セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
第30回日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)学術集会が2013年4月20日(土),21日(日)の2日間,コラッセふくしま(福島市)を会場に開催された。初日に行われた日立アロカメディカル株式会社共催のランチョンセミナーL1では,筑波メディカルセンターブレストセンターの植野 映氏を座長に,川崎医科大学総合外科学の中島一毅氏と,筑波メディカルセンター診療部門乳腺科の森島 勇氏が講演した。
2013年7月号
第30回日本乳腺甲状腺超音波医学会学術集会ランチョンセミナーL1 Quasi-Static Elastographyの新ステージ,FLRの新ステージ
Breast ElastographyにおけるFLR
中島 一毅(川崎医科大学総合外科学)
乳腺超音波診断は近年,Bモードやカラードプラの画質が大きく進歩しているが,さらにエラストグラフィを使った診断法の報告が世界で増えている。エラストグラフィの定量化の方法として,脂肪組織と関心領域の硬さの比であるFLR(Fat Lesion Raito)が用いられている。本講演では,日立アロカメディカル社が現在開発中のFLRの測定を支援するアプリケーション“Assist Strain Ratio”について,開発の経緯と内容について述べる。
■エラストグラフィの分類と解釈法
エラストグラフィは,メーカーごとに手法や画像化の方法が異なるため,2年前からJABTS精度管理班で整理・分類を行っている。この分類は,日本超音波医学会で採用され,世界超音波医学会にもそのまま転用される方向で動いており,国内外のガイドラインに採用される予定である。
エラストグラフィは,原理や画像の作り方により,図1のように分類される。表の縦軸はエネルギー負荷をかける方法で,検査者が物理的エネルギーを加える“Manual Compression”法と,装置により物理的,音響力学的エネルギーを加える“Acoustic Radiation Force”法に分類される。
一方,横軸は画像の作り方を表し,ひずみや変位を測定する“Strain or Displacement”と,shear wave伝搬速度を測定する“Shear Wave Speed”に分類される。
Manual Compressionは,負荷のかけ方により,検査者が振動を加えない“No Compression”,わずかに振動を加える“Minimal Vibration”,強く振動を加える“Significant Compression”に細かく分類できる。
日立アロカメディカル社の“Real-time Tissue Elastography(RTE)”の原理は,圧迫を加えることで,組織の硬さによって異なる変位を計測し,それを画像化してカラーマッピングすることで,エラストグラフィイメージが作られる。
エラストグラフィにおいては,「どのように診断するか」が問題となるが,論文によると解釈の方法は3つに分かれる。1つは,エラストグラフィカラー画像からカラーパターン診断を行い,スコアを判定する手法で,いわゆるTsukuba Elasticity Scoreである。2つ目がターゲット病変のエラストグラフィ画像とBモード画像のサイズ比で診断するEl/B Raitoである。そして3つ目が,硬さ(組織弾性)を数値化して診断する手法で,表示方式としては皮下脂肪に対して何倍硬いかを示すstrain ratio(FLR)と,shear waveを用いて求めるkPa(硬さの単位)やm/s(音速の単位)がある。
■解釈法の信頼性の問題
当院の検討では,FLRとTsukuba Elasticity Scoreはほぼ相関していたが,主観的なスコアよりも数字の方が解析しやすいと言える。過去10年間の論文を見ると,FLRのカットオフ値を4.5とするものが最も多く,世界超音波医学会のガイドラインでも4.5が採用されると思われる。
El/B Raitoを検討したBarr, R.G.の論文では良い結果が出ているものの,2つの画像の長さを測るため非常に煩雑な上,測定にはバイアスがかかる。一方で,Farrokh, A.のFLRの論文では,特殊な症例以外は非常に良い結果となっており,FLRの信頼性は世界的に認められつつある。
