2021-3-1
日本小児科学会医療安全委員会の委員長(当時)として
共同提言を取りまとめた阪井裕一教授。
右がMRI対応生体情報モニターDENALI6168μ。
2013年に発表された日本小児科学会・日本小児麻酔学会・日本小児放射線学会の3学会による「MRI検査時の鎮静に関する共同提言(以下,共同提言)」1)は,鎮静のリスクと安全な検査のための基準を提言し,小児の鎮静に対する認識を新たにした。2020年に発表されたこの共同提言の改訂版では,MRI検査中の気道閉塞や低換気,呼吸停止などの異常をいち早く検知する方法として,患者の呼気中のCO2を計測するカプノメータの重要性が強調されている。国産初のMRI対応の呼気終末二酸化炭素分圧(ETCO2)測定機能付の生体情報モニター「DENALI6168μ」(ユビックス)の有用性について,日本小児科学会医療安全委員会の委員長(当時)として共同提言を取りまとめた埼玉医科大学総合医療センター小児科の阪井裕一教授に取材した。
小児MRI検査の安全な鎮静のための基準を示す共同提言を作成
小児のMRI検査では,検査時に発生する騒音の中で一定の時間,体動を抑制しなければならないので,薬剤を用いた鎮静が行われることが多い。鎮静は経口薬や静脈薬,座薬を用い,医療者の監視の下に行われる。そのほとんどは安全に終了するが,時に鎮静による合併症や事故が発生することがある。阪井教授は,医療安全や医療訴訟問題の解決などに携わる中で,MRI検査の鎮静で大きな過失がなくても重大な障害に至った事例を見聞きしたことが共同提言作成につながったと言う2)。
「小児のMRI検査に伴う鎮静は,日常診療の中で行われており,そのほとんどは何も起こらずにすみます。しかし,過剰投与などの過失がなくても,気道閉塞や呼吸中枢の抑制から呼吸停止,さらに心停止になり,鎮静の医療事故の犠牲者になってしまった患者さんや家族,医療者を見聞きしてきました。共同提言は,小児のMRI検査で少なからず行われている鎮静について,そこにリスクがあることを訴え,安全な鎮静を行うための基準を提示することが目的でした」
小児の鎮静については,海外では安全に行うためのガイドラインが早くから作成されてきた。特にアメリカでは小児科学会が1990年代にガイドラインを作成し,それに基づいたPediatric Advanced Life Support(PALS)と呼ばれる小児科研修医,看護師向けのプログラムで鎮静についての教育が行われている。日本では担当医師の裁量の下に行われていたが,医療安全の観点からも何らかの指針が求められていた。その中で,2010年に日本小児科学会医療安全委員会が行った「MRI検査を行う小児患者の鎮静管理に関する実態調査」では,小児科専門医研修施設(416施設)の35%で鎮静の合併症を経験し,呼吸停止(73施設),心停止(3施設)など重篤な合併症も起きていることが明らかになった3)。この実態調査や学会のシンポジウムなどでのディスカッションを経て,2013年5月に日本小児科学会・日本小児麻酔学会・日本小児放射線学会の共同提言が発表された。共同提言では,安全な鎮静のために留意すべき項目として,MRI検査の適応とリスクに関する説明と同意,患者の評価,緊急時のためのバックアップ体制,鎮静前の経口摂取の制限,患者の監視,検査終了後のケアと覚醒の確認の6項目について具体的に記載し,達成に向けた目標として,(A)必ずしなければならない,(B)強く推奨する,(C)望ましいの3段階で提示した。阪井教授は,「体制が整わない施設ではMRI検査ができなくなって困る,使うべき鎮静薬の名称や使い方の記述がなく診療には役に立たない,といった意見もありましたが,MRI検査にかかわる鎮静にはリスクがあること,その上でまずは安全な検査のための体制や考え方が必要であるという提言には一定の効果があったと思います」と述べる。
鎮静のリスクとMRI環境を前提とした患者監視体制の必要性
共同提言の前文では,“鎮静は自然睡眠とまったく異なる”“鎮静の深さは「一連のもの」である”“どの鎮静薬も危険である”“パルスオキシメータは酸素化のモニターであって,換気のモニターではない”ことが強調されている。阪井教授は,「鎮静のリスクの一端は,鎮静された子どもは一見自然に眠っているように見えるとか,鎮静は麻酔とは違うもう少し軽いものだという思い込みがあることです。共同提言では具体的な薬剤や使い方を盛り込みませんでしたが,鎮静の深さが“一連のもの”である以上,どの鎮静薬も危険であり,リスクがあることを前提に考え方や体制を構築すべきと考えたからです。静脈麻酔薬よりも安全ではないか,と思われている経口投与の鎮静薬でも死亡事故は起きているのです」と説明する。
