セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
日本超音波医学会第93回学術集会が,2020年12月1日(火)〜3日(木)にWeb開催された。株式会社日立製作所共催のランチョンセミナーL3-07では,東北医科薬科大学地域医療学教室准教授の大原貴裕氏を座長に,特定医療法人神戸健康共和会 東神戸病院内科・訪問診療の水間美宏氏と福島県立医科大学疫学講座/心臓血管外科併任講師の高野真澄氏が,「災害や地域現場における超音波検査」をテーマに講演した。
2021年3月号
日本超音波医学会第93回学術集会ランチョンセミナーL3-07 災害や地域現場における超音波検査
災害時における超音波のちから ~被災地と学会の連携〜
高野 真澄(福島県立医科大学疫学講座 / 心臓血管外科)
本講演では,災害時における超音波診断装置の役割や,被災地と日本超音波医学会の連携,現在の学会の取り組みについて,これまでの経験を踏まえて報告する。
東日本大震災の経験から
1.震災発生直後の日本超音波医学会の対応
2011年3月11日,後に東日本大震災と命名される大災害が発生した。当時,私は福島県立医科大学の検査室にいたため,臨床検査技師と共に患者を退避させた。揺れは断続的に継続していたものの,当大学病院の物理的損傷はほぼなく,停止していたエレベータも一部復旧し,患者の搬送も可能となった。テレビでは福島第一原子力発電所(以下,原発)の運転停止と大津波のニュースが流れ,ライフラインや交通は遮断されていたが,詳細な情報がないまま,職員は帰路についた。
翌日,原発では水素爆発が発生。ライフラインの復旧作業は進まず,沿岸部で何が起きているかの情報も少ないまま,当大学は重症者を受け入れる体制となった。実際には地震による重症者は多くなく,津波による被害が大きかったことが報告されている。その後,全国各地から派遣された災害派遣医療チーム(DMAT)や救急部門,放射線関連の医師が急性期診療に携わる一方,県内の診療科医師はガソリン不足などもあり,多くが自宅待機となった。
そのような中,3月15日に,日本超音波医学会の千田彰一理事長(当時)から,被災地への協力を呼びかける緊急メッセージが発せられた1)。そこで,ポータブルエコーの必要性,および被災地への輸送手段の確保を要望したところ,日本超音波医学会では,すぐに超音波メーカー各社に協力を要請。被災地への搬送には苦慮したものの,岩手,宮城,福島にポータブルエコーを手配することができた。
2.災害時におけるポータブルエコーの要件
災害時に使用するポータブルエコーは,携帯可能で,電源がない場所でもバッテリー駆動できることが重要である。日立の「ARIETTA Prologue」(図1)は,コンパクトで機動力があるため,有用と思われる。
また,被災地における超音波診断装置の役割は,超急性期と亜急性期で異なる。超急性期では,小型ポータブルエコーによるone look echoが中心となる。一方,亜急性期になると,避難所という不十分な環境でも深部静脈血栓症(DVT)のスクリーニングを行い,血栓を検出するために,高性能ポータブルエコーが必要となった。また,このDVTスクリーニングプログラムには,医師や超音波検査士によるDVTスクリーニングに加え,看護師や医療スタッフによるDVT予防のための啓蒙活動が含まれていることが重要である。
3.福島県における震災後の医療活動
本学では,各診療科のスタッフからなる福島県立医科大学高度医療緊急支援チームが結成され,避難所での診療に当たった2)。その際,スペシャルチーム「エコノミークラス症候群」が設けられた。チームは,医師,看護師,臨床検査技師,臨床工学技士などの多職種で構成されており,2,3人を1グループとして避難所内の高リスクと思われる被災者のもとに出向き,寄り添いながら検査を進めていった(図2)。同意が得られた場合は,避難所の片隅で検査を行った。
避難所では,超音波検査を行うには明るすぎる上,狭い場所しか確保できない場合が多く,検査着への着替えもできないため,座位で膝から下のみの簡易検査を行うこととなる。検査者が床に座って検査を行う場合も多々あった(図3)。検査の結果,明らかな血栓はなくても血流のうっ滞など高リスクの被災者には,血栓予防のための生活指導や弾性ストッキングの配布,および使い方の指導を行った。ある避難所では,1日に155名中10名のDVTを検出し,弾性ストッキングを30〜40名に配布した。DVTが検出された被災者については,避難所の保健師に報告し,病院受診につなげてもらうよう手配した。
災害時DVTスクリーニングを円滑に行うために
東日本大震災の教訓として,災害時における超音波診断装置の搬送方法の確立が重要であると考えられた。また,被災地へ支援に来ていただく方の交通,宿泊,保険をどうするかという派遣形態を決めておく必要がある。さらに,最も重要なのが,被災者へのDVT予防に関する教育である。東日本大震災では,それ以前の災害の経験から,被災者の多くがエコノミークラス症候群という言葉を知っており,水分補給や車中泊を避け運動を行うことの必要性を容易に理解していただけたという実感があった。
