医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)がさまざまなシーンで加速している。不整脈治療に用いる植込み型心臓電気デバイス(cardiac implantable electronic device:CIED)においても、自宅で過ごす患者のデータをネットワークを通じて把握し、早期介入や外来負担を軽減する「遠隔モニタリング」が拡大している。市立伊丹病院では、CIEDの管理にキヤノンメディカルシステムズのペースメーカー統合管理サービス「CardioAgent Pro for CIEDs」を導入し、遠隔モニタリングの診療ワークフローを改善してスタッフの業務負担を軽減した。システム導入の効果について、循環器内科の松浦岳司医長、臨床工学室の北方基一氏、医事課の田中美智代氏に取材した。
市立伊丹病院(414床)は、公立病院として急性期医療、がん診療、地域医療支援を中心に高度医療を提供している。同院は、医療環境の変化に対応し安定した地域医療提供体制を維持するため、2026年度に公立学校共済組合近畿中央病院と統合し新病院を整備する計画が進められている。
循環器内科は、医師8名で、高血圧症、虚血性心疾患、不整脈、心臓弁膜症、心筋症などの疾患に対して、心臓カテーテル治療やペースメーカーなどCIEDの植込み術などの治療を提供している。松浦医長は循環器領域の診療について、「統合後の新病院では循環器内科も統合され、この医療圏では唯一の専門的な治療が行える病院になりますので、循環器疾患への高度な診療が行えるように準備を進めています」と述べる。
不整脈に対するCIED植込み術は年々増加傾向にあり、同院では年間約50件が新規に行われている。CIEDには、ペースメーカーのほか、除細動機能を持つ植込み型除細動器(ICD)や両室ペーシング付き植込み型除細動器(CRT-D)などがあるが、植込み後にデバイスのチェックや全身状態の把握など定期的な患者管理が必要になる。これらのフォローアップは、従来は外来のみで行われることが多かったが、現在は遠隔モニタリングによっても患者の状態を遠隔(病院)から確認できるようになった。遠隔モニタリングでは、デバイスの情報が送信機(コミュニケーター)などを通じて、患者の自宅からデバイスメーカーのデータセンターに送信され、医療者側はWeb上で患者の状態を把握できる。遠隔モニタリングは対面診療と同等の精度があるとして、本邦の『不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)』でも標準診療(ClassⅠ)として推奨されている。松浦医長は、「従来は3か月から半年に1回来院する必要があった患者さんの外来負担の軽減と同時に、致死的なイベントやデバイスの不具合が早期に把握できること、来院していない間の状態を把握した上で外来診療が行えることがメリットです。ただし、緊急通知用のシステムでないことは必ずお伝えしています」と説明する。同院では、通常のペースメーカーの場合、遠隔モニタリング導入患者では1年に1回の対面外来となっている。
遠隔モニタリングでは、CIEDから送信される情報を定期的に取得して管理し、医師によるチェックを行う必要がある。同院では、データの取得、整理、保存は臨床工学技士が担当し、CIED各社のWebページにアクセスして患者情報をPDF形式でダウンロード、日付ごとにフォルダに保存して医師が確認しやすいように準備していた。北方氏は、「当院で導入しているCIEDのメーカーは4社ですが、それぞれのWebサイトにアクセスし、ログイン、PDFのダウンロードを繰り返します。最近はRPAで自動化し一括ダウンロードしていましたが、それでも大変な手間と時間がかかっていました」と説明する。さらに、Webへのアクセスには電子カルテ端末とは別の端末を使うため、ダウンロードしたPDFをUSBメモリに保存、ウィルススキャンを行ってから電子カルテ端末の共有フォルダにコピーという手順が必要になる。
循環器内科の担当医は、フォルダにまとめられたPDFを開いてデータをチェックし、電子カルテにコメントを記載する。遠隔モニタリングの診療報酬点数は、2018年には約5倍に増点されたが、算定には診療録に「計測した機能指標の値及び指導内容の要点」を月一度記載する必要がある。同院では、遠隔モニタリング業務を確実に進めるため、患者ごとに「心臓植込みデバイス遠隔モニタリング記録」用紙(以下、CIED記録用紙)を作成、データ取得やカルテ記載などの進捗状況を記入することで管理していた。松浦医長は、「遠隔モニタリングのチェックには、デバイス外来のCIED記録用紙がファイルされたバインダーを用意して、該当患者を探し出してチェックすることが必要でした。患者数が増えてバインダーが膨れ上がっており、このファイルとPDFと電子カルテ画面を見比べながら行う患者管理には膨大な時間がかかっていました」と説明する。医事課では、CIED記録用紙の記載と電子カルテを突合することで、算定漏れなどのチェックを行っていた。
