METISからの提言―日本の医療機器・技術によるヘルスケア戦略―
第5回 医療産業の国際化─アウトバンドとしての医療インフラ 株式会社東芝 顧問/東芝メディカルシステムズ株式会社 相談役 小松研一 氏
はじめに

社会の少子高齢化に伴い,より質の高い医療技術(超早期診断,低侵襲治療など)が求められる一方,増大が見込まれる医療費を抑制することが強く求められ,医療機器技術(診断機器,治療機器)の一層の進展による安全で効率的な医療の展開が望まれる。

国際的に見ると,図1の医療サイクルのうち,急性期の治療すら困難な国から,国民のQOLを,一層高めるために検診,予防,健康維持,リハビリ,介護などの社会ニーズに応えようとする国まで広範にわたる。

その中で,超高齢化社会が進行する我が国においては,医療・医療機器技術が非常に高いレベルにあり,両面で世界を牽引するポテンシャルを備えている。実行に移すには多様な厳しい要求が障壁となることが考えられるが,誠実に産官学が連携して検討し,答えを導き出していくことで,高い国際競争力を持った医療・医療機器技術を先行して輸出することが可能となり,ひいては国際的な医療貢献を果たしていけるのではないだろうか。

図1  医療サイクル
図1 医療サイクル
医療インフラ全体の価値を輸出

世界的に見ると,医療産業(医療・医療機器関連産業)に対する需要は拡大しており,大きな成長産業である。我が国の成長戦略に,ヘルスケアを一つの柱として据えたのは慧眼であり,世界市場を視野に戦略実行の促進が望まれる。

既に,国際競争力のある個々の医療機器は,グローバル市場で欧米企業と熾烈な事業競争・展開を行っている。これから重要なのは,高度に洗練された現状の日本の医療インフラそのものを価値として輸出することである。政府間交渉も交え,産官学が協力して日本の医療圏を拡大し,比較的均一な市場を創り上げていくことが重要である。

我が国は,医療施設・機器などハードに加え,医療制度・技術などのソフトの両面から様々な価値が提供可能である。まず,我が国の価値のカタログを策定し,様々な関連事業体との連携のもとに,BRICs,さらにNex11の各国にアプローチすることが望ましい。当然ながら,短期・長期にわたる複雑系であるので,一長一短にいくとは思わないが,欧米企業,さらに,最近では中韓の企業も各国政府と連携し,虎視眈々と狙っており,日本の国際競争力,影響力を発揮するタイミングを逸してはならないのではないか。

医療インフラを構成するもの

国ごとに事情は異なるにせよ,急性期医療技術との連携を軸にしたインフラ提供が必要になろう。
1)ハードインフラ
 a.診断・治療を行う医療施設の建設
 b.安定した電源供給ラインの構築
 c.医療設備,機器・器具
 d.医療情報システム
2)ソフトインフラ
 a.医療制度(法・規格),課金システムの整備
 b.医療スタッフ(医師,技師,看護師,薬剤師など)の育成・支援
 c.診療プロセス,クリニカルパス,調達ノウハウ
 d.救急患者搬送インフラの構築

これら関連事業に対し,オールジャパンで臨めれば結構な話だが,夫々の事業様態もあり,時間軸が必ずしも一致しない場合には,国の枠組みを超えて事業進出意欲のある事業体と連携することも考えられる。重要なのは,日本政府が働きかけ,国家間の事業として推進できることと同時に,各国の事情に応じた構想支援(コンサルを含む)を我が国が中心で行うことが肝要である。

こうしたGCPの違いは,より習熟した治験責任医師がリードし,多施設連携での優れた治験実施を必要とする革新的医療機器の治験と産業の開発意欲に大きな影響を与えている。特にこれまで,ライフサイエンス分野での科学技術政策が産業育成政策に連動し得ていない日本と,革新的医療機器の開発意義を国家が提唱し,開発リスクとプロダクト・ライアビリティとの整合性に法的にも取り組んできた米国とのギャップは大きい。

