慶應義塾大学,東京医科大学,JVCケンウッドが光ディスク技術とナノビーズ技術を融合した新技術で,エクソソームを指標とした疾患診断の実現へ
〜血清中の乳がん特異的なエクソソーム数の計測に成功〜

2018-7-19

JVCケンウッド


慶應義塾大学医学部医化学教室の加部泰明専任講師らは,東京医科大学ナノ粒子先端医学応用講座の半田宏特任教授および(株)JVCケンウッドとの共同研究により,光ディスク技術とナノビーズ(注1)技術を組み合わせた新しい原理によるエクソソーム計測システム“ExoCounter(エクソカウンター)”を開発した(注2)。“ExoCounter”は,特殊な光ディスク上でエクソソームの表面に存在する疾患特有のたんぱく質(表面抗原)と磁性ナノビーズを結合させ,その複合体を光ディスクドライブで検出し,疾患特異的なエクソソームの数を高精度かつ簡便に計測する新たな計測システム。エクソソームは主として血液中に存在し,さまざまな細胞から分泌される微粒子である。がん細胞から分泌されるがん特異的なエクソソームの検出にあたり,従来必要であったエクソソーム精製等の前処理が不要となり,がん診断等を発展させるものとして期待される。

本研究では,日本医療研究開発機構のバイオバンク・ジャパン事業における試料を用いた大規模疾患コホート研究として,光ディスク表面上に,がん細胞が分泌するHER2表面抗原を持つエクソソームと磁気ナノビーズを結合させ,その複合体を“ExoCounter”で検出し,がん疾患由来のエクソソームの数の計測を実施した。その結果,乳がん患者と卵巣がん患者の血清中に,がんマーカーとして知られるHER2を発現しているがん特異的なエクソソームの数が統計的に有意に多いことを初めて明らかにした。
これらの成果は,エクソソームを指標とした新たながん診断や治療法の開発,がん研究の発展につながることが期待される。
なお,本研究成果は,2018年7月18日(水)(米国東部時間)に米国科学誌『Clinical Chemistry』のオンライン速報版で公開された。

1.研究の背景と概要
エクソソームは,細胞が分泌する直径50〜150nmの微小な膜小胞で,多様なmRNAやマイクロRNAなどの遺伝情報やたんぱく質を細胞間で輸送することにより,生理学的プロセスの調節において重要な役割を担っている。一方,がんの転移にも深く関与しており,血液中のエクソソームの種類や量が,がんの状態やその後の経過に関係することが,多くの研究で示唆されていることから,エクソソームがバイオマーカーとして有用である可能性にも期待が高まっている。このような背景から,粒子や細胞を計測するための既存の計測技術を用いたエクソソーム研究が活発に行われてきた。しかし,エクソソームが非常に小さいこと,血中にはエクソソームと同等の大きさのさまざまな粒子が多数存在することから,既存技術でエクソソームを検出するためには煩雑な精製等の前処理を行う必要があり,高精度のエクソソームの検出が課題となっていた。特に,血中のがん特異的なエクソソームの数を正確かつ簡単に計測することは困難であった。
本研究では,(株)JVCケンウッドが有する光ディスク技術と慶應義塾大学医学部・東京医科大学が有する磁気ナノビーズ(以下,FGビーズ)技術を融合させた新たな手法を開発することで,血清中のがん特異的なエクソソームを前処理なしに,高精度かつ簡便に定量計測できるエクソソーム計測システム“ExoCounter”を開発した。さらに,この“ExoCouter”の機能について,がん細胞やがん患者血清由来のがん特異的なエクソソームの計測を行って実証した。

