「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版の解説」をテーマに第2回厚労科研研究班Webセミナーが開催
2021-8-16
視聴者からの質問に答えるQ&Aセッション
厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「ゲノム情報を活用した遺伝性腫瘍の先制的医療提供体制の整備に関する研究」班(研究代表:札幌医科大学医学部遺伝医学・櫻井晃洋氏)は2021年8月7日(土),第2回厚労科研研究班Webセミナー「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版の解説」を開催した。国内では,2020年4月にHBOC診療の一部が保険収載され,一般診療として臨床現場での対応が求められるようになった。そして2021年4月に,日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)により『遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版』(以下,本ガイドライン)が作成・発刊された。本ガイドラインは,『遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き 2017年版』をベースに,EBM普及推進事業(Minds)「診療ガイドライン作成マニュアル2017」に則って作成されており,JOHBOCのWebサイトにはWeb版(https://johboc.jp/guidebook_2021/
)も公開されている。
セミナーでは,ガイドライン編集委員・作成メンバーによる診療ガイドラインの総論と領域ごとの講演,また,視聴者からの質問に答えるQ&Aセッションが行われた。
セミナーの冒頭,研究代表の櫻井氏が挨拶し,研究班ではゲノム情報を基にHBOC発症者・未発症者に医療を提供することをコンセプトに,国内実態調査を踏まえたマニュアル整備や人材育成などに取り組み,遺伝性腫瘍診療の標準化,均てん化をめざしていることを紹介した。
続いて,ガイドライン統括委員会委員長を務めた山内英子氏(聖路加国際病院乳腺外科)が挨拶し,本ガイドライン作成の経緯やガイドライン作成メンバーを紹介した。作成に当たっては,領域ごとに多数の作成委員,システマティックレビュー委員が独立して作業を行い,既発症・未発症の当事者や,外部評価委員,関連学会の意見,パブリックコメントを反映してまとめあげたことを紹介し,これからはガイドラインを臨床で活用し,育ててもらいたいと述べた。
講演1では,Minds診療ガイドライン評価部会/患者・市民支援部会委員で,本ガイドラインの編集委員を務めた北野敦子氏(聖路加国際病院腫瘍内科)が,「診療ガイドライン概論―診療ガイドラインを用いた意思決定支援―」を講演した。北野氏は,診療ガイドラインの目的は“よい医療”の実践を支えることだと述べ,よい医療の実践に必要な医療者と患者の協働意思決定(Shared Decision Making:SDM)において,診療ガイドラインが患者と医療者の情報の非対称性を埋めるツールとなることを説明した。そして,HBOCはまだエビデンスが少なく,当事者や血縁者の価値観に多様性があるからこそSDMが必要であるとし, SDMの実践を視野に入れたガイドライン作成の工夫を紹介した。
講演2は各論として,領域ごとに作成メンバーが解説を行った。1題目に,平沢 晃氏(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科臨床遺伝子医療学)が「遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域」について解説した。平沢氏は,本ガイドラインはがんのガイドラインではなく「遺伝のガイドライン」であり,表現型としての乳癌,卵巣癌,膵癌,前立腺癌があると述べ,既発症・未発症を区別しないという領域のコンセプトを説明した上で,各BQのポイントを解説した。
2題目は,有賀智之氏(がん・感染症センター東京都立駒込病院乳腺外科)が「乳癌領域」を解説した。有賀氏は乳癌領域の概要を説明した上で,膵癌家族歴のある患者へのBRCA遺伝学的検査の推奨(BQ1),乳房温存手術の是非(CQ3),リスク低減乳房切除術(CQ1,2),造影乳房MRI(CQ4,5)について詳述し,今後の課題について言及した。
3題目は,岡本愛光氏(東京慈恵会医科大学産婦人科学講座)が「卵巣癌領域」をテーマに講演し,各BQ,CQ,FQについて,背景や解説,システマティックレビューのまとめ,パネル会議の結果,今後のモニタリングなどポイントを説明した。
4題目に,小坂威雄氏(慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室)が「前立腺癌領域」について講演した。CQ1の未発症BRCA病的バリアント保持者に対するPSAサーベイランスの推奨について,BRCAバリアントのリスクや臨床病理学的特徴などを解説し,推奨に至った背景を説明した。
最後の演題として,尾阪将人氏(がん研有明病院肝胆膵内科)が「膵癌領域」をテーマに講演した。膵癌への適応が承認されたオラパリブの第Ⅲ相POLO試験の結果を踏まえてCQ1を解説し,膵癌領域においては治療,スクリーニングともにエビデンスがまだ不十分であることから,今後のデータの収集・解析が重要であると締めくくった。
続くQ&Aセッションでは,吉田玲子氏(昭和大学先端がん治療研究所)が司会を務め,事前に受け付けたメールとライブ配信で寄せられた質問に対して,登壇者が回答した。視聴者からは,ガイドラインの位置づけや各領域についての具体的な質問が数多く寄せられた。なお,Q&Aについては後日,研究班のWebサイト(https://www.geneticsinfo.jp )に掲載される予定。
最後に,JOHBOC理事長の中村清吾氏(昭和大学医学部乳腺外科)が挨拶した。中村氏は,ガイドラインを使う上での注意点として「一人一人の患者さんの価値観や人生観に照らし合わせた使い方をすること」を挙げ,臨床現場で実際に活用されるガイドラインとなるように,今後はガイドラインの遵守状況を検証し,次の改訂に向けた臨床試験を検討していくと述べた。また,これからは日本のデータベースを構築し,それを基に新しいエビデンスを作っていくことが重要だと述べ,本ガイドラインを活用して忌憚のない意見を寄せてほしいと呼びかけた。