HIMAC25周年記念講演会『重粒子線がん治療 がん死ゼロ健康長寿社会を目指しHIMACから「量子メス:Quantum Scalpel」へ』を開催
2019-6-10
会場風景
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)は,2019年6月5日(水),東京国際フォーラム(東京都千代田区)でHIMAC25周年記念講演会『重粒子線がん治療 がん死ゼロ健康長寿社会を目指しHIMACから「量子メス:Quantum Scalpel」へ』を開催した。
QSTは,日本原子力研究開発機構の量子ビーム部門と核融合部門が放射線医学総合研究所(放医研)に移管統合され,2016年4月1日に新たに発足した組織。QSTの前身である放医研は,1993年に世界初の医療用重粒子線がん治療装置(HIMAC)の開発に成功,1994年の治療開始以降,がん患者1万人以上に対して治療を行っている。今回の講演会では,HIMACのこれまでの歩みを振り返るとともに,高齢化社会を見据えたがん治療のあり方や重粒子線治療の今後の展望について,講演やパネルディスカッションが行われた。
はじめに,QST理事の田島保英氏が開会の挨拶に立ち,本講演会を重粒子線治療への社会的理解の促進につなげたいと述べた。続いて,文部科学副大臣の永岡桂子氏,厚生労働省健康局がん・疾病対策課長の佐々木昌弘氏,公益社団法人日本放射線腫瘍学会理事長の茂松直之氏が来賓として祝辞を述べた後,「重粒子線がん治療25周年のあゆみ」をテーマに,3講演が行われた。
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講演1として,QST理事長の平野俊夫氏が「量子メス:Quantum Scalpel がん死ゼロ健康長寿社会実現に向けて〜量研の戦略〜」と題して,QSTの役割や重粒子線治療の発展の経緯,がん死ゼロ健康長寿社会への取り組みについて解説した。1994年に開始された重粒子線治療は,2016年に非切除骨軟部肉腫,2018年に前立腺がんと頭頸部腫瘍に対して保険適用され,現在,肝がんと早期肺がん,局所進行性膵がんに対する治療が先進医療Bに適用されている。治療装置はQST病院,神奈川県立がんセンター,大阪重粒子線センター,兵庫県立粒子線医療センター,九州国際重粒子線がん治療センター,群馬大学重粒子線医学研究センターの6か所に設置され,2020年には山形大学での稼働が予定されている。さらに,韓国と台湾で重粒子線治療装置の建設契約が締結され,海外にも進出している。重粒子線治療は,放射線抵抗性がんにも有効で,副作用や将来の二次がんの発生率が低く,照射回数が少なくてすむなど,QOLを維持したまま治療可能な点が大きなメリットである。半面,装置が巨大で高額な費用を要するほか,一度の治療で腫瘍塊を完全には除去しきれない場合があるという課題もある。そこで,一般病院に設置可能な低コストの超小型重粒子線治療装置「量子メス(Quantum Scalpel)」の開発プロジェクトが立ち上げられ,2016年に日立製作所など国内企業4社と量子メス研究開発包括協定が締結された。平野氏はこれらの経緯を解説し,自らのがん治療体験を踏まえ,重粒子線治療への期待を述べた。また,量子メスや,治療抵抗性の多発転移巣にも高い治療効果が期待できる標的アイソトープ療法を完成させることで,がん死ゼロ健康長寿社会を実現したいと意気込みを語った。
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続いて講演2として,「世界のHIMAC25年のあゆみ」と題して,QST病院副病院長の辻井博彦氏が,重粒子線治療の特長や国内外での発展について講演した。重粒子線(炭素イオン線)は,体内でブラッグピークを形成するため,病巣への線量集中性が良いという特徴がある。また,生物作用(細胞致死作用)がX線の2〜3倍と高く,局所進行がんに対しても高い局所制御が期待できる。このように,各種粒子線の中で最も物理・生物学的性質のバランスがとれた重粒子線を利用することで,重粒子線治療は高い有用性を持つ。普及型炭素線治療装置の開発を経て,2006年から,次世代重粒子線治療装置開発プロジェクトを展開。体幹部への呼吸同期照射が可能な高速3次元スキャニング照射装置や,装置の大幅な小型化を実現する超伝導回転ガントリなどの開発や臨床運用が進められ,2016年には量子メスの研究開発を開始,がん死ゼロ健康長寿社会の実現をめざしている。また,HIMACでは,国際オープンラボラトリー(IOL)を設立し,世界トップレベルの外国人研究者の継続的な支援・指導の下で研究ユニットを運営しているほか,海外の研究機関とのジョイントシンポジウムや重粒子線治療国際助言員会の開催など,積極的な国際活動を行っていることが紹介された。辻井氏は,今後の展開として,量子メス開発の実現に期待してほしいとして講演を締めくくった。