2022年9月にCardioAgent Pro for CIEDsが導入されたが、導入経緯を松浦医長は、「長期間経過観察するCIED植込み術では外来数が増える一方で、このままでは管理が破綻しかねないことから、新たなシステムの導入を検討しました」と言う。CardioAgent Pro for CIEDsは、キヤノングループが持つクラウド基盤(Medical Image Place:MIP)とCIED各社の遠隔モニタリングサービスを連携し、デバイスのデータを一元的に収集する(図1)。収集したデータは自動で統合され、リストとして一覧表示される(図2)。リストからPDFのアイコンをクリックすることでCIEDのデータが容易に確認でき、患者ごとに経過を追ってデータを参照することも簡単にできる(図3)。参照にはWebブラウザを使用するため、院内の端末には専用アプリなどをインストールする必要がなく管理の負担も小さいのが特長だ。
導入の決め手の一つとなったのが、同院が求める厳しいセキュリティ環境への対応だ。CardioAgent Pro for CIEDsでは、国内限定のデータセンターを利用し、IPsec-VPN方式での暗号化、3省2ガイドラインへの準拠などセキュアなデータ運用の環境を構築している。しかし、今回の導入では、医療機関でのランサムウェアによる被害が拡大している状況もあり、病院事業管理者をはじめ管理部門から、さらに厳重な対策が求められた。北方氏は、「VPNであっても回線の常時接続は不可、必要な時のみ接続することというのが要件でした。これが可能かどうかが導入の焦点になりました」と言う。これに対してキヤノンメディカルシステムズは、VPNルータの電源をタイマーによって物理的にON・OFFする仕組みを提案。CardioAgent Pro for CIEDsは、MIP上のデータを取得する時だけVPNを接続し、データは院内ネットワーク側のゲートウェイ端末に保存、取得後は接続を物理的にシャットダウンするようにした。北方氏は、「外部との接続は必要最小限にとどめてデータを取得・保存することで、セキュリティの問題をクリアしつつ、院内からはいつでもデータを利用できる環境が構築できました」と評価する。
CardioAgent Pro for CIEDsの稼働後、それまで1日がかりだった臨床工学技士によるデータ取得の作業は、ほぼゼロになった。北方氏は、「遠隔モニタリングのレポートチェックでは、ログイン、ダウンロード、USBへのコピー、ウイルスチェック、電子カルテ端末へのコピー、CIED記録用紙への記入が必要だった作業は、CardioAgent Pro for CIEDsをチェックするだけで一瞬で終わります。ダウンロード漏れやファイル操作のミスなどのヒューマンエラーがなくなっただけでなく、時間に余裕ができたことでレポート内容の詳細なチェックが可能になるなど、本来の業務に専念できるようになりました」と評価する。医師の診療面では、ブラウザでデータを参照できるため、院内の電子カルテ端末でどこからでもアクセスできるようになった。また、PDFの電子カルテへのコピー、電子カルテの患者画面から当該患者のCardioAgent Pro for CIEDsへの移動などシステム間の連携も強化された。松浦医長は、「アクセスの容易さや、稼働後にもCardioAgent Pro for CIEDsに記載したコメントをPDFに追記できる機能が追加されるなど、遠隔モニタリングの診察の手間は大きく削減されました。診療のしやすさから、患者さんにも大きなメリットがあると思います」と述べる。
医事の請求業務でも、CardioAgent Pro for CIEDsの患者データ管理画面(図3)に対面診療の状況や診療録への記載状況を時系列で表示する欄があり、ここをチェックするだけで終了できるようになった。田中氏は、「遠隔モニタリングの請求は、外来受診時に行われるため会計の精算時の短い時間で対応する必要がありましたが、紙と画面を見比べて突合する必要がなくなり、時間の短縮にもつながっています」とワークフローの変化を評価する。
CardioAgent Pro for CIEDsの導入で、遠隔モニタリングに関するワークフローが大きく改善した同院だが、北方氏は、「今後、デバイスの種類も増えていく中で、より管理しやすいシステムに進化していくことを期待しています」と述べる。キヤノンメディカルシステムズは、循環器領域データ管理ソリューションとして「CardioAgent Pro」を展開しており、これまでに350施設以上での稼働実績を持つ。循環器のデータ管理の実績をベースにして、今後のさらなる飛躍が期待される。
(2023年3月10日取材)
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