セミナーレポート(富士フイルムメディカル)
Ultrasonic Week 2019が,2019年5月24日(金)〜26日(日)の3日間,グランドプリンスホテル新高輪(東京都港区)にて開催された。24日に行われた株式会社日立製作所共催のランチョンセミナー4では,埼玉医科大学国際医療センター心臓内科教授の岩永史郎氏を座長に,筑波大学医学医療系循環器内科学臨床検査医学病院教授の石津智子氏と東北大学病院生理検査センター生理検査部門長の三木俊氏が,「精度の高い心血管エコー検査を目指して─見逃せない心不全と動脈硬化のサイン」をテーマに講演した。
2019年9月号
Ultrasonic Week 2019ランチョンセミナー4 精度の高い心血管エコー検査を目指して ─見逃せない心不全と動脈硬化のサイン
精度の高い心血管エコー検査を目指して─見逃せない心不全と動脈硬化のサイン
石津 智子(筑波大学医学医療系循環器内科学臨床検査医学)
わが国では1990年代以降,新規発症心不全患者数が年間1万人以上のペースで増加しており,“心不全パンデミック”とも呼べる状況となっている。新潟県佐渡市の心不全罹患率を基に推定した心不全患者数は,現時点で100万人以上と推定されており1),さらに,弁膜症,虚血性心疾患,成人先天性心疾患,心房細動,高血圧などの千数百万人が,心不全予備軍と考えられる。循環器系疾患は,がんと異なり登録制となっていないため,今後は患者を登録して実数を把握する必要があると考える。また,医科診療医療費のトップは循環器系疾患で,悪性新生物よりも多くの国家予算が費やされているという点2)からも,非常に重要な問題である。
こうした現状を受け,われわれは心臓と血管の両面から診療を行っていく必要があると考える。本講演では,心血管エコーによる心不全の診断について,特に予防の観点から概説する。
心不全の進展ステージと予防の重要性
心不全リスクの段階から,症候性心不全が出現し難治化するまでの期間は,A〜Dの4つのステージに分類できる。ステージAは,高血圧,糖尿病(DM)などの危険因子はあるが器質的心疾患や心不全症候はない状態,ステージBは,器質的心疾患はあるが心不全症候は見られない状態で,ここまではリスクステージとなる。そして,ステージCは器質的心疾患や心不全症候のある心不全ステージ,ステージDは治療抵抗性(難治性,末期)心不全ステージである。心不全をひとたび発症すると治癒することはなく,急性増悪と寛解を繰り返しながら徐々に悪化し,突然死のリスクを抱えつつ,長期間の闘病を余儀なくされる。
心不全の予後について,筑波大学の関連病院の約800症例を対象に検討したところ,左室駆出率(LVEF)が保たれているかどうかにかかわらず,生存率に大きな差は見られなかった。5年生存率はステージⅢの胃がんと同等の約60%と,予後不良である。心不全を未然に防ぐためには,リスクをより早期の段階で発見し,患者に対して予防(Prevention)のための教育を行っていくことが重要である。
心不全予防のポイントと心血管エコーによる評価
心不全の基本病態は心臓と血管の老化であるが,老化のプロセスは個人差が非常に大きい。また,心臓病のリスク因子は200以上あるため,危険因子からリスクを層別化することには限界がある。しかも,危険因子の累積の程度は必ずしも心不全の発症の有無と一致しないことから,心血管エコーで一人ひとりの老化進展度を判定することは理にかなっており,これは立派な個別化医療であると言える。
心血管エコーによるステージAとBの鑑別については,ASE/EACVIガイドライン3)における左室拡張能評価の診断アルゴリズムを基に,まずはLVEFを評価し,低下していればステージBと判断する。一方,LVEFが正常で,心血管エコーによる拡張機能障害の指標が当てはまらなければステージAとなる。心肥大や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の上昇が見られない症例の中にもステージBが存在する可能性は十分にあるため,心血管エコーで拾い上げる必要があると考える。
次に,ステージBとCの鑑別であるが,まず心血管エコーにて僧帽弁血流速度波形(E/A)を測定し,E/A≧2では著明な左房圧上昇およびグレードⅢの拡張機能障害と評価できる。E/A≦0.8+E>50cm/sあるいは0.8<E/A<2の場合は,平均E/e’>14,TR velocity>2.8m/s,左房容積係数(LAVI)>34mL/m2という3項目を評価し,これらのうち2つ以上が陰性であれば正常左房圧でグレードⅠの拡張機能障害,2つ以上陽性であれば左房圧が上昇したグレードⅡの拡張機能障害と診断できる。左房圧の上昇が疑われる場合は,ステージCとして治療を考慮するべきである。
診断アルゴリズム適用外の疾患に有用な心血管エコーの機能
