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腹部領域におけるHITACHI 3T TRILLIUM OVALの可能性 
中村 優子(広島大学大学院医歯薬保健学研究科先端生体機能画像開発共同研究講座准教授)
第77回日本医学放射線学会総会ランチョンセミナー28 放射線画像診断の未来

第77回日本医学放射線学会総会〔会期:2018年4月12日(木)〜15日(日)〕において,日立製作所共催ランチョンセミナー28「放射線画像診断の未来」が行われた。司会は,広島大学大学院医歯薬保健学研究科放射線診断学研究室教授の粟井和夫氏が務め,2題の講演が設けられた。ここでは,講演1・中村優子氏の講演内容を紹介する。

2018-9-25


中村優子

広島大学放射線診断科は,2017年6月に日立社製3T MRI「TRILLIUM OVAL」(図1)を導入。日立と共同研究契約を締結し,2018年4月に共同研究講座として「先端生体機能画像開発講座」が新設された。本講座は,TRILLIUM OVALを用いて,体幹部領域(主として上腹部)をターゲットに新たな撮像・解析方法を開発することを主目的としている。
本講演では,体幹部(上腹部)領域におけるTRILLIUM OVALの臨床使用経験と,研究を進めている肝疾患診療におけるMRIの新たな撮像・解析方法について紹介する。

図1 広島大学の3T MRI「TRILLIUM OVAL」

図1 広島大学の3T MRI「TRILLIUM OVAL」

 

広島大学におけるTRILLIUM OVAL稼働状況

広島大学では4台の3T MRIが稼働しているが,上腹部領域の検査はすべてTRILLIUM OVALで実施している。2017年6月〜10月までの4か月間にTRILLIUM OVALで実施した検査は,MRCP,頭部,肝臓(EOB)が他領域と比べて圧倒的に多く,全検査の半数以上が上腹部(MRCP,肝臓)の検査となっている。

体幹部(上腹部)領域における臨床使用経験

MRIによる臨床の上腹部領域の検査では,T1強調画像やT2強調画像など基本的なシーケンスと,肝臓領域において必須となるEOB造影MRIの動脈相や肝細胞造影相の明瞭な画像を得られることが求められる。

●症例提示(図2,4)
症例(30歳代,女性)は,主訴は特にないが,現病歴として12年前に小腸原発の消化管間質腫瘍,多発肝転移に対し,小腸・肝部分切除術が施行されている。術後にイマチニブによる化学療法を開始し,以降,再発なく経過していた。肝転移の既往があったことから,EOB造影MRIで肝転移再発の有無を定期的にフォローアップしていたが,再発する可能性は低いと考えられていた。

●TRILLIUM OVALによる通常シーケンスの撮像
症例の通常シーケンス画像(図2)では,いずれも非常に均一で明瞭な画像を得られている。単純MRIであるが,T2強調画像(図2c)で高信号を示す微小な病変が認められ,拡散強調画像(図2d)でも淡いながら拡散制限がある病変であると思われた。
TRILLIUM OVALには,4ch-4port RF送信システムが実装されているため,3Tで生じやすいRF照射の不均一性を抑制し,3Tであっても非常に均一な上腹部領域の画像を取得することができる(図3)。

図2 転移性肝腫瘍症例の通常シーケンス画像 a:in phase b:out-of-phase c:T2WI d:DWI(b=1000)

図2 転移性肝腫瘍症例の通常シーケンス画像
a:in phase b:out-of-phase
c:T2WI d:DWI(b=1000)

 

図3 4ch-4port RF送信システム

図3 4ch-4port RF送信システム

 

●TRILLIUM OVALによるEOB造影MRIの撮像
図2の単純MRIで認められた病変は,EOB造影MRIの動脈相(図4b)で明瞭なリング状濃染を示し,肝細胞造影相(図4c,d)で低信号に描出され,転移性肝腫瘍が強く疑われた。本症例は10年以上再発がなかったことから判断に迷うところではあったが,EOB造影MRIで明瞭な早期濃染が認められたため肝転移と判断し,切除術施行となった。本症例は,消化管間質腫瘍からの転移性肝腫瘍と病理学的に最終診断されている。
TRILLIUM OVALのEOB造影MRIでは,T1-weighted spoiled gradient echo(TIGRE)シーケンスと,脂肪抑制技術H-sincが用いられている。TIGREは,k空間の充填方法に特徴があり,最初に1セグメントを中心から辺縁に向かって充填し,それを360°回転させてセグメントを充填する(図5)。これによりコントラストが撮像時間の平均となり,安定した動脈相の撮像が可能となっている。
さらに,横隔膜Navigatorを併用したNavi-TIGRE*が使用可能である(図6)。息止め不良の患者であっても,横隔膜Navigatorで横隔膜をモニタリングしながら適切なタイミングで,明瞭な肝細胞造影相の画像を得ることができる(図7)。