日本では簡便さから圧倒的にFLRが用いられているのに対し,米国ではEl/B Raitoが使われている。これは,米国食品医薬品局(FDA)がFLRを認めていないためである。人の手で振動させるため信頼性に疑問があること,比較測定の基準の不安定性があることなどがその理由である。つまり,絶対値ではないことが問題とされており,shear waveによるkPaについても認められず,m/sが認可されるに至っている。そこで,FDAにFLRを認可してもらうための方法について検討した。
■FLRの信頼性の検討
1)振動を加えることの信頼性
まず,人の手で振動させることの信頼性の有無を証明する必要があるかについて検討した。誤差が大きいと考えられるのであれば,用手的振動で実際にどの程度誤差が出るかを検討した。
乳房超音波検査では,Significant Compressionがよく使われるが,振動を与えることが問題であるならば,No Compression法の装置を用いれば問題ないと考えられる。そこで,No Compressionを解析してみると,実際には振動していることがわかる。人間の身体は,動かさないようにしていても,呼吸や筋肉の振動により非常に不安定に動いてしまう。それならば,動かさないことが良いとは限らず,振動自体を一定の周期にできればよいのではないかと考えた。
FLRについては,日立メディコ社でファントム実験が行われている。ファントムの複数ポイントの変位は異なるが,これを比にとるとほぼ一定化するというデータが得られた。FLRを使い,安定した振動を加えることができれば,安定したデータを取得できる可能性がある。
そこで考案された手法が“Minimal Vibration”である。これは,見た目にはほとんどわからない程度のわずかな振動を加える方法で,身体を緊張させたときに現れる細かい振動でも測定できるようにプログラムが作成されている。この方法により1〜2mmといった高分解能のエラストグラフィ画像を取得できるようになったことから,一定の精度を確保できると考えられ,Minimal Vibrationであれば振動の問題はクリアできると言える。日立アロカメディカル社の装置については,Minimal Vibrationを推奨している。
2)ROI選択の妥当性
次に,比較測定の基準,つまりROI選択の妥当性の証明である。FLRは,ROI設定が結果に大きく影響する。ターゲットROIは比較的簡単に選択することができるが,比較する脂肪は広範囲に存在するため,どの部分を取るか非常に難しかった。そこで,場所や大きさなど,さまざまなパターンを徹底的に計測した。
そのなかで,ターゲットと脂肪のROIの高さはできるだけ近い方がよいことがわかってきた。圧迫の強さは時相によって異なり,さまざまな状態が起こるものの,FLRで比を取った場合にはほぼ一定化するとの前提があるため,時相については勘案せず,プログラムを作成した。
また,FLRは計算上,ROIの中のひずみの数値を平均化するため,ROIが小さすぎる場合には計測不能となる。そのため,対象が小さい場合は,多少周囲を含めてROIを設定するようにし,また,非浸潤性乳管がんのように塊としては認めないが全体としてはmassに見える場合には,全体が入るように設定して検討を行った。
ターゲットのポイントに対して,いろいろな場所の変化の違いを調べたところ,ターゲットが軟らかければ,周囲への影響は少なく,FLRはどの部分もほとんど変わらなかった(図2)。乳房の脂肪は,腹部の脂肪と比べても軟らかく,硬さがほぼ一定であるため,FLRが成立していると考えられる。
一方で,ターゲットが硬い場合,ターゲットの直上にはひずみが強く出ることがわかり(図3緑),比較部位は,ターゲットの横や斜め上が適していると考えられた。そこで,脂肪認識パターンを行った上で,ROIの場所を選ぶ過程を組み込んで作成したプログラムが“Assist Strain Ratio”である。
検証では,Assist Strain Ratioで取ったROIと,手動が取ったROIはあまりずれないことが確認できた(図4)。現在,筑波メディカルセンターでfeasibility studyを行っており,再現性の高さが示されればprospective studyを行い,さらに検討を重ねたいと考えている。
|
|
■まとめ
Assist Strain Ratioにより,FLRが安定した数値であることが証明できれば,FLRによるエラストグラフィがFDAに認可される可能性が出てくる。米国で普及すれば世界中に広まることから,今後に期待が持てる。
中島 一毅
1995年山口大学医学部大学院卒業。2002年川崎医科大学乳腺甲状腺外科,附属病院医長,2012年より同総合外科学准教授,附属川崎病院副部長。
- 【関連コンテンツ】