セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)

画論26th The Best Image

画像診断と機械学習そしてDeep Learning ReconstructionによるMRI画像にあたえるインパクト

山下 康行(熊本大学大学院 生命科学研究部 放射線診断学分野 教授)

山下 康行(熊本大学大学院 生命科学研究部 放射線診断学分野 教授)

人工知能(AI)技術において深層学習(deep learning)と呼ばれる機械学習では,人間の脳の情報伝達の仕組みを模した人工ニューロンを基盤とし,データや画像を自ら解析してそれらの分類や認識の基準を見つけ出す。そのため,画像診断とはきわめて親和性が高く,検査に関連するさまざまな段階で大きなインパクトをもたらしている。MRIにおいても,キヤノンメディカルシステムズ社がdeep learningを応用したMR画像再構成技術“Deep Learning Reconstruction(DLR)”を開発中であり,現在,当院にて検討を行っている。撮像時間の短縮と画質の飛躍的な改善が可能であると同時に,さまざまなシーケンスに適用可能であり,今後は定量解析への寄与も期待できる。

近年,人工知能(AI)における機械学習(machine learning)の手法の一つである深層学習(deep learning)が,さまざまな領域で応用され,注目されている。本講演では,機械学習およびdeep learningの概略と放射線領域にあたえるインパクトについて述べた上で,キヤノンメディカルシステムズ社が開発中のdeep learningを応用したMR画像再構成技術“Deep Learning Reconstruction(DLR)”を紹介する。

機械学習とdeep learningの概略

1.機械学習と統計学の違い
機械学習は数年前から盛んに研究され,注目されているが,その基本は,統計学を別のアプローチから応用したものであると考えることができる。例えば,身長と体重のデータからその2つが相関していることを「説明」するのが統計学であり,身長のデータから体重を「予測」するのが機械学習である。また,身長と体重との相関は単純な直線で表すことができるため,単回帰分析で予測できるが,例えば,年齢,性別,体重,空腹時血糖値などさまざまな因子に影響される血圧は,統計学で解析する際には多変量解析の一つである重回帰分析を用いて近似させていくことになる。その際,統計学では各因子の重要度に応じて重み付けを行うが,機械学習では,さまざまな因子の重み付けを学習し,血圧を予測するという考え方となる。
機械学習を画像診断領域で用いる際には,多くの場合,「教師あり学習」を行う。訓練データから学習して,そこに潜むさまざまなアルゴリズムや関数などのパターンを見つけ出し,さらに新たなデータを当てはめることで将来を予測する。

2.ニューラルネットワークの特徴
機械学習の一つである,ニューラルネットワークは,人間の脳神経の情報伝達の仕組みを数学的に模した人工ニューロン(perceptron)が基本的な考え方となっている。
単純人工ニューロンによる分類は,重回帰分析と同様に直線的に2つに分類されるような線形モデルには応用可能であるが,複雑な分布を示す非線形モデルは分類することができない。そこで,重回帰分析の入力と出力の間に中間層を設けたのがニューラルネットワークの考え方である(図1)。出力と正解(教師データ)との誤差を計算し,誤差が最小になるように,つまり出力が正解に近づくよう重み係数を何度も調整して最適化チューニングを行う方法である。

図1 重回帰分析とニューラルネットワークの比較

図1 重回帰分析とニューラルネットワークの比較

 

3.Deep learningの特徴
ニューラルネットワークでは中間層は1つであるが,それを多層化したのがdeep learningであり,非常に複雑な特徴量の表現が可能となる(図2)。従来は,さまざまな関数を使って物事を説明しようとしていたが,deep learningでは理論的にはほぼすべての関数を表現可能とされており,最強のツールと考えられている。また,従来の機械学習は特徴量をマニュアルで作成していたが,deep learningでは多数の入力画像から特徴抽出と学習を自動で行い,重みを微調整して,例えば,人間の画像を入力すれば人間,犬の画像を入力すれば犬と判断可能となる。convolutional neural networkなどの方法を用いて,大量のCT画像を学習させトレーニングしていくことで,画像診断も可能となることが予想される。

図2 Deep learningの概念

図2 Deep learningの概念

 