2.研究の成果と意義・今後の展開
“ExoCounter”は,光ディスク表面にエクソソームを捕捉し,捕捉したエクソソームにFGビーズを結合させることで,エクソソームを光スポットで検出可能な状態にする。その上で,新たに開発した光ディスクドライブにより,エクソソームと結合したFGビーズを検出することで,エクソソームの数を計測する(図1)。
光ディスクの表面にはエクソソームの大きさに適合したナノ構造が設けてあり,このナノ構造の表面にエクソソームと結合できる抗体をコーティングすることで,血清などの生体試料中のエクソソームを選択的に捕捉する。加えて,がんに特異的な抗体を固定したFGビーズをエクソソームに結合させることで,がん特異的なエクソソームが検出可能になる。
実際の検証として,大腸がん細胞の培養液から超遠心分離法で単離したエクソソームを“ExoCounter”で測定したところ,エクソソームに対する特異性を持った抗体を使った場合のみエクソソームが検出され,本システムが高選択的にエクソソームを捕捉・検出できる性能を持つことが示された。また,エクソソーム濃度を変化させた試料を測定したところ,エクソソーム濃度に比例してエクソソーム数が計測された(図2A)。さらに,血清試料についても,血清量に比例した数のエクソソームが選択的に検出された。
また,がん特異的なエクソソーム計測に対する可能性を検証するため,がんと関連するたんぱく質と結合する抗体を固定したFGビーズを使い,大腸がん細胞,乳がん細胞,肺がん細胞の各培養液中のエクソソームを測定した。この結果,“ExoCounter”を使うことで,がん特異的なたんぱく質であるHER2を表面に持ったエクソソームを高精度に計測できることが示された(図2B)。

図1 (A)エクソソーム計測システム“ExoCounter”。(B)電子顕微鏡で観察した光ディスク表面。光ディスク上に捕捉されたエクソソームに磁気ナノビーズ(FGビーズ)が固定された様子が示されている。

図1 (A)エクソソーム計測システム“ExoCounter”。(B)電子顕微鏡で観察した光ディスク表面。光ディスク上に捕捉されたエクソソームに磁気ナノビーズ(FGビーズ)が固定された様子が示されている。

 

図2 (A)□,◇はエクソソームと結合しない抗体を使用し,◆,▲はエクソソームを結合する抗体を使った場合を示す。エクソソームと結合しない抗体を使用した場合は,0に近い値であり,エクソソームと結合する抗体を使用した場合は,エクソソーム濃度に比例して検出できることが示された。 (B)各種細胞の培養液の測定。がん特異的なたんぱく質HER2を持ったエクソソームの濃度が乳がん細胞(BT474,SKBR3)の培養液中で特に高いことが示された。なお,白抜き棒グラフは,エクソソームに特異性を持たない抗体を用いた場合の結果を示す。

図2 (A)□,◇はエクソソームと結合しない抗体を使用し,◆,▲はエクソソームを結合する抗体を使った場合を示す。エクソソームと結合しない抗体を使用した場合は,0に近い値であり,エクソソームと結合する抗体を使用した場合は,エクソソーム濃度に比例して検出できることが示された。 (B)各種細胞の培養液の測定。がん特異的なたんぱく質HER2を持ったエクソソームの濃度が乳がん細胞(BT474,SKBR3)の培養液中で特に高いことが示された。なお,白抜き棒グラフは,エクソソームに特異性を持たない抗体を用いた場合の結果を示す。

 

これらの結果をもとに,研究グループは,バイオバンク・ジャパン事業で収集された各種のがんまたは非がん性疾患の患者血清と東北メディカル・メガバンク機構で収集された健常者の血清について,“ExoCounter”を使い測定した。その結果,がん特異的なたんぱく質であるHER2を持つエクソソームの数が,乳がん患者および卵巣がん患者の血清において,健常者または非がん性疾患の患者の血清に対して有意に上昇することが確認された(図3)。HER2たんぱく質を持ったエクソソームのがん患者試料での増加は,これまでにも定性的な報告が存在するが,今回試料を用いた大規模コホート研究により,初めてがん患者血清中のHER2タンパク質を持ったエクソソーム数が統計的に有意に上昇することが示された。

