゆるSDGsのために,MRI装置メーカーとしては消費エネルギーを削減していかなければいけないと考えています。

─私自身,病院で勤務していた時に夜中に落雷があり,出勤したらMRI装置の電源が落ちていたという経験がありますが,そのような場合の対策もされているのでしょうか。

富田:落雷による瞬間停電でもコンプレッサーが動き出せば,問題なく磁場を維持できるようになっています。

─さまざまな環境を想定して,まさに安定性を追求して開発されたということですね。最後に,今後の意気込みや読者に対してメッセージがあればお願いします。

八尾:私は,国内はもとより,まだMRI検査を受けられない世界の70%の方にもいつかMRIで病気の診断をしてほしいという気持ちで開発しています。今回は,ECHELON SmartのZeroHeliumタイプを製品化しましたが,今後は,あらゆるMRI装置のZeroHelium化に挑戦していきたいと思います。

*1 「ECHELON Smart ZeroHelium」は「ECHELON Smart」に液体ヘリウムをまったく使わない超電導磁石であるZeroHelium磁石を搭載したモデルの呼称です。
*2 冷却が必要な場合の冷却時間は除いた時間。

販売名:MRイメージング装置 Altaire
医療機器認証番号:21300BZZ00298000

販売名:MRイメージング装置 OASIS
医療機器認証番号:221ABBZX00063000

販売名:MRイメージング装置 TRILLIUM OVAL
医療機器認証番号:225ABBZX00066000

販売名:MRイメージング装置 ECHELON Smart
医療機器認証番号:229ABBZX00028000


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