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講演3では,「臨床試験から保険収載まで」と題して,QST病院病院長の辻比呂志氏が,臨床研究や治療法の高度化の成果,今後の展望について講演を行った。重粒子線治療は現在,局所進行膵臓がんに対し,国内でJ-CROSで先進医療B多施設共同臨床試験が進行中のほか,世界初の事業として国際多施設共同臨床研究(日・米・伊・韓国合同国際第Ⅲ相比較試験,CIPHER)が2019年2月に開始され,重粒子線治療の世界的普及の端緒となることが期待されている。治療法に関しては,スキャニング照射や回転ガントリの開発・導入により,副作用の減少や治療成績の向上,適応の拡大が見込まれるほか,炭素線以外の粒子も使用するマルチイオン照射により,治療成績のさらなる向上が期待される。このようにまとめた上で,辻氏は,がん死ゼロに向けた治療戦略として,重粒子線治療と免疫療法などを併用する集学的治療を挙げ,それには局所療法としての高度化や装置の小型化による普及が不可欠であるとした。そして,量子メスの開発・普及により,手術に代わる局所療法となることに期待したいと述べた。
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続いて,日本対がん協会会長の垣添忠生氏が「高齢社会をイキイキと生きる」として特別講演を行った。垣添氏は,HIMACをこの25年間における日本のイノベーションの一つとして位置づけ,HIMACを含む医療の進歩は,人間の希望や幸福,尊厳につながってきたと評価した。その上で,重粒子線治療は高齢でも安心して受けられる治療であり,がん死ゼロ健康長寿社会の実現に向けて,HIMACのさらなる進化への期待を示した。
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休憩を挟んで,「がん死ゼロに向けて重粒子線治療に期待するもの」をテーマにパネル討論会が行われた。佐賀国際重粒子線がん治療財団理事長の中川原章氏,朝日新聞科学コーディネータの高橋真理子氏,厚生労働省医務技監の鈴木康裕氏,東京大学大学院医学系研究科特任教授の田倉智之氏,東京医科歯科大学特任助教の坂下千瑞子氏がパネリストとして登壇し,コーディネーターは神奈川県立がんセンター重粒子線治療センター長の鎌田 正氏が務めた。重粒子線治療の有用性は大きく,保険収載はがん死ゼロ社会実現に向けた第1歩となる。しかし,保険収載は患者には恩恵となる半面,施設側に与える影響は少なくない。中川原氏がセンター長を務める九州国際重粒子線がん治療センター(SAGA HIMAT)では,患者数は1.5倍に増加したものの,収入減少に加え,受け入れ体制が追いつかず,スタッフ不足などの問題が生じていると現状を報告した。それに対し鈴木氏は,照射回数の減少や位置決めの効率化など,生産性向上の必要性に触れたほか,人工知能(AI)の活用による人材不足解消の可能性を示唆した。また,医療経済を専門とする田倉氏は,治療の価値の評価に当たっては,質調整生存年(QALY)など,費用対効果の視点が重要であるとした。さらに,重粒子線治療のコスト低減には,レーザー加速技術などを活用した装置の小型化が鍵となる。それについて高橋氏は,基礎物理学分野の専門家らとの密な連携が重要であるとの考えを示した。また,自らも骨軟部腫瘍に罹患し,重粒子線治療を受けた経験を持つ坂下氏は,重粒子線治療は患者や家族にとって大変有用な治療であり,必要な患者が適用から外れることなく,治療へのアクセスを確保してほしいと述べた。
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最後に,QST理事の野田耕司氏が閉会の挨拶に立ち,自らのHIMACとの関わりを振り返りつつ,QSTとしての今後の抱負を述べ,講演会を締めくくった。
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●問い合わせ先
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
https://www.qst.go.jp