名古屋大学医学部附属病院(病床数1080床)では、2019年11月からキヤノンメディカルシステムズの3T MRI「Vantage Centurian」を導入し、100mT/mの最大傾斜磁場強度(Gmax)やディープラーニングを用いて設計したノイズ除去再構成技術“Advanced intelligent Clear-IQ Engine(AiCE)”などを利用した中枢神経系の画像診断に取り組んでいる。その現況と今後の展開について、名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻高次医用科学講座量子医学分野担当の長縄慎二教授と同革新的生体可視化技術開発産学協同研究講座の田岡俊昭特任教授に取材した。
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同院の放射線診療は、年間でCT 5万3000件、MRI2万件、核医学5000件、放射線治療1000人、血管造影・IVR3000件など、全国の大学病院の中でもトップ3に入る検査・治療数を誇る。放射線科の医師は研修医を含めて36名、診療放射線技師は75名が在籍する。
画像診断機器も充実しており、中でもMRIは診療用として3T装置4台、1.5T装置2台の計6台が稼働し、ほかに放射線治療計画用として3T装置1台、術中MR用の永久磁石タイプ1台、脳とこころのセンターに研究用の3T装置が1台と、計9台のMRIが稼働している。診療用の6台のMRIの運用について長縄教授は、「大学病院の診療の特徴から、臨床研究や経過観察が多いという事情もあり、一つの疾患について継続的な観察が必要な場合には同じ装置で撮るようにしています。基本的には検査枠はオープンで、診療科が予約できるようになっています。それだけに検査予約の待ち時間が長くなっているのが悩みです」と述べる。
Vantage Centurianは、傾斜磁場性能を強化しGmax100mT/mの傾斜磁場強度、パラレルイメージング(PI)法と圧縮センシング(compressed sensing:CS)法を組み合わせた高速撮像法“Compressed SPEEDER”に加え、ディープラーニングによるノイズ除去再構成技術(DLR)である“AiCE”を搭載したハイエンド3T MRI装置である。1.5T装置の更新として機種選定を行ったが、長縄教授はVantage Centurianについて、「現場からの要望として非造影検査のニーズが高かったことに加え、当院に既設の3T装置よりも高い傾斜磁場性能とディープラーニングによるデノイズ技術であるAiCEの搭載を評価しました。高い傾斜磁場強度を生かすことのできるハードとしての基本性能が向上していると感じました。また、国産メーカーであり、臨床や研究の中で必要なシーケンスの追加や変更などに柔軟かつ迅速に対応いただけるのではと期待しています」と言う。
同院でのVantage Centurianでの主な臨床応用について紹介する。
1.内リンパ水腫に対するiHYDROPS画像(図1)
長縄教授は、メニエール病などの原因となる内リンパ水腫のMRIによる描出に取り組み、大きな成果を挙げてきた。独自開発のiHYDROPS法は、3D-FLAIRでTIの値を変えて撮像した画像を差分することで、拡張した内リンパをより明瞭に描出する。Vantage Centurianでは、各TIの3D-FLAIR画像にAiCEを適用し、ノイズ低減とコントラストノイズ比の向上を実現した。長縄教授はiHYDROPSについて、「Vantage Centurianでは、ノイズ低減効果によって静脈内投与による通常の造影剤量で、コントラストが高くより画質の高い画像が安定して得られます。これによって三次元処理の画質も向上し、臨床医が必要な情報を1枚の画像で提供することができます」と述べる。
2.AiCEの有用性
