FEATURE 治療対応MRIシステムの今
東京女子医科大学先端生命医科学研究所
術中MRIのパイオニアとしてインテリジェント手術室での情報誘導手術を究める
手術室の情報を高度に統合した次世代治療室「SCOT」を開発
2015-9-25
東京女子医科大学は,2000年に永久磁石型0.3TオープンMRI「AIRIS-II」を導入し,滋賀医科大学とともに日本国内で術中MRIを開始した“術中MRI発祥の地”と言える。術中MRIを核として構築されたインテリジェント手術室は,神経膠腫(グリオーマ)を中心に高い手術成績を上げ,国内外で報告されてきた。その実績により,脳神経外科手術における術中MRIの有用性が広く認知され,導入施設の拡大につながったことは周知の通りである。2013年には同じく永久磁石型の0.4T オープンMRI「APERTO」に更新し,さらに症例を重ねている。また,脳神経外科手術における情報誘導手術のためのシステムをパッケージ化したSCOT(Smart Cyber Operating Theater)のコンセプトの下,さまざまな技術や製品の研究・開発を進めている。安全で精度の高い治療技術の確立をめざす同大学でのインテリジェント手術室の現状について,村垣善浩教授に取材した。
日本初の術中MRIを行うインテリジェント手術室を構築
東京女子医科大学のインテリジェント手術室は,2000年に0.3TのAIRIS-Ⅱを導入して術中MRIを開始,2013年には0.4TのAPERTOに更新し,これまでに1440例(うち神経膠腫1175例)の手術を行い,覚醒下手術についても350例に上る(2015年4月現在)。神経膠腫に対する術中MRIの使用率は,グレード2で93%(平均摘出率86%),グレード3で87%(同90%),グレード4で80%(同94%)となっている。治療成績は,5年生存率がグレード2で95%,グレード3で72%,グレード4で26%(3年)と高い治療成績を上げている。
脳神経外科では,術中MRIを利用した手術は週3,4件行っているが,手術までの待ち時間は2か月弱。また,覚醒下手術は月2件程度で,年間25例程度を実施している。村垣教授は,術中MRIを取り入れたインテリジェント手術室の成果について,「術中MRIの情報を術者にフィードバックすることで,摘出率は格段に向上しました。インテリジェント手術室では,術中MRIだけでなく,リアルタイムナビゲーションや覚醒下手術,術中迅速診断などを組み合わせた“情報誘導手術”のためのさまざまなデバイスやシステムの開発に取り組んでいます。術中の腫瘍の位置やブレインシフトの状況を把握できる術中MRIは,腫瘍の摘出率など手術の精度が向上するだけでなく,情報誘導手術のさらなる発展につながっています」と説明する。
中低磁場装置による術中MRIのアドバンテージ
インテリジェント手術室は,同一室内にMRIを設置したワンルーム方式である。手術室自体が5.8m×4.2mと狭いことから,5ガウスラインが狭く,通常の手術器具が使えるなどのメリットがある中低磁場のオープンMRIを採用した。同時に,素早く移動でき,X-Y平面移動で撮像位置の微調整が可能な手術用テーブル(手術台)や,磁場環境でも通常の顕微鏡と同様の機能を持つMRI対応顕微鏡,さらに術中撮像用のコイルや撮像の際に素早く待避できる器械台など,周辺設備の開発・整備を行った。
手術台は5ガウスラインに接して配置され,術中MRI撮像時にはテーブルをガントリ内にスライドさせて行う。撮像による手術の中断時間は15〜20分と,他の施設と比べて大幅に短い。インテリジェント手術室では中断時間をできるだけ短縮するため,必要な器具を手術台から分離し,一体化してまとめて収納できる特殊な器械台や,患者の状態が把握しやすい透明ドレープなど,術中MRIをF1レース(脳外科手術)におけるピットイン作業ととらえ,短時間で迅速に終了できるようにさまざまな工夫を行った。村垣教授は,「ピットインシステムは道具の出し入れの部分ですが,それと同時に術者と麻酔科医,看護師など手術室のスタッフ全員が,チームとして時間を短縮するという目的意識の下,手順に沿って迅速に動いています。そういったスタッフの意識と手順,装置などの環境をしっかり構築することが時間短縮につながっています」と説明する。
