セミナーレポート(富士フイルムメディカル)

第55回日本周産期・新生児医学会学術集会が2019年7月13日(土)〜15日(月・祝)の3日間,キッセイ文化ホール(長野県松本市)で開催された。14日(日)に行われた株式会社日立製作所共催のランチョンセミナー7では,東邦大学医療センター大森病院産婦人科教授の中田雅彦氏を座長に,東京大学医学部附属病院小児科講師の松井彦郎氏が,「胎児心機能を考える―心臓の壁運動と血行動態―」をテーマに講演した。

2019年10月号

第55回日本周産期・新生児医学会学術集会ランチョンセミナー7

胎児心機能を考える ―心臓の壁運動と血行動態―

松井 彦郎(東京大学医学部附属病院小児科)

胎児の心臓が胎内で機能を獲得するまでには,きわめて大きな変化が起きているため,それを評価するための強力なツールである超音波を理解することが重要である。本講演では,心臓力学の基礎,胎児心エコーによる収縮能・拡張能の評価,総合的な胎児循環指標,超音波の新技術について述べる。

心臓力学の基礎

心臓はポンプであり,血液の流入量(負荷)によって拍出が変化する。また,心臓をバネとして考えると,引き伸ばされたバネが縮む力はバネ定数(弾性率)であり,弾性率によってバネが戻るスピードなどが変化する。バネの硬さはバネの強さであり,これが心臓を考える基本となる。心臓は袋の形をしたバネであり,袋の柔軟性(コンプライアンス)は膨らみやすさ(伸縮性),袋の硬さ(エラスタンス)は膨らみにくさ(弾性率)を表す。心臓は収縮に伴って硬くなり,拡張に伴って柔らかくなる。
心機能の基本は,前負荷と後負荷が負荷,ポンプ機能が機能であり,負荷と機能が心拍出量を決定する。これらを圧容量曲線で表すと,最も硬くなるところが収縮,最も柔らかくなるところが拡張であると考えられ,硬くなれる心臓は,それだけバネの力が強いということを理解しておく必要がある。

胎児心エコーによる収縮能・拡張能の評価

1.収縮能評価のさまざまな指標
胎児心エコーでの収縮能(エラスタンス)の評価に当たり,超音波画像では圧の情報,つまり心筋の硬くなり具合を知るのは困難である。左室駆出率(EF)は,成人や小児では収縮能評価のゴールドスタンダードであるが,胎児のEFは仮定の計算を用いることから非常にバラツキが大きい。測定の際の仮定値の使用や測定の正確性,計算方法によって計算誤差が大きいことが課題である。
左室内径短縮率(FS)も収縮能評価の指標であるが,計測する部位によって値が異なるため,心機能評価として単純な比較はできない。
心筋ストレインは,心臓の壁に沿って心筋の方向による縮み具合を見るもので,正常値は0.2と言われている。ただし,心臓が腔として硬くなっているかどうかは評価できない。
心室面積変化率(FAC)は,4 chamber viewの面積変化を見ている。収縮能評価に当たっては,何を見ているのかを明確にし,その特徴によって評価する。
なお,胎児心収縮能を正確に評価するためには,流出路狭窄や房室弁逆流の有無と程度を見て,左室–大動脈(V-A)カップリングが保たれているかどうかを確認することが重要である。

2.拡張能評価の重要性
収縮能(EF)が保たれた心不全であるHFpEFは,拡張不全に起因するものであり,成人の心不全の大きな部分を占める。拡張能は,心筋の能動的な弛緩,バネが戻る復元力,心房伸展の負荷が合わさっているため,評価するのはきわめて困難である。
胎児心エコーでは,弁輪の移動速度は心臓全体の動きを表しており,拡張期の心筋速度は拡張能を反映している可能性が高いと考えられる。Tissue Dopplerを測定し,流入路血流と比較することで,異常心では拡張能の異常が見られ,E/e’は成人と同様に胎児の拡張能を反映していると思われる。したがって,拡張能評価は,急速流入期の弁輪速度(e’)と,拡張期の弁輪速度(e’)に対する流入血流量(E)の比であるE/e’による定性的評価を行うとよい。

総合的な胎児循環指標

総合的な胎児循環を評価するためのゴールドスタンダードは心拡大の評価であり,心胸郭比(CTR)や心胸郭断面積比(CTAR)を測定する。心臓の周径や面積は,収縮能低下や前負荷の増加,後負荷の増加,頻脈性不整脈などによっても拡大するため,心拡大の評価は循環の悪化を考える第一歩と言える。
心不全では静脈管の血流が異常となることから,静脈血流の悪化はうっ血の指標と考えられる。また,拍動指数(PI)や抵抗指数(RI)から臍帯動静脈血流を評価し,異常がある場合は後負荷が高いと言われている。
Tei indexも総合的な心機能の指標で,負荷非依存性であり,正常値から逸脱した場合は心臓循環に何らかの異常があると考えられる。
Cardiovascular Profile(CVP)scoreも,総合的な胎児循環の指標であり,胎児水腫,心拡大,臍静脈波形,FS,臍動脈波形を10点満点で点数化し,慢性心不全を総合評価する。点数が低い症例は循環不全と考えられる。

