セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
第29回日本乳癌学会学術総会が2021年7月1日(木)〜3日(土)の3日間,パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)およびWeb配信にてハイブリッド開催された。1日に行われた富士フイルムヘルスケア株式会社(旧・株式会社日立製作所)共催のランチョンセミナー4では,はじめに座長の植松孝悦氏(静岡がんセンター乳腺画像診断科 兼 生理検査科部長)が包括的な乳房超音波検査の重要性を概説。続いて,榊原淳太氏(千葉大学大学院医学研究院臓器制御外科学教室助教)が,同社の超音波診断装置「ARIETTA 750」を用いた乳がん診療における包括的超音波検査の実際を報告した。
2021年10月号
第29回日本乳癌学会学術総会ランチョンセミナー4 最強の超音波診断技術,伝授します
Fusion達人が考える診断情報の増やし方 ─基本機能の活用がshared decision making成功の秘訣
榊原 淳太(千葉大学大学院医学研究院臓器制御外科学教室)
乳がんの画像所見は症例によって千差万別であり,超音波Bモードにおいて,乳腺専門医でも認識できない病変は無数に存在する。そこで,マンモグラフィ,CT,MRIなどの各モダリティで確認できる所見を超音波画像上に変換(意味づけ)し,全体を俯瞰する眼が必要である。本講演では,乳がん病巣を読み解き理解するための強力な援軍となる,ARIETTA 750を活用した検査手法を報告する。
乳がん診療に有用なARIETTA 750の機能
乳がんの超音波検査では,微細な血流の拍動や微小な病変の硬さを描出することが求められる。ARIETTA 750には,“eFocusing” “Detective Flow Imaging(DFI)”“Real-time Tissue Elastography(RTE)”という3つの機能が搭載されている。eFocusingは新開発の送受信技術で,描出範囲の全領域にフォーカスを合わせることができる。これにより,フォーカス依存性と被検者依存性を低減し,浅部から深部まで均一な画像の取得を可能とする。DFIは,これまで描出困難であった低流速の血流を表示する新しいイメージング技術で,独自のアルゴリズムにより微細な血流をより高分解能に感度良く描出することができる。きわめて微細な血流でも,ソナゾイド造影超音波のごとく観察可能である。RTEは,力を加えた時の組織のひずみの程度を色で表示する技術で,硬いものは青く,軟らかいものは赤く,中間は緑色で表現される。乳がん診療においては,これら3つの機能を用いて乳がん病巣を読み解くことが非常に重要である。
症例提示
●症例1:70歳代,Luminal Aタイプ,Ki67:10%
DFIでは,腫瘍中心よりも辺縁から多くの血流を受けており,部位によって観察される血流量(分布)が異なることがわかる(図1)。また,Bモードだけでも悪性と判断できるが,RTEも悪性を支持する所見であった(図2)。RTEでは,脂肪と病変のひずみの比であるFat Lesion Ratio(FLR)(図2□)がワンタッチで自動計測でき,非常に簡便である。FLRは数値が大きいほど腫瘍が硬いことを示すが,この腫瘍は中心が9.64,辺縁が15.08と部位によって硬さが異なっていた。針生検の結果も,部位によって細胞成分や線維(間質)の分布が不均一であることから,DFIやRTEの差は組織構築成分の違いを見ているものと考えられる。DFIとRTEを組み合わせることで,より的確な生検部位の同定が可能になると思われる。
ソナゾイド造影超音波でも濃染帯と不染帯を認めることがあり,血流が豊富な部位は,高悪性度の可能性があることを推察する必要がある。
●症例2:40歳代,Luminal Bタイプ,HER2陰性,Ki67:25%
本症例は,主病巣近傍に線維腺腫(FA)を認める。図3は,主病巣でのフォーカスの違いによる画像の見え方の比較であるが,eFocusing(a)は全領域にフォーカスが合っているため,1点フォーカスの画像(b〜d)と比べて,浅部から深部まで鮮明である。本症例は皮膚にやや陥凹を認めたが,eFocusingではその原因病巣も描出されている(図3 a○)。また,DFIを見ると,FAの方が乳がん病巣よりも血流が豊富であった。閉経前の場合は良性腫瘍でも血流が豊富であることを認識しておく必要がある。生検材料では,乳がん病巣は細胞成分が少なく,間質成分が豊富であり,あまり血流を必要としない可能性がある。
