METISからの提言―日本の医療機器・技術によるヘルスケア戦略―
第3回 新しい医療機器開発への期待 群馬大学大学院医学系研究科 放射線診断核医学分野教授 遠藤啓吾
はじめに
画像診断装置,医療機器の進歩は目覚ましく,病気の正確な診断に単純X線,CTや超音波診断,MRIなどの画像診断が欠かせなくなった。医師になって40年になるが,当時このような画像診断の時代になるとは誰も予想していなかった。それではこれから10年後,20年後の医学,医療機器はどうなっているだろうか。
CT装置がEMIという英国のレコード会社で開発されたように,ある日突然,医療と何の関係もないところから画期的な医療機器が発表されたりする。本稿の執筆を良い機会として,10年後,20年後に向けて,医療現場から医療機器業界への要望,期待を述べる。
画像診断装置の進歩

レントゲンがX線を発見し,骨の診断に利用されるようになったのは1895年(明治28年)末の,今から115年も昔のことである。現在の骨,肺のX線撮影もその原理は同じで,その写真もあまり差がないとも言える。ただ違うのは,アナログ写真からデジタル写真になったことだ。テレビがアナログからデジタルテレビになり画質が美しくなったのと同じように,医学で使うデジタル画像もこれまでのアナログ画像よりもはるかに美しい。

日本の医療の長所の一つは,日本国内で医療機器を製造していることである。国産メーカーならば装置の改良をお願いすると速やかに反応してくれるし,新しい装置が開発されれば真っ先に紹介し,世界で初めて患者に使うこともできる。研究者は国産医療機器メーカーを必死で育てなければならない。

コンピュータ,通信技術の進歩

現在は病院ごとにカルテ,画像,臨床検査が行われ,病院ごとに保管されている。しかし10年後には,日本中の病院で 「一人の患者には1つのカルテ」,「患者の画像データにはどこの病院からでもアクセスできる」ようになっていることであろう。すべての病院情報をネットワークでつなぐべきである。今は他科で処方した薬剤,あるいは採血した検査結果を,コンピュータ端末で見ることができるようになった。この電子カルテ,ペーパーレスと呼ばれるシステムも,多くの病院に普及したのは,わずか数年前のことである。20年前,新しい大学病院に赴任すると,診療科によってカルテの書き方はもちろん,カルテの大きさも違っていた。ある内科は大きい「B4」のカルテ。他の診療科は「A4」のカルテ。カルテの大きさを1つにできないほど,各診療科の壁は厚かった。また,頭のCT,MRIにしても,どちらを右にするか,左にするか,同じ病院内でも装置によって異なっていた。頭部CTは上から見た像に,頭部MRIは下から見た像に,となっていたのは,脳外科医が手術する際に好都合なように,上から下を見たCT画像が欲しいからであった。それほど各診療科間の協力は難しいし,病院間,病院・診療所間の協力は,外から想像できるほどやさしいものではない。

しかし現場では,膨大な患者データの保存,保管・管理の事態は急を告げている。群馬大学病院ではCT装置が11台(うち画像診断専用4台),MRI 4台,核医学のSPECT 3台,PET/CT 2台ある。さらに単純X線撮影装置,血管撮影装置などを有しているし,超音波診断装置にいたっては大学病院に何台あるか,誰も正確に答えることが難しいほど,各診療科の外来,病棟で使われている。

家庭用カメラがデジカメになり,いつの間にかフィルムがなくなったように,病院内で発生する画像もすべてデジタル画像となり,これまでのフィルムからコンピュータでの読影となった。いわゆるPACSと呼ばれるもので,大病院ではフィルムはもはや使われていない。しかし,この毎日発生する膨大な画像データをどう保管・管理するかが問題で,これら画像データの管理に要する労力と多額の費用に音を上げている。病院では患者データの保管が5年間義務付けられており,要望があればいつでも速やかに提供しなければならない。

患者データを日本のどこかで保管して,どこの病院からでも,いつでも見られるようにできないのだろうか。アマゾンで本を購入すると,よく似た本が紹介されるように,診断の難しい患者の画像とよく似た画像をすぐ探せないだろうか。

撮影したCT,MRIなど画像のデータ保管のために各病院は膨大な費用を支払っている。画像データ以外に検査データ,薬の効果,副作用などの資料もあるが,これらの患者データは次世代医療機器開発,新薬開発のための貴重な資料の宝庫である。国民皆保険のわが国は一気に進みやすい。医療費請求事務のオンライン化も,医師会の強い反対にもかかわらず瞬く間に完了した。欧米で病院間協力が予想外に進んでいないのは,日本のような国民皆保険でないことも関係していよう。

新しい医療機器の開発

CT,MRI,PET,超音波診断装置など,花形の画像診断装置も開発されてから30年以上が経過した。では,次の時代の画像診断装置は何だろうか? 

