2013-3-1
東大病院に置かれたPHOENIXの評価機
2012年11月末に開催されたRSNA 2012で,AZE社からボリュームレジストレーションビューア「VirtualPlace PHOENIX(以下,PHOENIX)」が発表され,注目を集めた。モダリティや技術の進歩により,増え続ける放射線科医の読影負担を軽減することを目的に開発されたPHOENIXは,東京大学医学部附属病院との共同研究・開発によって誕生した。「より速く,より正確に,より多機能に」という読影現場の切実な声に応えて,ストレスなく,快適に読影するための機能が実装された。PHOENIXが開発されるに至った背景や製品化までの経緯,実際の機能について,東京大学医学部附属病院放射線科の大友 邦教授,赤羽正章准教授,三木聡一郎医師にお話をうかがった。
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■高度医療を支える放射線科の現状と課題
150年を超える歴史を持つ東京大学医学部附属病院は,高度急性期医療,先進医療・高度医療などを提供するとともに,医療人の育成に努め,わが国の医学・医療の発展をリードしてきた。37の診療科を擁し,病床数1216床,外来患者数1日平均3078人,入院患者数1日平均1049人を数える(患者数は2011年度実績)。
放射線科は,放射線診断部門,放射線治療部門,核医学部門に大別され,各診療科と連携を取りながら,各種画像検査・診断やIVR,放射線治療,緩和医療などを行っている。CT装置5台,MRI装置7台をはじめ,多くのモダリティを有し,年間の検査件数は,CTが4万5779件,MRIが1万3814件に上る(2011年度実績)。
画像診断領域においては,診断装置の性能や技術の進歩は目覚ましく,データ量が激増するとともに,撮影時間,画像処理時間が短縮することで検査件数も増加し,放射線科の負担は増え続けている。同院放射線科も,その検査件数の多さから,適切で精度の高い検査・読影のためにも,業務効率の向上は喫緊の課題となっている。
■検査内容の多様化がビューアに求めるもの
同院での画像処理から読影のフローは,次のとおりである。PACSに送られた撮影データを,読影室にて放射線科医が呼び出してルーチンの読影をするとともに,CTやMRI画像については,必要に応じて放射線部のイメージラボにて医用画像ワークステーション(以下,WS)を用いた三次元画像処理が行われる。作成した三次元画像はPACSへ転送され,放射線科医は必要に応じて,PACSから三次元画像を呼び出して参照している。
近年の読影業務の負担増加には,単なる量的増加だけでなく,検査内容の多様化が大きく影響していると,放射線科の赤羽正章准教授は指摘する。
「現在は,1シリーズをページングするだけではなく,造影画像や三次元画像,異なる性質の複数のシリーズの画像などを読影しますし,MRIでは,CT以上に多くの撮像法があり,多彩なコントラストの画像が作成されます。また,過去画像との比較では,異なるメーカーの画像や,マルチモダリティ画像を比較する状況も生じます。読影業務の負担増加には,単純にDICOM画像を表示するだけのビューアでは役に立たなくなってきていることが根本的な問題としてあります」
赤羽准教授は,特に比較読影においては,ビューアのサポートがなければ現状の読影件数の処理は不可能だと話す。現在,各社から製品化されているビューアでは,1画面に表示されるコマ数は4〜6が実質的に限界であり,それ以上の画像を参照する場合は頭の中で処理をしなければならず,効率性や精度の点からは良好な読影環境とは言えない。
同院では長年,ビューアを採用している複数のメーカーに,読影効率の改善を求め続けてきたが,メーカーによっては放射線科医の要望に十分応えているとは言えないのが現状だ。
■たゆまぬ努力を積み重ね開発されたPHOENIX
同院とAZE社はこれまで,画像処理などを中心にビューア開発についても意見を交わしてきた。そして,2011年12月,AZE社から新しいソフトウェアを評価してほしいとの依頼があり,放射線科の三木聡一郎医師らが担当した。
「レジストレーション機能を実装したPHOENIXの原型となるソフトウェアは,精度が高いながらも位置合わせに時間がかかり,臨床使用には多くの改良が必要な状態でした。しかし,普段読影に使っているビューアのインターフェイスがツールボタンで埋まっているのに対し,すっきりしたGUIデザインで,このままの方向で開発が進めば,使いやすくなりそうな印象がありました」と,三木医師は当時を振り返る。