図4 転移性肝腫瘍症例のEOB造影MRI a:pre b:arterial phase c:hepatobiliary phase d:hepatobiliary phase(thin slice)

図4 転移性肝腫瘍症例のEOB造影MRI
a:pre b:arterial phase
c:hepatobiliary phase d:hepatobiliary phase(thin slice)

 

図5 TIGREのk空間充填方法

図5 TIGREのk空間充填方法

 

図6 横隔膜Navigatorを併用したNavi-TIGRE

図6 横隔膜Navigatorを併用したNavi-TIGRE

 

図7 Navi-TIGRE使用の有無によるEOB造影MRI肝細胞造影相の比較

図7 Navi-TIGRE使用の有無によるEOB造影MRI肝細胞造影相の比較

 

●小 括
広島大学では,MRCPもTRILLIUM OVALで撮像しており,分枝膵管まで明瞭に描出することができている。通常シーケンス,EOB造影MRI,MRCPのいずれでも良好な画像を得られており,TRILLIUM OVALを上腹部領域のルーチン検査に使用することは,問題ないと考えている。

肝線維化評価における新たな解析方法の開発

●肝線維化評価の現状と課題
共同研究では,はじめに肝臓の線維化の評価に取り組んだ。肝臓における慢性的な炎症は,肝炎ウイルス感染や非アルコール性脂肪肝炎などを原因とするが,いずれも線維化を誘導する。線維化が進行すると,その終末像である肝硬変に至り,肝機能不全,さらには高頻度に原発性肝細胞がんの発生を合併することが大きな問題である。しかしながら,肝線維化は可逆的な病態であり,早期の診断・治療により軽減することができるため,肝線維化の程度を正確に診断することは,臨床上非常に重要である。
肝線維化のステージングは,肝生検による病理学的診断がゴールドスタンダードだが,まれに重篤な合併症を伴う危険性がある。また,サンプリングエラーや評価者間不一致といった問題もあり,臨床では生検以外で線維化を評価できるツールが求められている。
近年,肝臓の画像診断領域では線維化の程度の評価が注目されている。MRIによる肝線維化の評価については,形態や内部性状,造影効果,拡散強調画像,EOB造影剤,MRエラストグラフィなどを用いる方法が,複数報告されている。

●拡散強調画像による肝線維化評価
われわれは,拡散強調画像による肝線維化評価の検討から始めた。拡散強調画像のintravoxel incoherent motion(IVIM)1)は,ボクセル内の水分子の拡散と毛細血管内の灌流を同時に定量することを目的とした技術で,複数のb値で拡散強調画像を撮像することで真の拡散係数(D),灌流を拡散と見なした拡散係数(D*)を算出することができる。上腹部領域においては,b値が200s/mm2より小さい場合には毛細血管内の灌流の影響を受け,200s/mm2を超える場合には灌流の影響は考慮不要と言われている。
Lucianiらの報告2)によると,正常肝群と肝硬変群を対象に,毛細血管内の灌流の影響を考慮しない従来のADCと,IVIMのD,D*を比較した結果,ADCは肝硬変群で少し低下していたが(P=0.03),IVIM解析では,Dは両群に有意差はないものの(P=0.4),D*は肝硬変群で有意に低下した(P=0.008)と報告されている。したがって,IVIMを用いた肝線維化診断では,毛細血管内の灌流の影響を考慮して評価することが必要と考えられる。