Deep learningが放射線科領域にあたえるインパクト

こうしたなか,deep learning研究の第一人者であるカナダ・トロント大学のGeoffrey Hinton氏が2016年に,「放射線科医の仕事はすべてdeep learningに置き換わってしまうだろう」と発言し,われわれに大きな衝撃を与えた。
もちろん,読影支援は機械学習の一つの大きなターゲットではあるが,画像診断にはほかにも多くの段階があり,例えば,臨床医による検査依頼や検査プロトコールの選択,撮像,レポート作成,臨床科への報告などにもdeep learningが関与してくると思われる。実際に,最近のいくつかの論文から,AI(deep learning)の放射線科領域への応用におけるインパクトをまとめてみた。

1.放射線科領域全般
まず,検査スケジュールのインテリジェント化とセーフティスクリーニングの支援が挙げられる。具体的には,CTなどの検査予約のうち,事前に患者のプロフィールからキャンセルの可能性を予測して空きが生じないようにする,さらには,検査の際に造影剤の副作用など安全に関する情報が伝わるようにするなどである。
次に,インテリジェントなclinical decision support(CDS)である。CTやMRIなどの検査適応について,無駄な検査が行われたり,逆に十分な検査が行われないことがないよう,deep learningにより適切な検査が示唆されることもありうると考えられる。
本講演の最大のテーマである画像収集においては,短時間撮像やノイズ低減への活用が期待できるほか,CTやMRI,単純X線検査などのポジショニングの最適化にも,deep learningは非常に有用と考える。さらに,至適シーケンスの選択支援(intelligent imager)にもdeep learningが有用であり,すでに取り入れている医療機器メーカーもある。
撮像後の画像処理においては,臓器抽出などのセグメンテーション,体積測定や治療効果判定,CT-FFRなどによる定量解析,レジストレーション(PETとCTの融合など)にもdeep learningが非常に有用と思われる。さらには,別のモダリティのデータ,例えば,MRIの画像からCT画像をシミュレートすることも可能になると考える。

2.画像診断領域
画像診断領域でのdeep learningの可能性として,以前からCADにて行われている乳がんや肺結節などの病変検出や,骨折,気胸,脳卒中などの診断がある。また,読影支援としては良悪性鑑別のほか,例えば,真に緊急性の高い症例の優先順位を上げて先に読影するなど,緊急読影支援にも有効と思われる。画質評価やパラメータ最適化などの画像改善,あるいは臓器線量推定や放射線治療への拡張など自動的な線量推定にも,有効性が高いと考える。

3.検査終了後
検査終了後には,deep learningによる自然言語処理などを用いたレポート作成支援や,レポートからの二次利用としてquality controlへの活用などが考えられる。また,電子カルテとの情報共有により,genomicsや予後予測,precision medicineにつなげることなどが提案されている。

MRIにおけるDLRの有用性

MR撮像に求められる2大要素である「高精細画像」と「短時間撮像」はトレードオフの関係にあるが,この2つをつなぐ新技術がDLRであると考えている。短時間で撮像した疎な画像データと,時間をかけて撮像した精密なデータは,基本的には同じものであるはずだが,ノイズレベルなどが異なっている。この2つを学習によって結びつけ最適化することで,短時間で高画質を得ようというのがDLRの考え方であり,DLRはdeep learningを利用したノイズ除去技術であると言える(図3)。

図3 DLRの概念

図3 DLRの概念

 

そこで,従来のノイズ除去方法であるスムージングとDLRによる頭部の画像を比較すると,スムージング(図4上段)ではサブトラクション画像で脳の内部構造が視認できるのに対し,DLR(図4下段)ではノイズだけが抽出されていた。つまり,DLRでは非常に有効にノイズが除去されていることがわかる。そこで,キヤノンメディカルシステムズ社の3T MRIで撮像した低SNRのPD STIR画像に対し,16分59秒かけて10回加算(NAQ10)した画像と,1分45秒でDLR処理を行った画像を比較したところ(図5),DLR(c)では処理時間が短いにもかかわらず,NAQ10(b)と同等の画質が得られていた。

図4 スムージングとDLRによるノイズ除去の比較

図4 スムージングとDLRによるノイズ除去の比較

 

図5 PD STIR画像における10回加算(NAQ10)とDLRの比較

図5 PD STIR画像における10回加算(NAQ10)とDLRの比較

 

また,DLRは十分なトレーニングが必要であるものの,すべてのシーケンスに応用可能である。図6は,全脳の1.8mm iso voxel拡散強調画像(DWI)であるが,オリジナル画像(a)と比較しDLR(b,c)では明らかに画質が改善しており,微小な脳梗塞が明瞭となっている。

図6 1.8mm iso voxel拡散強調画像におけるDLRの効果

図6 1.8mm iso voxel拡散強調画像におけるDLRの効果

 

