R&D Report
日立のMRI開発を支える最先端シミュレーション技術
[特別編] 日立製作所中央研究所
2018-9-25
近年,コンピュータシミュレーション技術はますます進化し,MRIの挙動を忠実に再現することが可能となりました。2017年から日本磁気共鳴医学会大会において「MRIシミュレーション」という新しいセッションも始まりました。日立は20年以上も前からシミュレーション技術に着目し,研究を続けており,その成果が最先端のMRI開発を支えています。
本稿では,MRI開発を支える技術として,日立製作所中央研究所の高度なシミュレーション技術について紹介します。
MRIパルスシーケンスシミュレータによる静音化技術の開発
MRIの物理現象は,ブロッホ方程式で計算できることが知られています。しかし,高精度なシミュレーションは計算量が膨大となるため,実用的ではないと言われていました。日立製作所中央研究所では,オリジナルの演算アルゴリズムと高性能な計算機により,実用的なMRIパルスシーケンスシミュレーションシステムを完成しました。このシミュレータは,まさにコンピュータの中にMRIシステムそのものが存在するかのように,ハードウエアの精度やパルスシーケンスデザインのチューニング状態による影響を,正確に画像データとして再現することができます。これを最大限活用して,傾斜磁場コイルのパターンによる画像歪みの程度,超電導磁石内面に生じる渦電流の画像影響評価,超電導コイルの振動が画像データに与える影響など,従来は実際のMRI装置で測定しなければならなかった現象を自在に再現することが可能となりました(図1)。日立MRIの基本性能は,こうしたシミュレーション技術が支えています。
このシミュレータの応用事例として,パルスシーケンスパターンの静音最適化があります。MRI装置は強力な磁界中に傾斜磁場パルス電流を流す際に大きな振動音が生じますが,この音は傾斜磁場波形を音声信号として見た場合の音とは異なります。そこで,現実のMRI装置で撮像音に関する周波数特性を実測し,このデータをシミュレータに入力することで,現実の撮像音と変わらない騒音を合成することができます。騒音が正確に合成できればパルスシーケンスパターンを変更して,この音量が最小になるようにチューニングを行うことができます。シミュレータを利用することで,数多くの傾斜磁場パターンを自在に組み合わせることができ,音量だけでなく音質も含めて飛躍的に最適化を進めることができました(図2)。重要なポイントは,その際に傾斜磁場パルスとしての電流と時間の積を保ち,時間を延長しないことです。これにより画像コントラストや撮像時間に与える影響を抑えた静音化が実現されました。
RFシミュレータによるRFコイルの設計およびRF照射方法の最適化
RFコイルの開発において,有効なツールとなるのがRFシミュレータです。
RFコイルはさまざまな形や配置が考えられますが,試作実験の繰り返しでは最適な構造を見出すことはとても困難です。高精度なRFシミュレーション技術は,RFコイルの各エレメントに流れる高周波電流分布を可視化し,RFコイル間の相互干渉や,RFコイルと人体との干渉を正確に評価することができます。日立は独自に開発した高速高精度RFシミュレータにより,従来では実用化が難しかった形状のRFコイルを最適化し,高い性能を持つRFコイルを製品化しています(図3)。
3T装置の腹部撮像においては,RF磁場不均一が大きく生じることが知られています。日立はRFシミュレータにより4ch独立照射方式がRF磁場均一性を高めるために効果的であることを見出し,製品に採用しました。この結果,腹部の臨床画像においても高い評価を得ています。
さらに,3T装置では,比吸収率(SAR)の正確な把握がMRI検査の安全運用上で重要になります。SARはMRI撮像の際に生じる人体のRF吸収量ですが,これによる発熱が問題となっています。ところが,SARはRF照射パワーだけに依存するのではなく,その空間分布や,照射コイルと人体との位置関係,人体のサイズや導電率(脂肪量,筋肉量などの違い)により大きく異なり,実測も困難であるため正確な把握が難しい状況です。そこで,日立独自のRFシミュレータと市販の電磁界解析ソフトウエア,複数種類の人体モデルを組み合わせた統合シミュレーション環境を構築しました。これにより,人体内における電界および磁界の三次元分布を正確に知ることができます。SARを考慮しつつ,RF磁場均一性を高めるように,RF照射方法を最適化しています(図4)。
まとめ
高精度なシミュレーション技術は開発効率の向上だけでなく,従来ではできなかったレベルの最適化設計を可能とし,MRIの基本性能向上,画質改善,高機能シーケンス開発になくてはならないものとなりました。さらに今後も新たな技術開発で生じる多くの問題点を克服するために,活用が期待されています。