次に,通常は乳房に用いられるFLRを腋窩リンパ節転移の評価に臨床応用した。本症例において,転移巣と思われる箇所のFLRは6.11と,悪性を示唆する所見であった。センチネルリンパ節生検では転移陽性であり,4mmの粗大転移であった。FLRは病期診断への応用や,術前診断における腋窩リンパ節の穿刺吸引細胞診あるいは組織生検時のターゲットの同定などにも有用と考える。
●症例3:50歳代,区域性に広がる非浸潤性乳管癌(DCIS)主体病変
この病変は,マンモグラフィにて区域性石灰化と背景乳腺の濃度上昇域が認められる。DCIS成分は厚みがあるが,eFocusing(図4 a)で浅部から深部まで鮮明に描出されるため,病巣範囲の推測・同定が可能である。さらに,DFI(図4 b)にてDCIS周囲の低流速の血流を的確に描出しており,この穏やかな血流が病変を養っていると推測できる。RTE(図4 c)でも青く描出されており,FLRも5.77であった。
● 症例4:50歳代,Luminal BタイプHER2陰性,Ki67:37%
本症例は,Bモード(図5 b)では病変が均一に見えるが,ソナゾイド造影超音波(CEUS:図5a,c)では造影領域の明暗がはっきりと描出されており,血流が不均一であることがわかる。DFI(図5d,e)では,細い血管が繊細に描出されており,CEUSの血管構築と近似していた。DFIは,非造影でもCEUSと同等以上の描出能を有していることが期待される。針生検などの際には,DFIやRTEを忠実に行うことで,病変の採取率も向上すると思われる。
まとめ
eFocusing,DFI,RTEを融合することにより,検者に依存する傾向のある超音波の客観性・再現性を担保することが可能となり,乳腺領域における「三種の神器」とも言えよう。これらを搭載したARIETTA 750 は,乳がん病巣に立ち向かうための大切なパートナーになりうると考える。
榊原 淳太(Sakakibara Junta)
2006年 東京慈恵会医科大学医学部卒業。千葉大学医学部附属病院にて初期臨床研修。2008年 千葉大学臓器制御外科学入局。千葉県がんセンター,東京都立多摩総合医療センターなどを経て,2016年に千葉大学大学院博士号取得。2019年〜千葉大学大学院医学研究院臓器制御外科学教室助教。
座長コメント
診断カテゴリーに基づく推奨マネジメントとshared decision making
─precision medicineを提供するためのcomprehensive breast ultrasoundの重要性─
植松 孝悦(静岡がんセンター乳腺画像診断科 兼 生理検査科)
乳がん診療は近年,サブタイプごとに治療方針が決定されるようになったが,今後は遺伝子情報に基づくがんゲノム医療に代表される個別化医療へとシフトする中で,乳がん検診や乳房画像診断のあり方も大きく変わることが必要である。
現在,世界で注目されている乳がん発症リスク層別化乳がん検診は,受診者の不利益が少なく対費用効果に優れるものと考えられている。世界各国で進行中の臨床試験では,遺伝子多型情報を用いた乳がん発症リスク因子による層別化乳がん検診の有効性が示唆されており,今後は安価なmicro RNAなどを用いたリキッドバイオプシーによる,乳がん発症リスクの結果に応じた画像診断モダリティを提供する時代が来ると予想している。同時に,次世代の乳がん検診方法や画像検査の選択においては,利益と不利益のバランスを考慮し,医師はもとより,個々の患者の価値に基づいた医師との共同意思決定のもとで選択することが重要となる。そのためには,『乳癌診療ガイドライン 2018年版〔追補2019〕』(日本乳癌学会編,2019)の推奨する検査方法や治療方法を,患者や検診受診者に対して十分かつ正しく情報提供することが必須となる。日本乳癌学会が2019年に発刊した『検診カテゴリーと診断カテゴリーに基づく乳がん検診精検報告書作成マニュアル』は,乳房画像検査結果を検診カテゴリーと診断カテゴリーの2つのカテゴリーに分け,その推奨マネジメントを厳格に行うことで,検診・精検における診断精度の向上と診療マネジメントの均てん化を図ることを目的としている。この診断カテゴリーは,ACR BI-RADSと同等であるため,日本の乳房画像診断精度の国際比較も可能となる。
乳がんの治療方針決定や治療効果判定には乳房MRIが重要であるが,近年は超音波のBモード,strain elastography,ドプラの3つの基本機能を総合的かつ相補的に活用したcomprehensive breast ultrasoundが注目されている。最新の技術を備えた乳房超音波診断装置と,画質向上に寄与する新しいエコー技術を用いることで,正確な診断超音波検査カテゴリーに役立つと思われる。
- 【関連コンテンツ】