図3 各種のがん患者,非がん疾患患者および健常者の血清中のがん特異的エクソソームの計測例。乳がんと卵巣がんでは中央値が高く,各検体の値について統計解析を行った結果,乳がん患者と卵巣がん患者の血清で,健常者または非がん性疾患の患者の血清に対して有意にエクソソーム数が多いことが示された(nは検体数を,×は枠以外のデータ数を示す。★★,★は,統計検定で有意差があった水準1%,5%を示す)。

図3 各種のがん患者,非がん疾患患者および健常者の血清中のがん特異的エクソソームの計測例。乳がんと卵巣がんでは中央値が高く,各検体の値について統計解析を行った結果,乳がん患者と卵巣がん患者の血清で,健常者または非がん性疾患の患者の血清に対して有意にエクソソーム数が多いことが示された(nは検体数を,×は枠以外のデータ数を示す。★★,★は,統計検定で有意差があった水準1%,5%を示す)。

 

“ExoCounter”は血清等の体液試料中のエクソソームの数を迅速かつ簡便に計測することのできる新しい計測システムであると同時に,リキッドバイオプシー(注3)を担う重要な診断技術となる可能性があり,既にJVCケンウッドから研究用計測システムとして提供が始まっている。また,がんに加えアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患,さらには,自己免疫疾患,炎症性疾患,うつ病などのさまざまな疾患における疾患特異エクソソームの解析や,エクソソームを用いた診断技術開発のための有用なツールとなる可能性があり,今後の展開が期待される。

3.特記事項
本研究は,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)」,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のオーダーメイド医療の実現プログラムおよびゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「保存血清のメタボローム解析による疾患診断の有用性の検証と応用」の支援により実施された。

4.論文
英文タイトル:Development of a highly-sensitive device for counting the number of disease-specific exosomes in human sera
タイトル和訳:ヒト血清中の疾患特異的エクソソームの数を計測するための高感度デバイス の開発
著者名:加部泰明,末松誠,坂本聡,平井美和,小池一康,菱木貴子,松田厚志,長谷川祐一, 辻田公二,小野雅之,峯岸直子,寳澤篤,村上善則,久保充明,糸長誠,半田宏

掲載誌:Clinical Chemistryオンライン速報版

【用語解説】
(注1)ナノビーズ:大きさがナノメートル(nm,100万分の1ミリメートル)オーダーのビーズであり,本技術では直径200nm程度のフェライトを内包したナノビーズを使用している。ビーズの表面にはエクソソーム上のたんぱく質に結合する抗体が固相化されており,これにより目的とするエクソソームを特異的に検出することを可能としている。
(注2)JVCケンウッドHP:http://www3.jvckenwood.com/pro/healthcare_sys/exocounter/
(注3)リキッドバイオプシー:主にがんの領域で内視鏡や針を使って腫瘍組織を採取する従来の生検に代えて,血液などの体液サンプルを使って診断や治療効果予測を行う技術。

 

●本発表資料の問い合わせ先
慶應義塾大学医学部医化学教室 専任講師
加部 泰明(かべ やすあき)
TEL:03-5363-3752 FAX:03-5363-3466
E-mail: ykabe@z3.keio.jp
http://www.jst.go.jp/erato/suematsu/

東京医科大学 ナノ粒子先端医学応用講座
特任教授 半田 宏(はんだ ひろし)
TEL:03-5323-3250  FAX:03-5323-3251
E-mail:hhanda@tokyo-med.ac.jp
http://www.tokyo-med.ac.jp/nanoparticle/

JVCケンウッドの取り組みに関する問い合わせ先
(株)JVCケンウッド
企業コミュニケーション部
広報・IRグループ
TEL:045-444-5232
E-mail:prir@jvckenwood.com
http://www.jvckenwood.com

AMED事業に関する問い合わせ先
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 バイオバンク課
ゲノム研究バイオバンク事業担当
TEL:03-6870-2228 FAX:03-6870-2246
E-mail:kiban-kenkyu@amed.go.jp
http://www.amed.go.jp/

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