一方,画像処理によって,元々の情報を損なうことがあっては問題である。そこで,高分解能な全脳の拡散強調画像のADC値を測定したところ,オリジナル画像は0.84,DLRでは0.83とほぼ同等の値が得られた(図7)。特筆すべきはSD値で,オリジナル画像の0.13に対し,DLRでは0.005と大幅に低減しており(図7),これがDLRの大きな効果であると言える。

図7 全脳の高分解能拡散強調画像におけるADC値の比較

図7 全脳の高分解能拡散強調画像におけるADC値の比較

 

図8は,全脳の1.5mm iso voxelの拡散テンソル画像のカラーマップであるが,DLR(b)では明らかに描出能が向上している。FA値を測定したところ,オリジナル画像とDLRは同等であった。

図8 1.5mm iso voxel拡散テンソル画像におけるDLRの効果

図8 1.5mm iso voxel拡散テンソル画像におけるDLRの効果

 

図9は,高分解能拡散テンソルトラクトグラフィであるが,やはりDLR(b)による画質の改善が歴然としている。

図9 高分解能拡散テンソルトラクトグラフィにおけるDLRの効果

図9 高分解能拡散テンソルトラクトグラフィにおけるDLRの効果

 

また,DLRは,multi shell DWIであるneurite orientation dispersion and density imaging(NODDI)にも応用可能で,オリジナル画像と比べて明らかに画質が向上しており(図10),また,視床(thalamus),大脳基底核(BG),白質(WM)のFA値はオリジナル画像と同等であった。

図10 NODDIへのDLRの応用

図10 NODDIへのDLRの応用

 

図11は,3T MRIによる0.8mm iso voxelのMPRAGE画像であるが,拡大するとDLR(b)の方が明らかにノイズが改善している。

図11 0.8mm iso voxel MPRAGE画像におけるDLRによるノイズ低減

図11 0.8mm iso voxel MPRAGE画像におけるDLRによるノイズ低減

 

図12は,海馬の高分解能T2強調画像であるが,DLR(b)では,あたかも7T装置で撮像したかのようにSNRが改善している。
そこで,海馬のT2強調冠状断像を用いてDLRの定量評価を行ったところ,灰白質,白質,被殻,脳脊髄液のいずれも,オリジナル画像と比較してDLRの方が圧倒的にノイズレベルが改善していた1)。また,視覚評価でも,オリジナル画像と比べてDLRの方が明らかに画質が良好であった1)。これらから,MRIにおけるDLRのインパクトはきわめて大きいと言える。

図12 高分解能T2強調画像におけるDLRによるノイズ低減

図12 高分解能T2強調画像におけるDLRによるノイズ低減

 

なお,2D-T2強調画像にDLRを適用しノイズを低減すると,脳幹部にフローアーチファクトが見られることがあるが,3D撮像はやや時間がかかるものの,3mm iso voxelの3D-T2強調画像ではアーチファクトの少ない良好な画像が得られている(図13)。

図13 3mm iso voxelの3D-T2強調画像におけるDLRによるフローアーチファクトの低減

図13 3mm iso voxelの3D-T2強調画像におけるDLRによる
フローアーチファクトの低減

 

まとめ

統計学が過去を説明する手法であるのに対し,統計学を用いて未来を予測するのが機械学習(AI)であると考える。なかでも,deep learningは,ほとんどの関数をシミュレート可能なAIの強力なツールであると言える。
画像診断においては,検査オーダから患者のマネジメントに至るまで,さまざまな段階でAIが適用可能であり,今後,大きなインパクトをもたらすものと思われる。
MRIでは,キヤノンメディカルシステムズ社が開発中のDLRを用いて,主に頭部領域での検討を行っている。さまざまなシーケンスへの応用が可能であり,ルーチンMRIの画質向上や撮像時間の短縮,高分解能画像の画質向上も可能である。さらに,DLRでは元データの情報を損なうことなくノイズ低減が可能なことから,定量解析への寄与も期待できる。
今後は,さまざまな領域での臨床症例を対象に,DLRの有用性を検証していきたいと考えている。

●参考文献
1)Kidoh, M., Kitajima, M., et al. : Deep Learning Based Noise Reduction ; A Feasibility Study(in submission).

 

●そのほかのセミナーレポートはこちら(インナビ・アーカイブへ)

【関連コンテンツ】
画論26th The Best Image
開催:2018年12月16日(日) 会場:東京国際フォーラム
主催:キヤノンメディカルシステムズ株式会社
TOP