セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
一般社団法人日本心エコー図学会第32回学術集会が,2021年4月23日(金)〜25日(日)の3日間,Web開催された。25日には,富士フイルムヘルスケア株式会社(旧:株式会社日立製作所)共催のランチョンセミナーLS8「これで診断していいの? 心不全」が行われた。わが国においては,心不全の新規発症患者が年間1万人以上増加する “心不全パンデミック”の到来が予想されており,心不全の予防や早期診断が望まれている。そこで,本セミナーでは,座長の中谷敏氏(社会福祉法人恩賜財団 大阪府済生会千里病院院長)の下,超音波診断装置に搭載されている注目の技術“Vector Flow Mapping(VFM)”の臨床的有用性や可能性が議論された。はじめに,鍵山暢之氏(順天堂大学循環器内科 / デジタルヘルス遠隔医療研究開発講座)が講演。続いて,大門雅夫氏(東京大学医学部附属病院検査部 / 循環器内科)と楠瀬賢也氏(徳島大学病院循環器内科)が症例提示を行い,最後に,これらを踏まえて登壇者全員によるディスカッションが行われた。
2021年8月号
一般社団法人日本心エコー図学会第32回学術集会ランチョンセミナーLS8 これで診断していいの? 心不全
症例提示1 HFrEFの一例
大門 雅夫(東京大学医学部附属病院検査部 / 循環器内科)
心臓は収縮と拡張を繰り返して血液を拍出するが,その際,左室内ではさまざまな血流の変化が起きている。渦流や左室内圧較差(IVPD)に関する過去の研究において,拡張型心筋症(DCM)では拡張早期のIVPDが低下し,左室内への吸い込みが低下していることが報告されている。また,VFMを用いた左室内血流動態の評価では,左室内の渦流について,健常例では右回転で血液が流入し僧帽弁の上に渦流ができるのに対し,僧帽弁の機械弁では左回転で渦流を形成することが報告されている。そのため,機械弁では,健常な自己弁と比較して心周期におけるエネルギー損失が非常に大きく,収縮効率が悪く,不利な血流動態であると言える。これらを踏まえ,以下に,VFMで解析を行ったHFrEF(EFの低下した心不全)の一例を提示する。
症例:29歳,男性,DCM
本症例は,21歳時に心不全を発症し,NYHA分類Ⅲ度で,心不全増悪のため入院加療を行っている。心エコーでは,LVDd/Ds:7.0/6.4cm,LVEF:17%(MOD法)と,左室拡大と収縮低下が著明で,右室内腔面積変化率(RVFAC)は26%と右心機能も低下していた。拡張指標を見ると,僧帽弁血流速度波形(E/A)は1.9と正常化あるいは偽正常化が疑われるパターンであった。左室充満圧の指標であるE/e’は5.8とそれほど高くなかったが,これは側壁の拡張早期僧帽弁輪運動速度(e’)が16.3cm/sと非常に大きかったためである。また,三尖弁逆流(TR)はわずかだったため,右室右房間圧較差(TRPG)は計測できなかった。したがって,拡張能グレードは偽正常化が疑われるが,明確に結論づけることはできなかった。
VFM解析結果
○Relative Pressure Imaging
断層面内の相対的な圧較差分布を可視化する“Relative Pressure Imaging(RPI)”画像は,圧が高いほど赤く表示される。健常例(図1 b)では,心基部から心尖部へと高い圧が移動しており,僧帽弁の前尖上に渦流が観察される。一方,DCM例(図1 a)では,拡張早期に心基部側に高い圧が見られるが,その後,薄い色が全体に広がり,高い圧が心尖部にまで移動しない。渦流も僧帽弁の前尖上にとどまらず,心尖部の方に大きく広がっている。
RPIにて,心腔内の任意の線上の圧較差分布のグラフを示す。健常例(図2 b)では,心基部から心尖部にかけて,比較的均一な圧較差を生じている。一方,DCM例(図2 a)では,心基部側の圧較差は大きいが,その後,心尖部にかけてほとんど圧較差を生じていない。これらから計算される相対的なIVPDは,健常例の1.84mmHgに対し,DCM例では0.77mmHgと小さかった。
また,僧帽弁流入波形(E波)を見ると,正常パターンを呈する健常例ではE波が十分に高く,その後,心基部から心尖部に十分な圧勾配で血流が伝播している。一方,DCM例では,心基部には圧較差がありE波は大きいが,心尖部にかけて十分に伝播せず,E/Aは同じでも,正常例と偽正常化例では拡張期左室内伝播が異なる可能性があることが示唆された。
○エネルギー損失
エネルギー損失表示は,心腔内の乱流などで生じる摩擦で失われるエネルギーを可視化するもので,損失が大きい部分が黄色く表示されるが,これだけでDCM例と健常例を評価することは難しい。そこで,心腔内のエネルギーの時間的変化をグラフ表示し,心電図と併せて見ると,DCM例(図3 a)では収縮期にエネルギー損失がほとんど見られず,収縮力が低下していると考えられた。また,拡張期は全般にわたって大きなエネルギー損失が生じていた。一方,健常例(図3 b)では,収縮期の駆出に伴ってエネルギー損失が生じ,後拡張期にもエネルギー損失が見られるが,よく見るとエネルギー損失は拡張後期にはほとんど生じておらず,DCM例と健常例では同じE/Aでもエネルギー損失のパターンが大きく異なっている。
このエネルギーの変化をExcelに抽出して平均エネルギー損失を計算すると,DCM例では収縮期にはほとんどエネルギー損失を生じないが,拡張期全般にわたってエネルギー損失が生じ,その最大値は11.3J/m3・sであった。一方,健常例では収縮期と拡張早期にエネルギー損失があり,その最大値は9.2J/m3・sであった。エネルギー損失そのものの値にはそれほど大きな違いがないように見えるが,DCM例は1回拍出量係数(SVI)が23mL/m2,健常例では41mL/m2と大きく異なることを考えると,DCM例では心拍出量に対する相対的エネルギー損失が大きいと言うことができる。
まとめ
本症例は,正常例に比べて渦流が大きく,左室中央にとどまらず心尖部方向に拡散した。また,IVPDは均一な圧勾配とならず,心基部で大きく,心尖部では小さくなった。正常例と偽正常化例では,E/Aは同じでも拡張期左室内血流伝播は様式が異なる可能性がある。また,本症例では,収縮期に比べて拡張期のエネルギー損失が大きく,SVIに対する相対的エネルギー損失が大きいため,心拍出量に対するエネルギー効率が悪い可能性がある。
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