東日本大震災から3年後の2014年には,広島土砂災害が起こった。この時,福島県立医科大学からの派遣として,私も心臓血管外科医,看護師と共に広島に入り,現地で広島大学の医師らと共に避難所でのDVTスクリーニングを行った3)。この活動に当たっても,日本超音波医学会を介して超音波メーカーから装置を借り受けることができた。
これらの経験をまとめた詳細な記録4)は,日本超音波医学会の『超音波医学』で特集されており,ぜひご一読いただきたい。本特集が掲載された直後の2016年に熊本地震が発生したが,その際には特集を参考に超音波診断装置の手配を進めることができたとうかがっている。
災害時DVT予防のための啓蒙と日本超音波医学会の取り組み
これまで,災害時のDVTスクリーニングによるDVT検出率について,さまざまな報告がなされている(図4)。新潟県中越地震(2004年)では車中泊が非常に多く,DVT検出率は約30%に上り,肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)による突然死も多く報告された。一方,東日本大震災では車中泊も少なく,一般の方のDVTへの認知度も高くなっており,DVT検出率は福島や宮城県栗原市では約10%と低かった。また,その後の広島土砂災害や熊本地震でも同様であった。一方,同じ宮城県でも石巻市ではDVT検出率が約30%に上り,避難所の環境やさまざまな背景因子が関与していると考えられる。
日本循環器学会および日本静脈学会では,災害時に避難所のあちこちにDVT予防のためのポスターを掲示し,運動や水分補給を促していた。もし今,大きな災害が起こった場合は,新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から避難所で積極的にDVTスクリーニングを行えない可能性もあることから,このような啓蒙活動が非常に重要であると考える。
日本超音波医学会では,2016年に災害時の対応マニュアル検討小委員会が設置され,2020年から災害時の対応検討委員会に昇格した。ホームページには「災害時の対応マニュアル 第二版」5)が掲載されているが,超音波診断装置を借用するまでの流れがフローチャートで示されている。災害発生時には,まず被災地の医療機関から日本超音波医学会本部へ電話やメールで連絡し,装置の借用を申請する。本部では,理事長および災害担当委員長が超音波メーカーに装置の借用を要請し,借り受けた装置は学会事務局が運搬方法を検討して被災地に貸与する流れとなる。装置借用申請書は学会ホームページからダウンロードできる。また,学会事務局は超音波メーカーと確認書を交わし,装置の保守や修理,紛失,弁済などについて取り決めを行う。貸与期間中は,被災地域の本学会地方会担当者が月に一度の頻度で装置の活用状況についての報告書を提出する。上記を踏まえ,装置をお借りするわれわれも,十分に注意して使用する必要がある。
まとめ
被災地において,超音波に求められる役割は時期に応じて変遷するため,それに対応した装置を使用する必要がある。超急性期には持ち運びしやすいこと,亜急性期にはある程度高性能な装置であることが求められる。
日本超音波医学会では災害時の対応をマニュアル化し,ポータブルエコーを被災地へ届けるシステムを構築した。また,被災後に発生するDVT合併症の予防のためには,平時からの教育と,災害時の予防の呼びかけが重要と考える。
●参考文献
1)山本一博:東日本大震災における日本超音波医学会事務局の対応. 超音波医学, 43(1):43-47, 2016.
2)高野真澄:被災地からの SOS,そして福島における取り組み. 超音波医学, 43(1):49-54, 2016.
3)高瀬信弥,他:2014 年広島土砂災害における医療活動を振り返る. 広島大学,福島県立医科大学,新潟大学,福井大学との共同医療チームによる静脈血栓塞栓症・肺塞栓症(エコノミークラス症候群)検診予防活動. 超音波医学, 43(1):85-90, 2016.
4)特集 大災害時の対応を振り返る:日本超音波医学会としての取り組み. 超音波医学, 43(1):2016.
https://www.jsum.or.jp/feature/index.html
5)災害時の対応マニュアル 第二版. 日本超音波医学会, 2020.
https://www.jsum.or.jp/outline/pdf/disaster_manual.pdf
高野 真澄(Iwai-Takano Masumi)
1993年 福島県立医科大学医学部卒業。同第一内科入局。2019年〜同大学医学部疫学講座/心臓血管外科併任講師。2020年〜東北大学大学院医工学研究科客員教授。
- 【関連コンテンツ】