METISからの提言―日本の医療機器・技術によるヘルスケア戦略―
日本の医療機器の現状課題と改革へ向けての提言 国立循環器病研究センター名誉総長/独立行政法人 医薬基盤研究所プログラムディレクター 北村惣一郎 氏
医療機器開発の重要性を再認識しよう

現在の医療は30万種を超える医療機器によって支えられ,将来の医学・医療の要として挙げられている創薬や再生医療も最新機器の支援なくては成り立たない。すなわち,高度な治療を行うにあたっては,まず,優れた医療機器による正確な診断と効果の判定が必須であり,治療としてのドラッグデリバリーシステムや細胞移植のテクノロジーシステムも医薬品より医療機器として位置づけられるものが少なくない。従来,医療機器の開発を薬の開発の付属物のごとくに論じてきたことは誤りであり,これが日本の医療機器開発の遅れを生じて来た一因とも言える。まさしく医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS)の初期目標も医療機器を要の一つとして独立して論じることにあったと感じられる。

日本の医療機器開発の現状を反省すべし

内視鏡,超音波,CT,MRIなどの画像診断機器は,日本が得意とする主要な輸出医療機器である。しかし,病院での新機種導入に際しては,日本の医師の多くは高額であるが,外国製を希望することがきわめて多い。

一方,わが国の家庭を見てみると,TVにしてもPCにしても,日本製は高級品で誰も文句を言うものはない。ところが,病院の医療機器となると,日本人医師がCT,MRI,血管造影装置,放射線治療機器,さらには超音波機器まで外国製を希望するのは,どうしてなのか? 医師の意見では,画像処理,解析などのソフト面で外国製が優れているという。つまり,日本企業は利用する医師の希望を十分取り込んでいるとは言えない状況である。ユーザーとしての医師の意見を積極的に汲み上げ,改善改良を行ってもらいたい。同じようなことは過去にもある。2000年ごろ,政府主導のミレニアムプロジェクトが始まり,多くの参加施設でPCR,核酸分析装置,質量分析装置等を購入したが,そのほとんどが外国製であり,さらに,専用の高額な試薬もすべて輸入で買い求めることになった。日本が研究すると,外国の診断機器,計測機器企業が利益を独占する構造が露見した。体外式除細動器(AED)の国内普及においても同じことがあてはまる。

ペースメーカーやステントなどの治療機器となると,日本の輸入過剰の主原因となっているが,例外的に喜ばしいこともある。2011年に国産の補助人工心臓(LVAS)2機種が薬事承認され,保険収載となった。これは,クラスWハイリスク医療機器の部門においては画期的なことである。わが国発の高度治療機器がほとんどない中で,LVASの開発は例外的な存在である。

これには,それなりの理由がある。筆者が大学医学部を卒業した1965年ごろ,将来は,人工心臓か心臓移植という漠たる思いが多くの心臓外科医にあった。さらに,当時では外科を希望しても,若い医師が手術に参加する機会は乏しく,代わりに医学博士取得の研究に従事することが常識的であった。その結果と思うが,60〜80年ごろには,北海道から九州まで多くの大学で人工心臓の研究が行われ,また,海外の研究所に留学して人工心臓の研究に参画する者も少なくなかった。故阿久津哲造先生はじめ,世界的リーダーも輩出し,その後も第2,3世代の人工心臓研究者が国内外で活躍している。このような分野は,高度治療用医療機器の研究の中でほかに類を見ないものであり,裾野の広い研究者群の存在が今日の国産2機種の製造発売成果に結び付いていることは疑う余地はない。

現在のわが国を見ると,外科医が研究に従事したり,志す機会は極端に縮小しており,これを補充するには次項に述べるごとく,大学内に医療機器を専門に研究する講座を設けるべきと考える。

医療機器専門研究講座を設置すべし

現在,日本の大学における創薬研究は,医学部,薬学部,理学部,工学部と多面から連携して展開されている。一方,医療機器専門研究講座は皆無に等しい状況であり,この点が主導権を握る米国との大きな違いである。米国のミネソタ大学やピッツバーグ大学などでは,医療機器研究部と企業の人材交流が大変うまくいっていることが,当地に医療機器メーカーの集積をもたらした大きなポイントである。日本では皆無に等しい医療機器のベンチャー企業も,米国では数多く存在しており,これは大学におけるシード創出と企業における商品化の仲介人として機能している。

筆者は現在,(独)医薬基盤研究所(NIBIO)のP.D.(プログラムディレクター)を務めており,創薬研究の進捗を見ているが,シードの創出はほぼ100%大学研究室である。これに創薬ベンチャー,製薬企業が参画しているものが力強い。やはり,新医療機器のシード創出を増加させるには,大学に医療機器開発に特化した講座を開設すべきである。

わが国は,どのような高度医療機器の開発に向かうべきか

財源が乏しく,集中化を避けられないわが国の先端的医療機器開発分野で,何をめざすべきかを日本学術会議・循環器部会で報告した1)。筆者が委員長を務め,まとめさせていただいたが,治療機器に偏し,診断機器,分析機器,放射線機器について言及していない欠点がある。

この中で,われわれはBMI(Brain-Machine Interface)とNeuromodulationの研究と起業化を提案した。BMIはロボット技術を応用する点,日本には期待できる領域である。すでに,感覚器や半麻痺の補助ロボットを脳の命令下に動かす装置はそのプロトタイプが作製され,しばしば新聞紙上でも取り上げられている。Neuromodulation領域は今後,その市場が膨大化することが予測されており,米国大手の医療機器企業は新しい研究所付き工場の設立に動いている。基本的には,心臓ペースメーカーの技術を応用するため,日本の企業が参画しうる余地は乏しいであろう。しかし,DBS(deep brain stimulation)が電極を深く脳内に刺入しなければならないのに対し,これを低侵襲化し,脳表から刺激する方法などでは参画の余地はある。