超音波検査で必須となっているドプラ装置の原理は,1842年に発表されたドプラの「ドプラ効果」の技術が使われている。ウィーン大学構内に著名な学者の墓があると聞き,旅行のついでに見学に行ったところ,ドプラの銅像を見つけたが,死後160年,「ドプラ効果」が発見されてから170年近く経っている。また,ドプラの教え子のメンデルは遺伝学者だが,「メンデルの法則」も死後50年経ってから初めて評価されるようになった。

CT,MRI,超音波診断装置などに続く,次の時代の画像診断装置は何か? まだ何も見えてこない。その基礎となる基礎研究の評価は難しいし,その研究がいつ花開くかまったく予測できない。現在使われている画像診断技術は,30年以上のはるか前に開発されたものが,やっと日の目を見ているのである。

国家予算も科学研究費も限られている。この限られた予算を薄く多くの研究者に配るか,あるいは重点的に特定の小人数の研究者に配るかという問題があるが,最近の科学研究費の配分は,優秀な少数の研究者に大型の予算を配るようになった。その反動でいくつかの大学の研究者は研究費が不足し,さらには学生実習の費用もなくなってきた。つまり,ひと握りの優れた研究者に多くの研究費を配るか,あるいは多くの研究者に少しずつ研究費を配分するかの選択であり,研究費を多く受け取れる研究は,すぐ役立ちそうなものばかりになる。一方,いつ日の目を見るかわからない基礎研究には,研究費は配分されにくい。

審査する人にとっても明日の成長分野,これからの日本の医療がどうなっているか判断できない。医療の分野で,国がこれまで行った研究費の重点配分,産業政策も成功したとは言い難い。企業経営者にとっても,次にどのような研究をすれば企業が発展するか,次世代の医療機器はわからないのが本音でなかろうか。

「政府が何もしないこと」が最も有効な成長戦略との論もあるようだが,一理ある考えである。基礎研究に幅広く研究費をつければ,日本人はさまざまなアイデアを出す。日の当たらない基礎研究に,たとえ少額でも予算を配分しておくと,いつの日かその中から花を咲かせ,将来の日本の科学技術が発展するだろうことを期待する。

ベンチャー企業の創業,活性化

新しい薬の開発が世界中で進んでいない。日本の大手製薬企業は1社で年間2千億円,5年間だと1兆円の研究開発費を使っているが,それでも画期的な新薬が開発できないのである。最近の新薬の開発は,大手製薬企業よりもむしろ,ベンチャー企業で発見されたものの方が多くなってきた。ベンチャー企業なので三振も多いが,ごくまれにホームランを放つ。ホームランの可能性があると思えば,大企業はベンチャー企業を買収し,その製品を大きく育てればよい。薬の分野ではわが国ですでに500社のベンチャー企業が誕生している。欧米ではいくつもの医療機器,医療装置のベンチャー企業があるが,日本の画像診断装置,医療機器分野ではいかがだろうか。

残念ながら,わが国では放射線医療装置,医療機器のベンチャー企業をほとんど見かけない。欧米では多くのベンチャー企業が成功を収めているのに,日本では放射線医療機器のベンチャー企業が創業されない。リスクに厳しい日本の文化の反映だろうし,失敗してもやり直せる文化が必要だ。

また,新しい装置を開発しても,その認可を得るのに多くの費用と長い時間を要する。昔に比べると随分整備され,改善されてきているが,それでも今なお,審査には多くの資料を要求されている。新しい医療機器の審査をお手伝いしたことがあるが,役所から膨大な審査資料が送られてくる。資料が多い審査の場合,送られてきた審査資料の紙の厚さが,なんと32cm。膨大な審査資料を作る手間ヒマには頭が下がるが,もっと簡素化できないのだろうか。さすが日本は便利な国で,膨大な資料のコピーをお願いすると翌日までに仕上げてくれるコピー会社があるそうだ。膨大な審査資料も,あくまで完璧なものを求める日本の文化ではないかと思うようになってきた。その裏では,承認を得るまでに必要な,欧米に比べて数倍という高い費用,認可までに要する長い時間が発生することになる。

残念ながら,日本の企業数は1980年代の532万社がピークで,現在では420万社となり100万社も減っているという。日本の現状はベンチャー企業を創業,存続するのは困難かもしれない。だからこそ,これまでにないまったく新しい発想のベンチャー企業を支援したいし,そのようなシステムを速やかに構築してほしい。大企業によるベンチャー企業の買収も,外国のベンチャー企業相手ではなかなかうまくいかないという。国内のベンチャー企業ならば正確な情報が得られ,企業買収の失敗も少ないことだろう。

おわりに

目覚ましい画像診断の発展の反面,医療機器のあまりの進歩,膨大な患者データ,増大する仕事量に,医師・職員の不安や疲弊も著しい。われわれ医療現場の毎日の業務が楽になり,患者の診療に役立つ医療機器,装置を作ってほしいという,現場からの要望,期待は強いのである。

◎略歴
1970年,京都大学医学部卒業後,同大学医学部附属病院放射線科研修医。坂出回生病院(香川県)勤務,ハーバード大学ベスイスラエル病院(米国,ボストン市)留学,京都大学医学部核医学科助教授を経て, 91年〜群馬大学医学部教授として現在に至る。

(インナービジョン2010年10月号より転載)
METISからの提言 トップへ インナビネット トップへ