セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
Ultrasonic Week 2019が,2019年5月24日(金)〜26日(日)の3日間,グランドプリンスホテル新高輪(東京都港区)にて開催された。25日(土)に行われた株式会社日立製作所共催のランチョンセミナー9では,東京医科歯科大学消化器内科/大学院肝臓病態制御学教授の朝比奈靖浩氏を座長に,武蔵野赤十字病院消化器科の玉城信治氏と宝塚市立病院消化器内科主任部長の田中弘教氏が,「肝疾患を診つくす─びまん性疾患から腫瘤性病変まで─」をテーマに講演した。
2019年9月号
Ultrasonic Week 2019 ランチョンセミナー9 肝疾患を診つくす─びまん性疾患から腫瘤性病変まで
肝疾患を診つくす─SWM / ATT─
玉城 信治(武蔵野赤十字病院消化器科)
われわれが2008年と2015年に行った肝硬変の成因に関する全国調査の結果,近年では脂肪肝や糖尿病を背景とした肝硬変が明らかに増加しており,今後はさらなる増加が予測される。わが国における脂肪肝の患者数は約30%(2000万人以上)と推計され,そのうち10%程度(100万〜200万人)は非アルコール性脂肪肝炎(NASH)から線維化が進展して肝がんとなる。そのため,脂肪肝の線維化の程度をより簡便に評価でき,単純性脂肪肝とNASHを鑑別可能なモダリティが求められている。
本講演では,肝線維化診断に有用な日立製超音波診断装置の機能として,“Shear Wave Measurement”(SWM)と“Attenuation”(ATT)を中心に報告する。
肝線維化診断の重要性
『NAFLD/NASH診療ガイドライン2014』1)では,非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の患者を肝生検によって単純性脂肪肝とNASHに分類することが推奨されているが,最近ではこの概念が変化してきている。NAFLD/NASHの病理診断は,Matteoni分類2)によってバルーニングの有無で単純性脂肪肝とNASHに区別される。これは,バルーニングのあるNASHの患者は病気が進展しやすく死亡率が高いため,厳重な経過観察が必要とされていたからである。しかし,2015年に発表された論文では,脂肪肝の患者の予後に関する大規模スタディの結果として,実際に予後に関連するのは線維化のみであることが報告された3)。具体的には,F0〜F4までの線維化ステージのうち,線維化なし(F0)の患者の死亡リスクを1とした場合,肝硬変(F4)では12倍に跳ね上がる。また,全死亡率や肝関連死亡率においても,線維化の進行に伴い死亡リスクが上昇することが近年の研究で明らかとなっている4)。
超音波による肝硬度評価法の開発の背景と有用性
多数の脂肪肝の患者から,がんに進行する少数の患者を拾い上げるために,非侵襲的に肝線維化の程度を予測できるモダリティが求められている。
肝障害の精査のため当院を紹介受診した60歳代,男性の例では,血液検査では肝硬変かどうかを判断できず,また,超音波では肝実質がやや粗造で表面が少し不整であるものの,やはり診断は困難であった。こうした症例に対し,近年ではMRエラストグラフィによる肝硬度評価が可能となっている。本症例も,MRエラストグラフィにて肝硬変を疑う所見が得られ,肝生検が予定された矢先に静脈瘤が破裂し,肝硬変であることが確認された。
このように,MRエラストグラフィは有用であるが,日常臨床ですべての脂肪肝の患者に施行することは困難である。そこで,超音波にて簡便に線維化を評価する手法として,日立とわれわれの共同研究によって超音波エラストグラフィを開発した。
1.超音波エラストグラフィの概要
日立製超音波診断装置には,音響的加圧を行うSWMと,用手的加圧を行う“Real-time Tissue Elastography”(RTE)の2種類が搭載されている。SWMは,プッシュパルスで生体組織を振動させることで発生する剪断弾性波の伝搬速度(Vs)を計測し,波の伝わり方の特徴から組織の硬さを定量的に評価する。一方,RTEは,肝臓が心拍動によって揺らされる際の歪みの大きさをカラーで表現し,歪みの程度によって肝臓の硬さを評価する。日立の「ARIETTA 850」には,この2種類のエラストグラフィを融合した“Combi-Elasto”が搭載されており,ワンボタンでさまざまな指標を簡便に測定することができる。