継続して意見交換を続けた後,正式に共同研究・開発を行うことになり,2012年8月にPHOENIXの評価機を同院の読影室に設置。週1回のペースでAZE社の開発担当者が訪問して,三木医師が読影を行いながら問題点を洗い出し,それを1つ1つ改善していくという地道な作業が始まった。多くのビューアの使用経験を持つ三木医師の的確な指摘や要望により,現場のニーズを反映させる取り組みが続いた。
AZE社は開発拠点を米国にも持っており,PHOENIXの開発においては,マサチューセッツ工科大学の敷地内にある技術開発センター「AZE Research & Development(R&Dセンター)」が主要な役割を果たした。また,ハーバード大学医学部ブリガムアンドウィメンズ病院の波多伸彦准教授の協力も得て,さらに開発が加速した。
開発はスムーズに進み,評価機設置から4か月足らずで製品化が実現。2012年11月に,PHOENIXが正式にリリースされた。
■読影医の要望を反映したシンプルで高性能な機能
数多くの読影を毎日こなすためには,ビューアの性能はきわめて重要である。画像の呼び出しや表示,シリーズの並べ替え,比較するスライスの位置合わせ,表示サイズの調整など,読影準備に時間がかかることは,放射線科医に大きなストレスをもたらす。
PHOENIXの開発においては,日常臨床での使いやすさを追究している。三木医師は,「私自身が読影で感じていた煩わしさを解消するために,基本性能の向上にフォーカスしてきました。その結果,目的画像の呼び出しや位置合わせが瞬時に可能となり,気持ち良く読影できるビューアになったと思います」と,開発の手応えを語った。
“ボリュームレジストレーションビューア”という名称のとおり,ボリュームレジストレーション機能が,PHOENIXの特長の1つとなる。これは,比較する画像の断面位置合わせを瞬時に行う機能で,表示された画像上でのワンステップの操作で,関心断面の位置合わせが行われた画像が表示される。高速エンジンにより,画像を表示するまでのわずかな時間で,比較する過去画像のボリュームデータを作成して,関心断面を切り出すため,撮像条件や被検者の体位が違ったり,マルチモダリティ画像であっても,高精度で位置合わせを行うことができる。
このほかにも,読影効率向上のためのさまざまな機能が,PHOENIXには実装されている。
1.スマートタグ機能
三木医師の着想から生まれた“スマートタグ機能”は,設定した条件ごとに色や形の異なるタグを各シリーズに表示することで,一目で目的の画像を見つけることができ,また,設定条件ごとでの呼び出しを容易に行うことが可能となる。条件設定は任意で,モダリティ別,スライス厚,画像の種類,他院での撮像画像などを簡単に登録でき,検査リスト内では,個々の検査を展開しなくてもタグは常に表示されるため,画像を表示させなくても目的の画像を見つけることができる。また,読影ではほとんど使わないローカライザーやスカウト画像などにタグを付けて,一時的に非表示にすることもできる。赤羽准教授は,「スマートタグにより,特に操作に習熟しなくても効率を上げることができます。非常に画期的な機能と言えるでしょう」と高く評価している
2.RECIST計測機能
現在,固形がんの治療効果判定には,2010年に改訂された「RECISTガイドライン」が広く用いられている。RECISTは,腫瘍径を計測し,その増大・縮小で治療効果を評価するもので,PHOENIXには,読影支援のためにRECISTに準拠した計測機能が実装された。
この機能を要望した赤羽准教授は,「RECISTに限らず,疾患によって適した評価方法があり,ビューアやWSに搭載された機能を使って評価することは必然の流れだと思います」と,これからの読影の方向性を示す。
3.シームレスなSliding MIP機能
Sliding MIP法は,断面方向をインタラクティブに調節しながら薄いスラブでのMIP画像で読影を行う手法であり,冠動脈などの複雑な立体構造を持つ臓器の観察に非常に有用である。AZE社の既存のWSでは,Sliding MIP法による読影に専用アプリケーションを利用していたが,PHOENIXでは通常の読影画面内でシームレスに利用できる工夫が施されている。PHOENIXでは,読影で迷子にならないための回転中心固定の仕組みや,マウス操作のみでの断面調整機能が搭載されており,日常臨床での使いやすさを追究している。