医療機器技術の醸成と先行性

日本の医療事業そのものの国際性を議論しなくてはならないが,国民皆保険制度のもとで,課金システムが税収に基づいているという特殊事情があり,他産業と同じような投資対リターンを期待できる産業ではない。

しかしながら,このような環境の中で醸成されてきた我が国の医療技術は,現状でも非常に高いレベルにあり,医療インフラとして輸出に足る価値を持っている。更に,価値の競争優位を高揚するためには,日本の非常に高い医療レベルからの要求に対し,切磋琢磨して先進の医療機器技術を開発し,世界市場で発信し続けなければならない。 特に,(1)バイオ,ナノテク,再生医療など先端医療を形成する技術,(2)がんをはじめとするハイリスク疾患の超早期診断,低侵襲治療に関する技術,(3)医療ITインフラ技術(共有DB,高速NW,高度情報処理技術),(4)高感度センサー技術(高密度半導体技術を含む)など,将来にわたり先行性を確保し,医療インフラそのものの価値を高く維持すべき医療機器技術の醸成には,国家投資と共に,先行性の高い医療技術に対する制度上の難題を産官学が連携して解決していかねばならない。

さらに,医学と工学両面で研鑽を積んだ医工学分野の研究人材が必要であり,いくつかの大学では,この分野の人材育成が始まっている。また,国家投資は合目的的な産学連携した開発テーマ・プロジェクトに対して行うべきであり,投資する側の厳しい選球眼が要求される。

医療の国際化の課題

医療の国際化の施策として,医療インフラの価値を輸出し,日本の医療サービスを海外にて提供する「アウトバウンド」を提案したが,一方で,海外の患者を日本へ受け入れ,日本の医療サービスを提供する「インバウンド」が議論されている。   他国も推進しているインバウンドでは,日本が差別化できる医療サービスをメニューとして発信し,国内体制も整備しなければならない。また,日本の医療サービスを利用するためには,高額な医療費に加え,渡航・滞在費を負担することになり,受益者は限定されてしまう。しかし,アウトバウンドでは,患者の負担は少ないが,医療レベルが日本と同等に高まることは期待できない。

そこで,アウトバウンドとインバウンドを組み合わせ,海外施設で医療サービスを提供する際は,日本の医師が遠隔で支援し,もし,海外では手に負えないと判断した場合は,日本へ患者を移送して高度に洗練された日本の医療サービスを提供する。日本と海外の施設間には,セキュリティを確保した医療情報インフラが整備されており,患者の医療関連情報を相互に共有し,テーラーメイドの医療サービスが担保される。このように,他国に類のない医療サービスネットワークを構築することで,日本が海外の医療の牽引役となり,他産業の国際化においても,日本の存在感が高めることができるのではないだろうか。

まとめ

世界が待望する日本の医療の国際化は,産官学が協力して日本の医療圏を拡大し,比較的均一な医療産業の市場を創り上げ,高度に洗練された日本の医療インフラの価値を輸出することである。先行事例として,ドミニカ共和国への医療インフラの輸出は,我が国が主導し,大分大学が支援したプロジェクトであったと聞いている。

また,日本の医療産業(医療・医療機器の関連産業)は高い国際競争力を持ち,外貨を獲得できる状況にある。今こそ,国主導で医療圏形成のビジョンを策定し,それに基づく仕組みを整備した上で,いくつかの貴重な事例を通して課題を解決しながら医療の国際化を推進すべき好機であり,今後も,不断の議論を重ねて協力していきたい。

◎略歴
1978年,北海道大学工学研究科電子工学専攻博士過程修了。同年,(株)東芝総合研究所入社。医用機器技術研究所を経て,91年より東芝・那須工場X線技術部部長,その後経営変革統括責任者,統括技師長などを歴任。2008年,東芝メディカルシステムズ(株)代表取締役社長を経て,2010年7月より現職。

(インナービジョン2011年3月号より転載)
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