鎮静のリスクと同時に,MRI検査では,ガントリの狭い検査空間にいる患児を十分に監視ができない,磁場環境に対応した医療機器が少ない,またはあっても高価なため,十分な監視のための装置をそろえられない,検査中に何か起こっても検査室内での対応が難しいなど,さまざまな危険因子が存在する。さらに,日本はMRIの稼働台数が多く専門医療の集約化が進んでいないことから,小児患者の鎮静に慣れた医師,看護師が少なく,十分な監視体制がない環境下でも鎮静が行われているのが現状だ。阪井教授は,「小児の患者に対する鎮静は,検査や処置といったさまざまな場面で行われますが,中でもMRI検査は特別な環境で,制約が多い中で行わざるを得ない特殊な検査と言えます。まして検査を受ける患児は何らかの異常が疑われているわけで,さらに注意が必要です。鎮静下のMRI検査のリスクが大きくなるのは,騒音の中で一定時間の体動抑制が必要ということで深い鎮静が必要であること,そのためさらに深い“鎮静”になりかねないこと,しかし特殊な環境のため患者の状態を確実に把握する方法が限られていること,といった要因が大きいでしょう」と言う。
2013年初版の共同提言の“患者の監視”の項目の中では,担当医師や看護師などの体制を整えた上で,生体情報モニターについては“MRIに対応したパルスオキシメータは必ず準備(A)”し,“換気の状態を監視するため,(中略)MRI対応の呼気終末二酸化炭素モニター(カプノメータ)の準備が望ましい(C)”として,検査中の酸素化と換気の持続的な監視を求めている。阪井教授は,「気道の状態や胸郭の動きを目視しづらいMRI検査では,生体情報モニターによる監視が有用です。とりわけ換気の指標となるETCO2を計測できるカプノメータが必要だと考えましたが,当時は日本で入手できるMRI対応のカプノメータがほとんどなかったため,“望ましい”にとどめました」と語る。
2020年の共同提言の改訂でカプノメータの推奨度を引き上げ
2020年2月に共同提言の改訂版が公開された。2013年の初版から7年ぶりの改訂となるが,日本の医療現場の変化を取り入れながら,時代に合った提言の見直しを行ったと緒言で述べられている。改訂では,推奨度の見直しや新規項目として“薬に頼らない鎮静”などが追加されたが,中でも患者の監視については,初版から“換気を監視するためMRI対応のカプノメータを準備する”の推奨度が(C)から(B)へ引き上げられたほか,新たに“少なくともMRI装置の更新時には2方向以上のモニターカメラとMRI対応のカプノメータを含む多機能モニターを設置のうえ,呼吸状態を監視する(A)”が追加されるなど,換気を監視するためMRI対応のカプノメータを準備することの推奨度が引き上げられた。
阪井教授は,「共同提言の発表後,各メーカーからMRI対応の生体情報モニターが発売されるなど,提言の内容を受けてより安全な検査のための製品ラインアップが増えました。カプノメータについても機種が増えたので,今後の普及への期待も込めて推奨度を上げたのです」と述べる。
共同提言では,「“望ましい”という表現は概ね5年程度以内には達成したい」とされたが,実際に改訂に当たって2017年に実施されたアンケート調査(小児科専門医研修施設の515施設中341施設から回答)では,2010年の実態調査に比べて,鎮静下MRIについて入院による検査が増加し(17%→39%),監視方法についてもパルスオキシメータおよびカプノメータの使用が増加する(それぞれ74%→84%,1%→7%)など,共同提言発表後に検査体制の変化が見られている4)。
鎮静のモニターとしてカプノメータが必要な理由
カプノメータは,ETCO2を非侵襲的に持続的に測定できるモニターで,ETCO2の数値と呼吸ガス内のCO2の変化を曲線で表したカプノグラムなどで表示する。これによって呼吸の異常や容態の変化をいち早くとらえることができる。
鎮静の合併症には,気道閉塞,呼吸抑制,高炭酸ガス血症,低酸素血症,呼吸停止など呼吸に関連するものが多く,徐脈,心停止も呼吸不全によるものと考えられる。2017年のアンケート調査では,341施設中,合併症は低酸素血症75施設(22%),呼吸停止22施設(7%),徐脈8施設(2%),心停止2施設(0.6%)などとなっていた4)。阪井教授は鎮静薬による合併症について,「自然睡眠で気道が閉塞したり呼吸が止まることはありませんが,薬剤での鎮静では気道を保持する筋力の低下で気道閉塞が起き得ますし,呼吸中枢が鈍ることで呼吸抑制も起き得ます。手術の麻酔では,麻酔科医が気道・呼吸を管理しながら麻酔をかけますが,検査の鎮静でも深くなると同様のことが必要になるのです。特に小児では,気道が狭く,分泌物が多く,扁桃も大きいので気道閉塞が起こりやすく,鎮静下では呼吸応答も悪くなって,換気,酸素化の障害が起こりやすくなります。その時に,酸素化も重要な指標ですが,ETCO2の方が気道・呼吸中枢・肺血流を含めた呼吸の状態を酸素化よりも速く正確に反映します」と述べる。