心臓領域の電気刺激装置は,いまや単なるペースメーカーから自動除細動装置,心不全治療機器と進んでいる。アブレーション(焼灼)機器は,難治性の不整脈や高血圧(腎交感神経)にも応用され,効果を示している。迷走神経を刺激する装置は“てんかん"の治療機器として,わが国でも薬事承認され,さらに副交感神経系を刺激することによる心不全や,頸動脈洞刺激(baroreceptor activation therapy)による難治性高血圧の治療器へと進みつつある。すでに発売されているDBS装置は,パーキンソン病やジストニアの有効な治療機器だけでなく,脳外傷後の植物状態やうつ病治療にも進んでおり,意識の覚醒や自殺防止に役立つ可能性が出てきている。がん性難治性疼痛にも脳電気刺激が有効であり,わが国でも低侵襲化への研究が行われている。脳電気刺激装置がうつ病対策に取り上げられる日は遠くないと考えるが,家庭でも応用可能な低侵襲化が必要であろう。わが国での研究が進歩することを期待したい。

医療機器の改良 ─ 市販後長期追跡システム(トラッキングシステム)の重要性

医療機器の開発から製造販売に至るには長い時間がかかっており,また,医療機器開発の特徴として,改良の積み重ねが必要である。このプロセスは市販後にも続けられるため,これを簡素化することは,企業としては重要な問題であり,METIS会議でも取り上げられてきた。米国では,1976年に510(k)exemption processを承認したが,最近,このプロセスを受けたクラスV(日本ではクラスW)機器での不具合の多発が問題視されている2)。この条項は,企業が経費をかけずに新製品を早く市場に出すことには合理的であり,企業競争力を向上させる利点があるが,PMA(premarket approval)治験の場合と異なり,十分な臨床成績の検討がなされぬまま承認されるための危険性を含む。ハイリスクデバイスの不具合から死亡者が出,回収(リコール)対象となる品目が増加している。2005〜2007年に,米国食品医薬品局(FDA)が回収品目とした113種のうち,71%が510(k)プロセスを続けて承認されたものであった3)

海外で利用できる最新機器が日本では利用できないという問題が,デバイスラグとして政治問題にもなっている。1つの解決法として,「医療ニーズの高い医療機器の早期導入に関する検討会」が設置されている。筆者はこの検討会の座長を務めてきたが,本検討会で選択基準の1つとなっているFDA承認機器のうちでも,クラスV,W相当のものはPMAを経たものか,510(k)プロセスを経たものか,見極めが必要があると感じている。

一方,ハイリスクデバイスの治験でも,その観察期間は1〜2年であり,体内植え込み機器では,その何倍もの追跡期間が必要なはずである。しかし,それでは治験に時間と経費がかかりすぎるため,市販後調査を精緻化,厳格化して,医療側にも企業側にも報告を義務づけるトラッキングシステムの構築が必要となった。米国で始まった補助人工心臓の登録システム“INTERMACS”4)は今年3年目の報告を行っているが,わが国でも(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA),医療側,企業側が協力し合い,“J-MACS (Japanese Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support)”を2010年より開始した。新しい日本製の植え込み型LVASの製造販売承認に合わせて活性化されるこのトラッキングシステムは,クラスWデバイスの長期成績を知る上で重要な企みであり,これにより,当該LVASの不具合,改良点,永久使用の可能性などが明らかとなる。このシステムは,他のクラスWデバイスにも広く用いられるべきである。わが国発の高度医療機器が産出される土壌改良をいま一度行うべき時である。

高度医療機器利用の技術研修の重要性

新しい医療機器利用に関する技術研修は販売企業に任されており,利用する医師・医療従事者にとっては不充分で,また不便である。誤使用による医療事故も少なくない状況があるが,研修システムの改善策は見えていない。

各専門学会は研修事業を行う用意があるが,全国から見て至便な場所で,常時研修が行える常設施設が必要である。外科手術シミュレーションシステムも常設したい。各企業別の研修は,医療者にとっては時間効率の悪い,低レベルの研修に終わってしまうからである。

●参考文献
1) 北村惣一郎・他 : 革新的国産治療機器開発に向けた研究開発機能拠点の形成. 日本学術会議, 2008.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-h64-1.pdf
2) Garber, A.M. : Perspective ; Modernizing device regulation. N. Engl. J. Med., 362, 1161〜1163, 2010.
3) Zuckerman, D.M., et al. : Medical device recalls and the FDA approval process. Arch. Internl. Med., 2011[published on line].
4) Kirklin, J.K., et al. : Third INTERMACS annual report ; The evolution of destination therapy in the US. J. Heart Lung Transplant., 30, 115〜123, 2011.

◎略歴
1965年,大阪大学医学部卒業。同大学医学部第一外科助手,同講師,奈良県立医科大学第三外科教授などを経て,97年,国立循環器病センター副院長に就任。2000年同センター病院長,2001年総長,2008年4月より名誉総長(同年,国立循環器病研究センターに改称)。2009年,(独)医薬基盤研究所プログラムディレクターを兼任。現在,堺市医療監,大府立病院機構顧問なども務める。

(インナービジョン2011年10月号より転載)
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