●肝線維化診断への炎症の影響に関する検討
線維化が進んでいる肝臓には,活動性の炎症や脂肪沈着も存在する。これらの線維化診断への影響については議論が続いているが,拡散強調画像の信号に影響を及ぼしている可能性はあると考えられる。
そこでわれわれは,TRILLIUM OVALで得られる明瞭な拡散強調画像を用いて,線維化診断への炎症の影響の有無について検討した。対象は超音波エラストグラフィで肝線維化のステージが判明している72名で,ALT値により炎症が弱いA群(ALT<30U/L,55名)と強いB群(ALT>30U/L,17名)に分類した。
b値=0,200s/mm2の組み合わせで算出したADCを灌流の影響があるパラメータ(p-ADC),b値=200,1000s/mm2の組み合わせで算出したADCを灌流の影響がないパラメータ(c-ADC)と定義し,炎症の有無により,p-ADCやc-ADCと線維化(F score≦2 vs. 2<)の程度との相関に変化があるかを検討した。
両群の全患者を対象とした結果では統計学的有意差はなかったものの,IVIM解析と同様に,灌流を考慮したp-ADCは線維化と相関がある傾向にあった(P=0.07)。灌流を考慮しないc-ADCとは相関がなかった(P=0.44)。炎症の有無を考慮した場合には,炎症が弱いA群ではp-ADCと線維化に非常に強い相関があり(P<0.01),c-ADCには相関がなかった(P=0.39)。一方,炎症が強いB群では,p-ADCとc-ADCは共に線維化と相関はなかった(P=0.84,P=0.99)。よって炎症の有無によりp-ADCと線維化の相関が変化すると見られ,拡散強調画像による肝線維化評価では炎症の影響を考慮する必要があると考えられる。

モーションアーチファクトを抑制する新たな撮像方法の開発

共同研究では,新しい撮像方法の開発としてモーションアーチファクトの低減に取り組んでいる。上腹部領域のMRI検査では,息止め不良や周囲の腸管蠕動によって生じるモーションアーチファクトが画質を劣化させる。特に,微小な腫瘍の検出にアドバンテージがあるEOB造影MRIの肝細胞造影相では,大きな問題となる。
そこでわれわれが検討しているのが,Psuedo-random trajectoryという新しいサンプリングパターンを用いる方法である。従来使用しているサンプリングパターンであるCircular trajectoryでは,k空間を連続的に走査することで結像性が高く明瞭な画像を得られる利点があるが,撮像時間が長くなるとアーチファクトが生じやすい。一方,Psuedo-random trajectoryは,Golden angleでk空間をPsuedo-random(擬似ランダム)に走査する*ことでアーチファクトを分散させることができ,アーチファクト抑制に有用だと考えられる3)
Psuedo-random trajectoryは肝細胞造影相におけるモーションアーチファクトの抑制に有用と考えられ,現在,検討を進めている。

まとめ

TRILLIUM OVALは,上腹部領域の検査において均一な画像が得られ, EOB造影MRIではTIGREにより安定した動脈相を,Navi-TIGREにより息止めすることなく空間分解能の高い肝細胞造影相を撮像することができる。
また,われわれはTRILLIUM OVALを利用して,拡散強調画像による肝線維化診断への炎症の影響や,Psuedo-random trajectoryを用いた撮像について,共同研究講座でさらに研究を進めていく予定である。

●参考文献    
1)Le Bihan, D., et al.:MR imaging of intravoxel incoherent motions;Application to diffusion and perfusion in neurologic disorders. Radiology, 161, 401〜407, 1986.
2)Luciani, A., et al.:Liver cirrhosis;Intravoxel incoherent motion MR imaging─pilot study. Radiology, 249, 891〜899, 2008.
3)Lin, C., et al.:3D magnetization prepared elliptical centric fast gradient echo imaging. Magn. Reson. Med., 59, 434〜439, 2008.

*Navi-TIGRE,Golden angle k-space取得は共同研究内容です。

 

中村優子(Nakamura Yuko)
2003年 広島大学医学部卒業。2013年 広島大学大学院修了。2014〜2016年 米国国立衛生研究所留学,小林久隆氏に師事し分子イメージングを学ぶ。2017年4月 広島大学放射線診断学研究室講師,2018年4月より日立製作所との共同研究講座・先端生体機能画像開発共同研究講座准教授。

 

●そのほかのセミナーレポートはこちら(インナビ・アーカイブへ)


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