2.臨床的有用性の検証
前述の症例の肝臓を測定すると,Vs値は2.06m/sであった(図1)。このVs値の臨床的有用性を検証するために,当院と,近畿大学および愛媛大学が共同研究を行った。
対象は,2015年7月〜2017年3月に肝生検を施行した慢性肝疾患353名,臨床的肝硬変13名,健常者22名の計388名で,肝生検と同時にSWMおよびRTEを実施した。病理所見による線維化ステージは,線維化なし(F0)が55名,軽度の線維化(F1)が182名,肝硬変(F4)が32名であった。SWMのVs値と病理所見を比較すると,線維化の悪化に伴いVs値が上昇する明らかな相関が見られ(図2),線維化の程度を非侵襲的かつ定量的に予測可能であった。肝硬変におけるVs値のカットオフ値は1.67m/sで,前述の症例は2.06m/sであることから肝硬変であると推測できる。さらに,SWMとRTEの計測値を基に,線維化を推定するfibrosis index(F index)と炎症を推定するactivity index(A index)を算出し,病理所見と比較したところ,やはり線維化ステージの上昇に伴いF index,A index共に上昇した(図3)。
以上より,超音波エラストグラフィを用いることで,非侵襲的に肝臓の硬度測定を行い,精密検査や厳重な経過観察につなげられると考えられる。
脂肪肝における脂肪化の程度の推定
脂肪肝においては,脂肪化の程度の推定も重要である。そこで,前述の共同研究にて,超音波で脂肪化の程度を数値化するための研究も同時に行った。
通常,エコービームは深部ほど減衰が大きくなることから,日立はSWMと連動して超音波減衰(ATT)を計測する機能を開発し,ARIETTA 850に搭載した。われわれは,ATTを用いて慢性肝疾患353名の減衰と脂肪化の程度の相関を検討した。まず,各症例の病理組織の脂肪化面積を自動算出して定量し,病理学的な脂肪化の程度(steatosis grade)と比較したところ,明らかな正の相関が見られた。また,ATTとsteatosis gradeとの比較でも同様であり(図4),ATTを測定することで肝の脂肪化の程度を非侵襲的に予測可能であった。一方,ATTと,線維化ステージおよび炎症を比較すると,いずれもATTにはまったく変化が見られなかった(図5)。ATTは純粋に脂肪化の程度を反映して定量化できることから,今後,ATTの測定は臨床でも普及すると考えられる。
また,線維化と脂肪化をボタン1つで評価可能なARIETTA 850により,今後,脂肪肝診断のワークフローは簡略化され,健診や外来でもその場で評価できるようになると考えられる。
まとめ
SWMとRTEにより,非侵襲的に肝線維化の進行度や炎症による影響を詳細に把握することが可能となった。また,ATTにより,肝脂肪化の程度を推定することもできる。ARIETTA 850では,SWM/ATT計測が同時に実施できるため,通常の検査の延長でプローブを持ち替えることなく,手軽に測定可能となった(図6)。今後のARIETTA 850の普及が期待される。
●参考文献
1)NAFLD/NASH診療ガイドライン2014. 日本消化器病学会編, 東京,南江堂,2014.
2)Matteoni, C. A., et al., Gastroenterology, 116・6, 1413〜1419, 1999.
3)Angulo, P., et al., Gastroenterology, 149・2, 389〜397, 2015.
4)Dulal, P. S., et al., Hepatology, 65・5, 1557〜1565, 2017.
5)Yada, N., Tamaki, N., et al., Dig. Dis, 35・6, 515〜520, 2017.
6)Tamaki, N., et al., Hepatol. Res., 48・10, 821〜828, 2018.
玉城 信治(Tamaki Nobuharu)
2006年 日本医科大学卒業。同年 海老名総合病院初期研修医。2008年〜武蔵野赤十字病院消化器科。
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