4.スマートレイアウト機能
ビューアウインドウは4または6分割のレイアウトが一般的で,さらに複数の画像を比較したい場合は,これまでは,“画面分割数”といったボタンをクリックし,分割数を選び,増えた枠にサムネイルから画像を開く,といういくつものステップが必要だった。PHOENIXでは,この一連のステップを省略し,必要な画像をサムネイルから置きたい場所(画像間の枠の上など)にドラッグ&ドロップするだけで表示できるようにした。コマ数は必要に応じて容易に増減でき,読影作業負担を軽減する。今回の画像と過去画像は異なる枠の色で表示するといった工夫もあり,コマ数を増やしても画像がわからなくなるということはない。
5.スマートフュージョン機能とカラーマッピング機能
ボリュームレジストレーション機能により,関心スライス同士の重ね合わせも高精度かつ簡単に行うことができる。読影では頻繁に行われる,病変の拡大・縮小といった経時的変化の確認が容易となる。また,異なるモダリティ画像の重ね合わせも可能で,関心領域の差異を一目で識別でき,さらに関心領域以外の骨転移などの病変も発見しやすい。
また,フュージョン画像は重ね合わせのブレンド率の変更や,重ね合わせた画像の変化の程度を色で表すカラーマッピングも可能となっている。多様な方法で観察できる機能を搭載することで,読影精度の向上に貢献する。
■カスタマイズも可能なマウスによる高い操作性
現場のニーズをていねいに反映した機能により,PHOENIXは,読影時間の短縮,作業の簡略化,読影精度の向上を可能にした。これらの機能をストレスなく活用するために,操作性や運用の面でも工夫がなされている。
読影では,ツールの切り替えを最小限にし,作業の省力化を追究した。移動,拡大・縮小,ウインドウ幅の調整,スクロールといった基本操作は,マウスのみで行うことができる。基本の操作設定はあるが,他の機能を割り当てることも可能で,マウス操作だけでSliding MIPモードに移ることもできる。三木医師は,「読影で行う作業は何十種類もあるわけではないので,最もよく使う機能をマウスに割り当て,解析や計測といった次によく使う機能も,できるだけワンステップでできることを開発サイドに依頼しました。多ボタンマウスを使えば,本当にマウス操作だけにすることもできるでしょう。ただし,使いやすさはユーザーそれぞれで違うので,カスタマイズは自由にできるようにしてもらいました」と説明する。
また,カスタマイズした設定はユーザーIDでの管理が可能で,読影端末を変えてもユーザーごとの読影スタイルで実施できる。
■ビューアとWSの融合で読影環境のさらなる進化を
PHOENIXは,ボタン1つで医用画像WS「AZE VirtualPlace(以下,VirtualPlace)」を呼び出して,読影時に三次元画像の参照や作成,画像解析を行うこともできる。赤羽准教授は,VirtualPlaceが初心者にも使いやすいWSであると評価する一方で,ビューアとWSが別システムとして動く現状では,読影環境の改善には限界があるとも指摘する。
「ビューアとWSでインターフェイスが異なることが,放射線科医の理路整然とした読影の組み立てを阻害してしまいます。また,当院ではイメージラボと読影室が分かれているため,ほしい画像と作成される画像に食い違いが起きてしまうこともあります。少ないマンパワーを効率的に生かすためにも,ビューアとWSの融合が望まれます。ビューアとWSが融合し,読影医も画像処理ができるようになれば,基本的な画像処理と個別に追加する画像処理をシームレスに実施することができます。画像処理に割いた労力を最大限に有効活用することはとても大事です」
さらに,読影に定量的評価が加わることが画像診断全体の潮流であると話す赤羽准教授は,ビューアやWSのサポートにより定量評価をルーチン化できれば,診断精度が向上し,大規模研究も可能となるだろうと期待を示した。
現在,PHOENIXは,VirtualPlaceのアプリケーションの1つとして販売を開始し,VirtualPlaceユーザーにビューアとして提案していく。また,検討されている薬事法改正において,医療用アプリケーションソフトウェアの単独医療機器化が実現されれば,ビューアソフトウェアとして幅広く展開していくことも可能となる。ファーストリリース後も,PHOENIXの共同開発は続けられており,機能やインターフェイス,操作性のさらなる向上を図っていく。
