東京大学COI拠点
「自分で守る健康社会」シンポジウム開催
2015-3-27
シンポジウムには303名が参加した。
文部科学省・科学技術研究推進機能(JST)が推進する革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)の東京大学COI拠点である「若者と共存共栄する持続可能な健康長寿社会を目指す〜Sustainable Life Care, Ageless Society」が,2015年3月12日(木),東京大学伊藤国際学術研究センター(伊藤謝恩ホール)でシンポジウム「自分で守る健康社会」を開催した。
COI STREAMは,新しいフェーズの産学連携によって革新的なイノベーションを作り出すための施策として,文部科学省とJSTが支援し未来のための新たな拠点を形成するためのプログラムである。2013年度に公募され,3つのビジョンの下,12のCOI拠点と将来の拠点候補(トライアル)14が採択された。東京大学のCOI拠点は,ビジョン1(少子高齢化先進国としての持続性確保)の拠点として採択されたもの。COI STREAMでは,ビジョンのもとに10年後を見通した研究開発課題を特定し,既存の分野や組織といった壁を取り払い,最初から実用化をめざした“本気の”産学連携を集中的に支援する。
シンポジウムの開催にあたって挨拶した東京大学理事・副学長の松本洋一郎氏は,東京大学COI拠点のビジョンと今回のシンポジウムの概要を紹介した上で,「このプロジェクトでは,東大だけではなく他の医療機関や研究機関とも連携して,医療経済性を見据えた上で政策提言を行っていけるような拠点にしていきたい。超高齢社会を迎える日本は,世界に先駆けて“自分で守る健康社会”を実現する義務がある。自らの問題としてとらえて議論をお願いしたい」と述べた。
また,来賓として挨拶した“COIの生みの親”である文部科学省審議官の土屋定之氏は,イノベーションは経済再生をめざす日本の切り札の1つだが,世界中で繰り広げられている科学技術分野の競争に勝つためには,新しい領域に取り組む力と,それに対応できる新しい産学連携のあり方が必要であり,それを可能にするのがCOIのコンセプトであると述べた。そのために,COIでは,最初から産学官民一体の体制や産学それぞれのリーダーによるプロジェクトなど本気の産学連携を可能にする体制を構成していることなどを紹介した。土屋氏は,東大COIの成果に期待すると述べた上で,「東京大学のCOI拠点には,誰もが考えつかないような,もっと革新的なことに取り組んで欲しい。東大にはそのポテンシャルがある。組織や企業の枠を超えてインタラクションすることで,新たな価値をめざしてさらに進化して欲しい」とエールを贈った。
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シンポジウムでは,セッションとして「東京大学COI拠点研究進捗報告」が行われた。最初に,東京大学COI拠点機構長の池浦富久氏(元・三菱ケミカルホールディングス)が研究の全体説明を行った。東京大学のCOIでは,将来的な社会ニーズとして,“自分の健康は自分で守る”,“高齢者も社会を支える”,“新しい医療産業を興してGDPを向上させる”ことを想定し,「自分で守る健康社会」をビジョンとする。“入院を外来に 外来を家庭に 家庭を健康に”という“健康長寿ループ”を形成することで,医療コストの低減と健康寿命の延伸を実現することをめざす。そのため革新的科学技術として,「ユビキタス予防・診断・治療システム」,「創薬プロセスイノベーション」,「健康医療ICTオールジャパン標準化」の3つのグループで研究開発が進められている。東京大学COI拠点では,これまでの産学連携による研究開発が陥りがちだった,市場の創生,拡大まで至らない“第三の死の谷”を越えるため,最先端の臨床病院である東大病院や東京大学の持つ科学技術シーズ,規制・規格機関とのコミュニケーションなどを利用して,“オープンイノベーションプラットフォーム”を構築していく。池浦氏は,「イノベーションは1社だけではできない。東京大学COI拠点が,オープンビジネスとしてさまざまな企業が連携し,研究開発を加速するための触媒となるようにプロジェクトを進めていきたい」と述べた。
続いて,「ユビキタス予防・診断・治療システム」グループの成果について,東京大学大学院工学系研究科教授の佐久間一郎氏が講演した。同グループでは,“入院を外来に”の課題では,日帰り治療を拡大するための低侵襲治療技術の開発,“外来を家庭に”では,診療所や家庭で専門知識がなくても即時診断が可能なデバイスの開発,“家庭で健康に”ではITによる遠隔診断ガイダンスなど家庭での予防や予後管理に役立つネットワークの構築などをターゲットに開発を進めている。2014年度の成果としては,日立ハイテクノロジーズとの“小型簡易血液分析基礎技術開発”,日立アロカメディカルとの“超音波技術がめざす社会イノベーション”として,「超音波による筋肉性状診断技術」と「スパコンシミュレーションによるユビキタス超音波診断」などの開発について紹介した。また,東芝メディカルシステムズとは,大腸がんの鏡視下手術における3D画像などを用いたImage Guided Therapy(IGT)の応用についての検討を進めている。佐久間氏は,東大COIでは,医学と工学の研究者と企業の合同によるニーズ・シーズマッチングの検討会や模擬手術室などを利用することで,病院に近い環境でのテストや,さらに薬事の申請まで想定した体制を構築していることを紹介し,これによって世界に遅れをとっている日本のハイリスク治療機器の分野で研究開発の加速を図っていきたいと述べた。
