急性期脳梗塞における画像診断から治療までのパスウェイ
成清 道久(川崎幸病院脳血管センター)
Session 1
2019-11-25
本講演では,適応の広がる急性期脳梗塞に対する血栓回収療法について概説した上で,急性期脳梗塞の画像診断から治療までのパスウェイ,そして,ベイジアンアルゴリズムによる灌流画像評価の臨床経験について述べる。
■急性期脳梗塞治療:血栓回収療法
わが国において脳梗塞を含む脳血管疾患は死因の第3位であり,寝たきり(要介護5)の原因の第1位となっている。医療費負担も大きく,国民医療費の約1割を占める。脳血管疾患の57%を占める脳梗塞の治療は,患者のQOL向上だけでなく,医療経済の負担軽減からみても重要である。
急性期脳梗塞における血管内治療については,2014〜2015年に内科治療に対する血栓回収療法の有効性を示す5つの臨床試験が発表された。治療成績の概要としては,「発症6時間以内の急性期脳梗塞に対して,60〜80%の患者において血栓回収療法で50%以上の再灌流を得られれば,そのうち約50%の患者は介助なしに身の回りのことができる」というものである。
この結果を基に日本の脳卒中治療ガイドラインが改訂され,2009年には「その他」に分類されていた血栓回収療法が,2017年(2015年版追補)では,発症6時間以内ではグレードAに引き上げられた1)。
■急性期脳梗塞の画像診断
急性期脳梗塞の画像診断においては,ischemic penumbraとischemic coreという概念が重要となる。ischemic penumbraは,脳血流量(CBF)が20mL/100g/分を切り,電気的活動が停止して脳梗塞に陥っている領域で,神経脱落症状として麻痺などが生じる。ischemic coreは,CBFが10mL/100g/分を下回って虚血性脱分極となり,神経細胞死に陥った領域である。
このような虚血コアは従来,ASPECTS(Alberta Stroke Program Early Score)としてCTの早期虚血変化(early ischemic change,early CT sign)やMRIの拡散強調画像(DWI)で評価してきたが,厳密な組織評価に至っていないのが現状である。それでも,“Time is brain”という言葉があるように,当院では時間を重視して,発症6時間以内の症例に対して血栓回収療法を行ってきた。
しかし,2017年と2018年に,発症6時間以上の患者に対して血栓回収療法を適応した2つの臨床試験が発表された。DAWN trialは発症6〜24時間,DEFUSE3 trialは発症6〜16時間の急性期脳梗塞の患者に対して血栓回収療法を行っており,前述の5つの臨床試験と比べても遜色ない結果であった。DAWN trialとDEFUSE3 trialの特徴としては,penumbraとcoreの体積を評価し,神経徴候あるいは灌流低下領域と虚血コア体積のミスマッチを有する患者を選択して治療した点である。2つの臨床試験では,CT/MRI perfusionの自動画像解析システムを用いて,CBF対側比30%未満をcore,Tmax 6秒以上をpenumbraとして抽出した。
これらの臨床試験により,血栓回収療法の適応時間が延長されるとともに,適応決定において組織判断も重要視されるようになった。灌流画像の重要性が再認識され,海外では主にCT perfusionを用いて評価が行われている。国内においても,2018年に日本脳卒中学会など3学会が,発症24時間以内の急性期脳梗塞に対して,虚血コア体積を基にした血栓回収療法の推奨グレードを示した2)。しかし,国内では灌流画像の解析システムが普及していないことから,グレーディングの評価項目では虚血コア体積とMRI ASPECTSを併記している。
■画像診断から血栓回収療法までのパスウェイ
当院に脳卒中で救急搬送された患者は,「Aquilion ONE/ViSION Edition」にて検査を行い,CTA/CT perfusionをベースに画像診断を行っている。急性期脳梗塞と診断された患者は,検査後そのままカテーテル室へ移動し,血栓回収療法を施行する。
ガイドラインでは,搬送から画像検査まで30分,穿刺までを60分で実施し,90分以内に再灌流を得ることが推奨されているが,当院では,より迅速な診断・治療をめざし,2019年7月から新しいプロトコールで取り組んでいる。流れとしては,ER(2階)に搬送された患者を救急隊のストレッチャーに乗せたまま,診察・採血・点滴を行い(搬送から3分),同階にあるCT室に移動(同5分),撮影・結果表示(同10分)というもので,搬送から15分以内で血栓回収療法を決定することを目標にしている。