1.Dual Gate Doppler
実臨床においては,上記の診断アルゴリズムで拡張機能障害を分類できないことがある。その代表例が心房細動や僧帽弁逆流であり,左房圧評価に特別な判断を要する。エコー指標としては,心房細動では心室中隔のE/e’や等容弛緩時間(IVRT)など5項目,僧帽弁逆流ではIVRTやIVRT/Time to E to e’(IVRT/TE-e’)など4項目がガイドライン3)に示されている。IVRTは非常に重要な項目であるが,計測には特別なソフトウエアが必要である。また,TE-e’は,ドプラの時相を細かく分析することで,隠れた拡張機能障害を見つけ出すための指標である。
日立製の超音波診断装置に搭載された“Dual Gate Doppler”は,左室の流出路と流入路のドプラ波形を同時に計測できるため,IVRTを正確に計測でき有用である(図1)。
また,経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)を施行した症例について,術前後でTE-e’を計測した(図2)。E波とe’波では,e’波の方が先に起こるのが正常4)であるが,本症例の場合,TAVI術前(図2a,c)に先に血液が流入し始めている。すなわち,吸引によって流入しているのではなく,高い左房圧によって押し出された血液が流入しており,明らかに異常な病態である。しかし,TAVIによって左室後負荷を取り除いたところ,正常な血流パターンとなった(図2b,d)。こうした術前後の変化も,Dual Gate Dopplerにてひと目で確認することができる。
2.2D Tissue Tracking
HFpEF(LVEFが保たれた心不全)については従来,高血圧フェノタイプやDMフェノタイプなどに分けてリスクへの介入を行ってきたが,近年はエコーで分類することが提言されている5)。具体的には,まず心不全をHFpEFかHFrEF(LVEFが低下した心不全)かで分類し,次にGlobal Longitudinal Strain(GLS)が保たれているかどうかで分類する。GLSが低値の場合は心筋の線維化や過度の左室肥大反応,蓄積性心疾患(心アミロイドーシス)が考えられるため,cardiac phenotypeに分類する。一方,GLSが保たれている場合は血管不全や後負荷不整合が考えられるため,vascular phenotypeに分類し,血管や心臓だけでなく全身を診ていこうというものである。
日立製の超音波診断装置「LISENDO 880」では,“2D Tissue Tracking”にて2Dスペックルトラッキングの解析が可能であり,GLSがきわめて良好に算出される(図3)。2D Tissue TrackingではLVEFも併せて表示されるため,心不全症例のLVEFやGLSの分類は本機能のみで行うことができる。
なお,最新の論文では,HFpEF症例について頸動脈の脈波と心エコーの左室流出路のドプラ波形から前進波と反射波をそれぞれ算出し,DMの有無で分類したところ,DM合併HFpEFでは血管硬度が高く,反射波が強く,左室肥大が強いと結論づけている6)。しかし,DMでも反射波がそれほど強くない症例も含まれていると考えられることから,そうした個別の診断で恩恵をもたらせられるのは,心臓と血管の両方を評価可能なエコーであると考える。
まとめ
心不全は心血管病であり,予防以外に根治する方法はない。そのため,超音波による心血管障害の診断に基づく個別化医療の検証が,急務であると考える。
●参考文献
1)Okura, Y., et al., Circ. J., 72・3, 489〜491, 2008.
2)厚生労働省:平成27年度 国民医療費の概況.
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/15/dl/kekka.pdf
3)Nagueh, S.F., et al., J. Am. Soc. Echocardiogr., 29・4, 277〜314, 2016.
4)Notomi,Y., et al., JACC Cardiovasc. Imaging, 2・6, 717〜719, 2009.
5)Argulian, E., et al., Circ. Res., 122・1,23〜25, 2018.
6)Chicinos, J.A., et al., J. Am. Heart Assoc., 8・4,e011457, 2019.
石津 智子(Ishizu Tomoko)
1993年 筑波大学医学専門学群卒業。2000年 同大学院修了。2007年〜筑波大学臨床検査医学講師。2018年〜同病院教授。
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