次に,「創薬プロセスイノベーション」グループの取り組みを,東京大学大学院理学系研究科教授の中村栄一氏が紹介した。中村氏は,これからの新薬開発のパラダイムは,“飲みやすく,良く効く薬を貧富,年齢,国の差を越えて安価に提供”できる基盤医薬品であるとし,一方で,ジェネリック医薬品を扱うのはほとんど外国企業であり,今後,日本の産業としての創薬のあり方を考えると,日本の得意な“ものづくり”の視点に立った医薬品産業と付加価値率の高い化学産業の育成が必要だと述べた。グループでは,東大の“原子分解能・電子顕微鏡(TEM)”の最先端研究成果を活用して,医薬品の製造プロセスにおける結晶形成制御技術の開発を進めることで,将来的に安価で高品質な製造を可能にすることをめざしていることを紹介した。
最後に,東京大学大学院医学系研究科教授の大江和彦氏が,「健康医療ICTオールジャパン標準化」グループの概要を解説した。今後,さまざまな医療・健康データを利用した予防から健康維持のための仕組み作りが求められるが,そのためには臨床情報や個人の健康情報を活用するためのIT基盤を作っていくことが必要となる。同グループでは,標準化規格としてSS-MIX2を採用し,各社の電子カルテシステムからデータを抽出して標準化をして保存するための仕組みとして,「SS-MIX2標準ストレージ」を採用した基盤を構築した。平成26年度の成果としては,東大病院の電子カルテシステムから,基本情報や処方や注射の情報などは“SS-MIX2標準ストレージ”へ,所見やレポートなど自由記載のテキストデータは解析して標準化した上で“SS-MIX2拡張ストレージ”に格納するシステムを開発。また,内視鏡検査や病理検査などのサブシステムについても企業と協力して,標準化に対応したシステムの開発を行い,拡張ストレージへの保存を可能にした。今後は,一定のフォーマットで蓄積されたパーソナルゲノムのデータベースを構築して,将来的にSS-MIX2のストレージとの連結解析を行うための環境を作っていく。大江氏は,ベンダーに依存しない二次利用が可能な標準化の基盤をインフラとして構築することで,次の産学連携,イノベーションにつなげていきたいと述べた。また,2015年の夏頃までに,全国のSS-MIX2コードマッピング作業を一括して受託する“SS-MIX2標準コードマッピング支援センター”が発足の予定であることを紹介した。
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シンポジウムでは,そのほか基調講演3題とパネルディスカッションが行われた。基調講演では,最初に医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の近藤達也氏が,「健康長寿社会の実現に向けて〜東大COI拠点への強い期待」を講演した。近藤氏は,PMDAの取り組みと成果について報告し,PMDAの審査の迅速化でドラッグ・デバイスラグが解消していること,さらに今後も体制の強化を進めて,日本の医薬品や医療機器産業の発展を支えていきたいと述べた。続いて,東京都健康長寿医療センター副院長の許俊鋭氏が,「重症心不全治療の進歩と将来展望」を講演した。許氏は,重症心不全治療では,心臓移植と人工心臓が車の両輪として進むべきだが,日本では移植の数が少なく,また人工心臓の認可も遅れている現状を紹介し,今後の規制緩和や新しい人工心臓の認可に期待すると述べた。最後に,富士通 未来医療開発センターセンター長の合田博文氏が登壇し,「健康・医療分野における新たな取り組み」について紹介した。合田氏は,2014年に発足した富士通の未来医療開発センターのコンセプトや成果,また東京大学COI拠点での研究開発の方向性などについて概説した。
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また,パネルディスカッションは,「健康長寿社会をめざして」をテーマに,日本医療機器産業連合会会長の中尾浩治氏,ベネッセスタイルケア常務執行役員の岸本譲太氏,GEヘルスケア・ジャパンマーケティング本部本部長の伊藤久美氏,日本総合研究所ヘルスケアイノベーショングループディレクターの木下輝彦氏,静岡県健康福祉部部長の宮城島好史氏,東京大学COI拠点副機構長の鄭雄一氏が登壇し,各氏のショートプレゼンテーションに続いてディスカッションが行われた。
●問い合わせ先
東京大学COI拠点シンポジウム事務局
E-mail:coi-jimu@bioeng.t.u-tokyo.ac.jp
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/slcas-coi/index.html