超音波の新技術

1.2D Tissue Tracking
心筋構造は,左室は3層,右室は2層であり,左室はねじれるように収縮することがわかっているが,右室についてはわかっておらず,ファイバー構造も長軸方向と,取り巻くように縮む構造があるため,左室と右室の収縮の仕方は異なると考えられている。以前,小児の右室の収縮について日立の“2D Tissue Tracking”にて検討したところ,正常心の場合,右室のinflow方向とoutflow方向では明らかにinflow方向の収縮が強いことがわかった1)。同様に,胎児の正常な右室でも,やはりinflow方向とoutflow方向の収縮に差があることから(図1),今後はさまざまな角度から観察することで右室の収縮への理解が進むと考えられる。
また,胎児の正常な左室の弁輪部の動きを2D Tissue Trackingで見ると,中隔方向の収縮時に小児には見られない特徴的な動きがあった。胎児の心臓収縮様式はもとより,既知の先天性心疾患についても,新しい知見が得られる可能性がある。

図1 胎児の正常な右室の2D Tissue Trackingによる観察

図1 胎児の正常な右室の2D Tissue Trackingによる観察

 

2.Dual Gate Doppler
症例1は,純型肺動脈閉鎖(PAIVS)で経過観察中の32週の胎児で,頻脈発作が認められた。頻脈発作では心房波と心室波を見るために,上大静脈(SVC)と大動脈(Ao)をドプラで同時に測定するが,胎児の向きなどによって測定は非常に困難である。一方,日立の“Dual Gate Doppler”では,2か所の動脈波形と静脈波形を同時に測定できるため,通常は困難なA波とV波を同時に観察可能となる。そこで,症例1について,腹部肝静脈と腹部大動脈をDual Gate Dopplerで測定したところ,A波が明瞭に描出され,1:1伝導であることがわかった(図2)。このように,Dual Gate Dopplerによる2か所同時計測は,不整脈の診断などにも有用である。
そのほか,Dual Gate Dopplerは心機能評価にも使用可能であり,E/e’やE波とA波の比較による拡張能の評価,Tei indexのより正確な測定,右室と左室の弁輪の動きの同時評価による心臓の収縮様式の比較なども可能になると考える。

図2 Dual Gate Dopplerによる頻脈波形の確認

図2 Dual Gate Dopplerによる頻脈波形の確認

 

3.Vector Flow Mapping
日立の“Vector Flow Mapping”(VFM)は,二次元ベクトルにより心臓内の血流の渦やエネルギーを可視化する技術である。胎児における有用性は今後検証が必要であるが,血流パターンやエネルギーロスの定量化が期待できるほか,撮像方法の工夫や画質向上,フレームレートの向上などが図られれば,新たな知見が得られる可能性も考えられる(図3)。
さらに,VFMを血管に応用した“VFM Vascular”では,壁面剪断応力(wall shear stress:WSS)の観察が可能である。胎児の下行大動脈を撮像したところ,収縮期のWSSが測定可能であり(図4),血管評価においてポテンシャルのある機能と考えられる。
そのほか,心室内の圧力を測定する“Intra-Ventricular Pressure Difference”にもVFMの機能が応用されており,これらの新機能を今後どのように胎児に応用していくか考えていきたい。

図3 胎児のVFMの可能性

図3 胎児のVFMの可能性

 

図4 VFM Vascularによる血管評価

図4 VFM Vascularによる血管評価

 

まとめ

本講演では,胎児心機能について述べたが,そのほかにも胎児胎盤循環や臓器発育など,胎内における大きな変化を,われわれはとらえていく必要がある。きわめて小さな胎児の心臓を超音波で見ることは,まさに天文学のようなものであり,未知のものを既存の技術を用いて解明していくことには大きな夢がある。小児にはない新たな知見を得られる可能性もあり,やりがいのある領域であると考える。

●参考文献
1)Matsui, H., et al., Pediatr. Cardiol., 29・2, 377〜381, 2008.

 

松井 彦郎(東京大学医学部附属病院小児科)

松井 彦郎(Matsui Hikoro)
1995年 名古屋市立大学卒業。2012年 Imperial College Ph.D.取得。2017年〜東京大学医学部小児科講師。同附属病院で胎児心臓外来の責任者として胎児診療に従事。日本小児循環器専門医,日本超音波専門医,日本集中治療専門医,英国医師免許,英国小児循環器専門医。

 

 

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