脳外科手術における迅速な術中MRIの重要性について村垣教授は,「術中MRIは,気軽に素早く短時間で撮れることが重要です。そうすれば,手術のリズムを崩さず,ストレスなく次の段階に進めます。そのためには,MRIは手術室内に設置して,患者さんの移動が少なく,撮像のための準備がしやすい環境にすることが大切です。環境が整えば,判断に迷った時には撮像するようになり,新たなインシデントやアクシデントのリスクを下げることができます」と説明する。
手術では開頭後にナビゲーション用の1回目を撮像し,摘出後に確認のための撮像を行う。術中に使用する撮像シーケンスは,T1強調画像,T2強調画像が基本で,必要に応じてFLAIRを追加する。術中の撮像回数は平均で3回(2,3回)と減ってきている。村垣教授は,「手術の技術が向上したことで,2回目の術中MRIで腫瘍を摘出できることが多くなり,撮像回数は減ってきています」と述べる。
術中MRIでは,1.5T以上の高磁場装置の導入やより小型な低磁場装置など,装置の選択肢も増えてきている。その中で,日立メディコのオープン型中低磁場装置を使い続ける理由を村垣教授は,「中低磁場装置ならではの扱いやすさと,コイルの最適化やノイズ対策による良好な画質とのバランスが良いことです。術中MRIは,あくまで手術のための画像診断であり,できるだけ手間と時間をかけずに術者の意思決定に必要十分な情報を提供できることが重要だと考えます。その点でコストやリスク管理などの点も含めて,中低磁場,オープンタイプのMRIはベストの選択だと思います」と述べる。
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情報誘導手術のノウハウを生かし次世代治療室を開発
同大学では,インテリジェント手術室で取り組んできた,術中MRIを含めた情報誘導手術のノウハウを集めて,次世代治療室SCOTの開発を進めている。SCOTでは,情報誘導手術のための機器やシステムをパッケージ化することで,手術室全体を治療に必要な機能を統合的に提供する1つの“医療機器”として,システム化して提供することをめざす。そのために,手術に必要なデバイスとそこから発生する各種データをリンクし,統合的に管理してナビゲーションシステムなどのアプリケーションに提供する,“治療室通信インターフェイス”の開発を行っている。デバイスのメーカー依存性を解消するために,産業用ミドルウエアである“ORiN(Open Robot/Resource interface for the Network)”を採用して,メーカーにかかわらず接続できるようにした。これらのスマート化,ネットワーク化された環境によって,手術戦略デスクによる遠隔支援や術者への意思決定ナビゲーションの提供,画像誘導下のロボット手術などへの活用が期待される。村垣教授は,「情報誘導手術をパッケージ化した手術室を提供することで,画像を含めたリアルタイムの情報を利用した高度で正確な手術が,安全な環境でどの施設でも可能になります」とSCOTのメリットを説明する。
SCOTは,NEDOのプロジェクト(未来医療を実現する先端医療機器・システムの研究開発)に「スマート治療室」として採択されたが,2015年4月に発足した国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)に移管され,2019年までの5年間,13委託機関の共同事業として研究開発が進められる。
村垣教授は術中撮像を行うMRIへの今後の期待について,「術中撮像の装置としては完成の域に達しつつあると感じています。今後は,穿刺などインターベンションの際の治療モニタリング機能などの開発が望まれます」と述べる。
安全で精度の高い治療を行うことにフォーカスして,さまざまな機器やシステムの構築を続けてきたインテリジェント手術室は,今後もさらなる進化を続けていく。
(2015年7月17日取材)