今後,PHOENIXが読影現場にどのようなインパクトをもたらすかが注目される。
精度の高い読影や,放射線科医の教育に
ビューアやWSが果たす役割が期待される。
─大友 邦 放射線科教授に聞く
モダリティの進歩により放射線科の業務量が激増する中,これからのビューアやWSに求められるものは何か。そして,PHOENIXの共同研究・開発にどのように反映されたかについて,大友 邦教授にお話をうかがった。
─放射線科の特徴についてお聞かせください。
放射線科,放射線医学教室は,「多様性を推進力に」をモットーに,個性を最大限に生かす運営を心掛け,一人ひとりの方向性や興味を尊重し,多彩な人材を取り入れています。近年は,治療に興味を持つ人も増えてきていますし,診断でもIVR,画像など興味の方向はさまざまです。また,カンファレンスに積極的に参加し,臨床に近いところでの活動を好む人もいます。こういった多様性は,当教室の風土として,昔から受け継がれているように思います。
業務としての絶対量は,読影が8〜9割を占めていますが,IVRなど,患者さんの治療に直接かかわる診断医の育成にも力を入れています。ニューロインターベンションや大動脈ステントなどの侵襲性やリスクが高い治療に,どこまで診断医がかかわれるかという難しい問題もありますが,CTガイド下での手技やドレナージ,マーカー留置といった,技術の継承が必要なものは,できるだけ若手医師にも現場に入ってもらうようにしています。座学で学べる読影とは異なり,こういった手技は,意識して次世代に伝えていかなければ途絶えてしまうものなので,皆で努力をしています。
─放射線科医にとって,ビューアやWSはどのような存在ですか。
データをボリュームで取得するようになり,ビューアやWSが読影精度の向上に大きな力を発揮していると実感しています。例えば,「著変なし」との所見であった動脈瘤の症例で,三次元画像で比較したところ変化が見つけられたということも経験しています。ルーチンのページングで観察するだけでは気づかなかった病変を見つけられるようになったことは,すばらしいことだと思います。今後を担う若い先生方は,新しい技術をどんどんキャッチアップし,より精度の高い読影ができるようになるでしょう。
─ビューアやWSの理想型とは,どのようなものでしょうか。
業務量とマンパワーのバランスが保たれた上で,ビューアやWSにより,よりストレスなく,精度の高い読影を行えることが大切だと思います。すべての症例に必須ではありませんが,必要があればさまざまなデータを参照できることが望まれます。内視鏡や病理といった,他のシステムへのアクセスも,ストレスなくできるようになると良いですね。カンファレンスでは, 多くのデータを参照できる方が,中身が充実することが実感されます。そういう意味では,教育の面でも,ビューアやWSが果たす役割は大きいと思います。
日常の読影においては,先入観なしに画像を見ることはとても大切ですが,その上で,さまざまなデータを参照することができれば,診断への選択の道を狭めることができ,効率良く報告書を作成することができます。複数のシステムにストレスなくアクセスできるビューアやWSが理想的と言えるでしょう。
─AZE社との共同開発においては,どのようなことを要望しましたか。
私からは,“骨転移を見逃さない”ことを求めました。予期しない部分の病変を見つけるには,深い注意力が必要です。特に脊椎転移は見逃してしまうと足が動かなくなるなど,患者さんのQOLに大きな影響を及ぼす可能性があります。しかし,脊椎は退行性の変化・変形などもあるため,転移を見つけることは容易ではありません。では,現場で遠隔転移の可能性を全部排除する綿密な読影ができるかと言えば,ルーチンではとても難しいのが実情です。PHOENIXで,それをサポートしてほしいというのが,私からの強い要望でした。AZE社は,こういった現場の要望を吸い上げて,製品開発を行ってきていると思うので,今後もその姿勢を継続し,より良い製品を作っていってほしいです。
(2013年1月10日取材)
東京大学医学部附属病院
住所:〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-3815-5411
病床数:1216床 診療科:37科
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/