AiCEの適用について田岡特任教授は、「1.5Tから3Tになった時にパワーを得たのと同様に、AiCEのデノイズで得たアドバンテージを時間分解能に生かすか、空間分解能に振るのか、ユーザーの撮像の自由度が上がったと感じています」と語る。脳血管のMRAにAiCEを適用することで、視床などの穿通枝のバリエーションを診断することも可能になった。また、下垂体の微小腺腫のダイナミックスタディでは、従来はスライス厚を4mm程度に設定しないと、SNRが低下して十分な解像度を得られなかったが、Vantage Centurianでは、AiCEの適用で2mmスライスでもSNRの高い画像が得られている。田岡特任教授は、「時間分解能に加えて、2mmスライスで確認することで下垂体内の微小腺腫をしっかりと診断できます。AiCEではノイズ成分のみが低減されるので、病変の信号低下を気にせず撮像時間やスライス厚など診断に最適な条件を選択できます」と述べる。
中脳黒質緻密部のnigrosome(図2)は、ドーパミン含有細胞が密に分布する領域で、パーキンソン病などの診断に有用な構造であるが、健常成人ではT2*強調画像でツバメの尾のように描出される(swallow tail sign、↑)。T2*強調画像では、一般に短いTE(エコー時間)ではSNRは向上するがコントラストが下がる(図2 b、c)。また、TEを長くすると黒質の鉄沈着と周辺組織のコントラストは上がるが、SNRが悪くなる(図2 d、e)。これに対して、収集した複数エコーを加算するマルチエコーT2*強調画像のmerge画像を用いることでnigrosomeを明瞭に描出できる(図2 a)。さらに、Vantage CenturianではAiCEの適用でnigrosome
の描出が容易になった(図2 f〜j)。田岡特任教授は、「nigrosomeの描出は難しく、臨床ではハードルが高いのですが、Vantage Centurianではルーチン検査としてパーキンソン病の診断に利用できています」と評価する。
3.高グラディエントの有用性
Vantage Centurianでは、100mT/mの高い傾斜磁場強度を生かして、拡散強調画像でも短いTEでの撮像が可能になる。これによってSNRの高い画像が取得でき、脳梗塞や類上皮腫などの病変が描出できる。同院では、Oscillating Gradient Spin Echo(OGSE、W.I.P.)法を用いてさらに拡散時間を短縮して組織性状をより微細に観察することを可能にした。
■Vantage Centurianによる臨床画像
長縄教授らは、Glymphatic SystemのMRIによる画像化に取り組んでいる。Glymphatic Systemは、脳組織における老廃物の排出の仕組みであり、その働きがアルツハイマー病や緑内障、メニエール病などの神経変性疾患に関与していると言われ注目を集めている。同大学では、拡散テンソル画像から水分子の動きを評価するdiffusion tensor image analysis along the perivascular space(DTI-ALPS)や、経静脈的に投与したガドリニウム造影剤の脳脊髄液腔への漏出を追跡する方法などで評価を行っている。田岡特任教授は、「本研究においてもAiCEを適用することで、解像度の向上と撮像時間の短縮を実現できないか検討しています」と述べる。長縄教授は、「Glymphatic Systemのヒトでの解明には時間的、空間的な描出能と侵襲性を考慮すると、MRIが最も有望だと考えています。さらに空間分解能を上げるためにも、ハードウエアはもちろん、パルスシーケンスやDLRを含めた再構成系の改良を続けて、さらに進歩してほしいと期待しています」と述べる。
MRIにおいても、深層学習など人工知能の応用が進んでいるが、長縄教授は、「人工知能(AI)はブラックボックスですので、ノイズが少ない安定したデータをインプットすることが重要です。その意味でもMRIには、さらなる精度の向上と定量化ツールとしての成熟を期待しています」と述べる。さらに、キヤノンメディカルシステムズへの期待として、「医療機器産業は平和のための産業の最たるものです。国内のトップメーカーとして大学などと協働して科学技術を生かしながら、最先端技術から発展途上国を支援する装置まで、日本として世界に誇れるような製品を提供する企業であってほしいと願っています」(長縄教授)と述べる。
最先端のMRIやAI技術の向上が、中枢神経系の構造や機能の解明の革新的な取り組みを支えていく。
(2020年10月20日取材)
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