酸素化は血液中に酸素が取り込まれている状態を示し,パルスオキシメータは動脈血中の酸素飽和度(SpO2)を計測する。一方,換気は血液中のCO2を肺胞に放出して,それを呼吸によって体外に放出することだ。呼吸抑制や呼吸停止の兆候をいち早く検知できるのがカプノメータである。
さらに,小児では呼吸停止が発生してから低酸素血症となるまでの時間が成人と比較して短いという報告5)や,MRI検査鎮静中に低酸素血症が発生した際,パルスオキシメータに異常が検知される前に,カプノメータでの異常に気づかれたケースが70%あり,カプノメータの方が平均4.4分も早かったとの報告6),7)もあり,カプノメータの重要性が指摘されている。阪井教授は,「SpO2で注意しなければならないのは,酸素が投与されている場合です。酸素が投与されていると,換気が障害されても極端な低換気になるまでは比較的高いSpO2が維持されてしまい,低換気状態を反映しないのです。その点でカプノメータは反応が速く,換気の状態をリアルタイムに迅速に把握することができます。一番良い監視の方法は,患者さんをよく観察して聴診器で呼吸音,心音を聞き,脈を触ることですが,それができない状況でモニターを一つ選べと言われたらカプノメータを選択しますね」と述べる。
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MRIに対応した国産初の生体情報モニター「DENALI6168μ」
MRI室での生体情報モニターの設置が進まなかった理由に,MRIに対応した製品が少なく海外製が中心で高価だったことがある。ユビックスのDENALI6168μは,国産メーカーとして初めて高磁場に対応し,ETCO2の測定が可能なMRI対応生体情報モニターである。DENALI6168μは,3.0T装置まで対応,9インチワイドLCDを採用しSpO2,Pulse,NIBP(非観血血圧)を計測可能で,日本光電工業が開発したCO2センサモジュール「TG-MR9T」を組み合わせることでETCO2の計測もできる。国産メーカー同士の提携によって,換気と酸素化を計測できるモニターが安価に提供可能になった。
ユビックスは2004年設立の医療機器の専門メーカーで,パルスオキシメータや非接触放射体温計などの開発・販売を手掛けてきた。DENALI6168μは,測定項目の一覧性と視認性の高さ,タッチパネル方式を採用し直感的に操作できることが特長だ。磁気センサを搭載し,ガントリに近づき過ぎるとアラーム(150ガウスで黄色,250ガウスで赤のLEDが点灯)で通知されるようになっている(本体はガントリから2m離して使用することを推奨)。また,DENALI6168μでは潅流インジケータを搭載し,患者の血流状態を一目で把握することができる。
DENALI6168μでは,専用のアプリケーションをインストールしたWindows PCにデータをBluetoothで伝送する機能を搭載しているのも特長だ。リアルタイムに操作室のPCでデータを共有しながら患者のモニタリングができる。本体には測定記録機能として画面上で5分間の測定データの再生ができるほか,USBメモリにデータを記録することも可能となっている。阪井教授は,「表示が大きくクリアで視認性も高いです。画面の大きさがもう少しほしいですが,その分ノートPCにデータを飛ばして操作室で確認できる機能があるのは助かりますね」と評価する。
ETCO2を計測するTG-MR9Tは,MRIの磁場環境下で使用可能なセンサモジュールで,ガントリ内に配置して利用できる。DENALI 6168μとはBluetoothで通信し,MR画像ノイズや信号ノイズの発生を抑え,磁場の影響を受けにくい設計になっている。TG-MR9Tは,呼吸ガスを鼻下や口元で計測するメインストリーム方式を採用する。MRI対応のメインストリーム方式では世界初の製品で,長いチューブを使い,患者の呼気ガスを装置にサンプリングして計測するサイドストリーム方式に比べて呼吸検出性能が高く,長時間の測定にも対応できる。日本光電工業の「cap-ONEネイザルアダプタ」は,小型・軽量で成人から小児まで対応できる。阪井教授はDENALI6168μによる呼吸管理について,「呼吸に対する反応が速く,ほぼリアルタイムで数値が反映されます。TG-MR9Tのcap-ONEネイザルアダプタは,従来に比べて小さくて軽いので,小児の患者さんにも使いやすくなっています。モニターとの接続もワイヤレスでコードがないので,取り回しがしやすいのが利点です」と述べる。
TG-MR9Tは,ゼロ校正不要でBluetoothのペアリングも必要ないため,電源オンだけで自動で本体(DENALI6168μ)に接続し,すぐに測定開始できる。また,バッテリーは5分の充電で5時間の連続稼働が可能だ。
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小児鎮静下MRI撮影加算など安全の評価の進展に期待