当院でCTA/CT perfusionをベースに急性期脳梗塞を診断している理由としては,ERフロアにCT室があること,迅速な対応が求められる状況下でMRI問診(体内金属など)が難しいこと,透析患者の場合はガドリニウム造影禁忌であることがある。また,頸部や体幹部のCTAも行うことで,頸動脈狭窄症の有無やアクセスルートの確認,大動脈解離の除外も行っている。
■ベイジアンアルゴリズムを用いた灌流画像
当院では,画像処理ワークステーション「Vitrea」に搭載されたベイジアンアルゴリズムのソフトウエア“Brain Perfusion Bayesian”にて灌流画像評価を行っている。ベイジアンアルゴリズムは,従来のSVD法(sSVD)で問題だったノイズを除去できる解析法で,真の伝達関数に近いと言われており3),デジタルファントムを用いた検討でも,真値に非常に近い結果が得られている4)。
Vitreaによる灌流画像の解析例を以下に示す。
●症例1:発症2時間,77歳,男性
症例1は,NIHSS 19点の重症な脳梗塞で,左中大脳動脈が閉塞し,CT ASPECTSは7点であった。sSVDで解析した灌流画像では,CBF低下域に平均通過時間(MTT)延長,脳血流量(CBV)の一部低下を認めた(図1 a)。発症2時間,CT ASPECTS 7点であることから,血栓回収療法の推奨グレードAに分類される。同症例についてベイジアンアルゴリズムで解析すると,CBFとCBVがより鮮明に描出され,MTTの視認性も向上している(図1 b)。
Vitreaでは,coreとpenumbraを分布マップと体積(数値)で表すサマリーマップも表示できる(図2)。サマリーではcore体積が50mLを超えていることから,発症2時間の症例であるが,推奨グレードC1に分類され,血栓回収療法の適応は慎重に検討すべき症例となる。数値化により,治療適応の正確な判断につながると考える。
●症例2:発症7時間,76歳,女性
症例2は,NIHSS 20点の重症な脳梗塞で,右中大脳動脈閉塞,CT ASPECTSは放線冠を除くと7点であった。ベイジアンアルゴリズム解析では,penumbra体積が187mL,core体積が13mLであった(図3)。発症7時間ではあるが,core体積が25mL以下であることから推奨グレードはAとなり,血栓回収療法の良い適応となった。
本症例は,搬送から97分で完全再開通(TICIグレード3)を得たが,運動機能を障害される放線冠にcoreがあったため,退院時のNIHSS 15点,mRS 4点と,やや後遺症の残る結果となった。core体積と術後DWI体積は同等であるが,虚血の分布により神経症状が異なると考えられる。
このように,詳細な組織評価が可能なサマリーマップと術後DWIの高信号域の分布に高い相関が見られることから,サマリーマップでは術前に神経機能の予後を予測できる可能性もある(図4)。
●症例3:発症時間不明,72歳,男性
症例3は, NIHSS 23点の重症な脳梗塞で,左中大脳動脈閉塞,CT ASPECTSは9点,ベイジアンアルゴリズム解析ではpenumbra体積が166mL,core体積が5mLであった(図5)。CT ASPECTSとcore体積からは血栓回収療法の適応となりそうだが,発症時間が不明なため,推奨グレードはどこにも分類されない。しかし,penumbra体積が非常に大きく,coreが小さいことから血栓回収療法を施行し,搬送から83分で再開通を得た。術後DWIでは高信号域は淡く,退院時NIHSS は0点,mRSは1点と非常に良い結果となり,組織評価の重要性を再認識した症例であった。
■まとめ
血栓回収療法の適応判断においてベイジアンアルゴリズム解析を用いることで,良好な視認性で判断力を高め,数値化により正確に治療適応を評価し,サマリーマップで神経機能の予後予測をすることが可能になり,迅速に組織評価できると考える。また,Vitreaのベイジアンアルゴリズムは,自動化された解析システムであり,診療放射線技師の負担軽減と時間短縮にもつながる。
今後は症例を蓄積し,標準化された画像診断システムにしていくことが必要と考える。血栓回収療法は非常に有効な治療であり,その適切な適応決定に画像診断が重要な役割を果たしている。
●参考文献
1)http://www.jsts.gr.jp/img/guideline2015_tuiho2017.pdf
2)http://www.jsts.gr.jp/img/noukessen_3.pdf
3)Boutelier T., et al., IEEE Trans. Med. Imaging, 31・7, 1381〜1395, 2012.
4)Sasaki, M., et al., Neuroradiology, 55・10, 1197〜1203, 2013.