埼玉医科大学総合医療センターの小児科には,一般小児科病棟(36床),NICU(51床),PICU(16床)があり,MRI検査は脳神経領域を中心に週2,3件前後行われている。そのうち7〜8割が鎮静が必要な検査になっている。MRIは外来棟の地下に3.0T装置と1.5T装置がそれぞれ2台,計4台が稼働している。小児MRIの鎮静は,経口薬や静脈注射で行われ,検査の際には検査室内に放射線科の看護師が付き添い,小児科の担当医が立ち会って行われている。DENALI 6168μを使った鎮静下MRI検査は主に5歳以下で使用されている。今後,新生児での使用についても検討を進めていく予定だという。
2018年の診療報酬改定で,一定の施設基準に適合した場合に所定の点数に100分の80に相当する点数を加算する“小児鎮静下MRI撮影加算”が認められた。施設基準では,「関係学会から示されているMRI撮影時の鎮静に関する指針に基づき」適切に実施していることとされ,この指針は共同提言を指す。阪井教授は,「診療報酬での評価を含めて,医療安全を重視する方向に向かっていることは間違いありません。病院機能評価でも鎮静の安全性が議論されるようになってきました。どの薬を使うかよりも,事故を起こさないための措置や,緊急時のバックアップ体制がようやく重視されるようになってきているのでしょう」と評価する。一方で阪井教授は,これからの課題として日本の医療体制の問題点について次のように述べる。
「共同提言の後書きで日本のMRI普及台数が世界で突出していることに触れましたが,同じ発想が今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミック時にも見受けられました。人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)が不足したら大変だ,増産しよう,という掛け声です。人工呼吸器やECMOがあるだけでは,呼吸不全の患者を救えません。同時に,これらの機器を使いこなせる人材を育て,安全を担保するシステムを構築してこそ,人工呼吸器やECMOを使えるのです。装置が普及していて,いつでも検査が受けられることは患者さんにとって福音ですが,特に鎮静を必要とするような小児の検査では,同時に医療体制を整えることが重要です。人手と技術が必要な検査や治療は集約しないと,その良さを生かすことはできないと思います。今回の新型コロナウイルス感染症の診療でも,人工呼吸器やECMOを使う重症者の診療は同じことです。今一度,原点に返ってあるべき姿を考え直すべき時だと言えますね」
安全で安心なMRI検査を実施するために,生体情報モニターを含めた検査環境のさらなる充実と進歩が期待される。
(2021年1月7日取材)
●参考文献
1) 日本小児科学会, 日本小児麻酔学会, 日本小児放射線学会 : MRI検査時の鎮静に関する共同提言(2020年2月23日改訂版). 日本小児科学会雑誌,124(4): 771-805, 2020.
2) 阪井裕一 : 「MRI検査時の鎮静に関する共同提言」ができるまで. 小児科診療, 83(12):1689-1693, 2020.
3) 勝盛 宏, 阪井裕一, 草川 功, 他 : MRI検査を行う小児患者の鎮静管理に関する実態調査. 日本小児科学会雑誌, 117(7), 1167-1171, 2013.
4) 山中 岳, 勝盛 宏, 草川 功, 他 : 小児科専門医研修施設におけるMRI検査時の鎮静の現状. 日本小児科学会雑誌, 121(11): 1920-1929, 2017.
5) Hardman, J. G., Wills, J. S. : The development of hypoxaemia during apnoea in children : A computational modelling investigation. British Journal of Anaesthesia, 97(4): 564–570, 2006.
6) 堀本 洋 : こどもの検査と処理の鎮静・鎮痛. 中外医学社, 東京, 2013.
7) Kannikeswaran, N., Chen, X., Sethuraman, U. : Utility of endtidal carbon dioxide monitoring in detection of hypoxia during sedation for brain magnetic resonance imaging in children with developmental disabilities. Paediatr. Anaesth, 21(12) : 1241-1246, 2011.
埼玉医科大学総合医療センター
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