国立がん研究センターとAMED,リキッドバイオプシーによるがん個別化医療の実現を目指す新プロジェクト「CIRCULATE-Japan」始動
-見えないがんを対象にした世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験を開始-
2020-6-10
●発表のポイント
- 外科治療が行われる大腸がん患者に対し,リキッドバイオプシーによるがん個別化医療の実現を目指すプロジェクト「CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)」を新たに立ち上げた。
- 国内外約150施設の協力を得て,見えないがん(術後微小残存病変*1)を対象にした世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験を実施する。
- 大腸がん患者約2,500名を対象に,患者毎にがん由来の遺伝子異常を同定して,患者個々のオリジナル遺伝子パネル*2を作製し,定期的にその遺伝子異常が存在するか調べる。
- 見えないがんに対してリキッドバイオプシーによる再発リスク評価の臨床的有用性が証明できれば,術後補助化学療法の省略または減弱,再発の早期発見等,より最適な医療の提供が実現する。
●概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区)東病院(千葉県柏市)は,大腸がん(結腸・直腸がん)の外科治療が行われる患者を対象に,血中循環腫瘍DNA(ctDNA)*3を検査する技術(リキッドバイオプシー)によるがん個別化医療の実現を目指すプロジェクト「CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)」(研究代表者:東病院消化管内科長吉野孝之)を開始した。
CIRCULATE-Japanは,産学連携全国がんゲノムスクリーニング事業「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」*4の基盤を活用し,見えないがん(術後微小残存病変)を対象に,国内外約150施設(台湾1施設を含む)が参加する,世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験を実施する。根治的外科治療を予定している大腸がん患者約2,500名を対象に,患者毎にがん由来の遺伝子異常を同定し,患者個々の遺伝子パネルを作製後,定期的に血液を採取して,その遺伝子異常が存在するか調べる。
従来,大腸がんの手術後には,病期(ステージ)から推定される再発リスクに応じて,再発を予防する目的で術後補助化学療法が標準的に行われてきた。しかし患者によって薬の効果や副作用に違いがあり,特に末梢神経障害(手足のしびれ)が後遺症として残ることが問題であった。本プロジェクトでは,米国Natera社が開発した高感度遺伝子解析技術「Signatera(シグナテラ)」アッセイ*5を用いることで,患者毎により高精度に術後の再発リスクを推定することを目指す。
CIRCULATE-Japanを通してリキッドバイオプシーによる再発リスク評価精度とその臨床的有用性が示されれば,術後補助化学療法の効果がより期待される患者のみを選別することが可能となり,不要な治療を避けることで副作用や後遺症を軽減することができる。また,本検査は身体に負担の少ない採血で繰り返し測定可能となるため,がんの再発をより早期に発見できることが期待される。
本研究により得られたがんゲノム情報および臨床情報は,大規模データベースとして統合され,新たながん診断・治療薬の研究開発に役立てられる。また,全国の医療機関や企業と連携し複数の臨床試験を併行して実施するため,EPSホールディングス(株)と共同で運営業務を行う。新しい臨床研究開発基盤に相応しい新たな支援体制を構築し,プロジェクトを推進していく。
国立がん研究センター東病院長大津敦氏は,「CIRCULATE-Japanは最新のリキッドバイオプシー技術を用いて,真に抗がん剤による術後補助化学療法が必要な患者に適切な治療法を選別する画期的な研究であり,がん治療全体のパラダイムシフトを日本が世界をリードして実現することが期待されています。」と述べている。
本プロジェクトを通じて,患者一人ひとりに対してより最適な医療の提供と,がんの遺伝子異常に基づいた個別化医療の実現を目指す。
なお本プロジェクトの運用は,日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業の支援を受け,実施している。
●背景
外科治療が可能な大腸がんは,手術を行いがんの治癒を目指す。さらに,手術の病理組織検査によって判明するがんの術後ステージによって再発リスクを推定し,術後補助化学療法が行われる。しかし,ステージに基づく再発リスクの推定だけでは,本来必要がない患者にも再発リスクの高い患者と同じ治療が実施されているのが現状。
近年,より精密にがんの再発リスクを推定する手段として,採取した血液から血中循環腫瘍DNA(ctDNA)を解析し,診断治療へ応用する「リキッドバイオプシー」の研究開発が進んでいる。米国Natera社が開発した超高感度遺伝子解析技術「Signatera」アッセイは,術後の再発リスクの推定や再発の早期発見の実現が期待されている。
国立がん研究センターでは,2015年2月に産学連携全国がんゲノムスクリーニング事業「SCRUM-Japan」を立ち上げ,切除困難な固形がん患者を対象に,がん遺伝子異常を調べるプロジェクトに取り組んできた。現在,全国から200を超える医療機関と17社の製薬企業や診断薬企業が参画し,アカデミアと臨床現場,産業界が一体となって,日本のがん患者の遺伝子異常に合った治療薬や診断薬の開発を推進している。
今回新たにSCRUM-Japanの基盤を活用し,国内外約150施設の協力を得て,外科治療が行われる大腸がん患者に対し,最適な医療を提供するための新しいプロジェクトとしてCIRCULATE-Japanを立ち上げた。
◆CIRCULATE-Japanの位置づけ
●CIRCULATE-Japanプロジェクトの概要
1. 世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験の実施
2020年5月8日より,根治的外科治療可能の結腸・直腸がんを対象としたレジストリ研究(GALAXY試験)の登録を開始した。本研究には,国内外約150施設(台湾1施設を含む)が参加している。本研究では,根治的外科治療を予定しているステージ2期から4期を含む大腸がんの患者約2,500名を対象に,術後2年間,リキッドバイオプシーを用いた再発のモニタリング検査(Signatera検査)を行う。手術で取り出した腫瘍組織を用いた全エクソーム解析*6の結果をもとに,患者オリジナルの遺伝子パネルを作製する。その後,術後1か月時点から定期的に血液を採取し,患者毎のオリジナル遺伝子パネルを用いて,血液中のがん遺伝子異常の有無を調べる。
さらに,術後1か月時点でがん遺伝子の異常が検出されないステージ2期から3期の患者1,240名を対象に,従来の標準的治療である術後補助化学療法群と経過観察群とを比較する第Ⅲ相試験(VEGA試験)も同時に登録を開始する。
2.新しい臨床研究開発基盤の構築
本プロジェクトでは,臨床試験を連動させることで,同時並行でより多くの患者の新しい診断治療法の開発が可能となる。この大規模かつ複雑な臨床試験実施体制を構築するには,アカデミアと研究支援企業との緊密な連携が不可欠。また,長期間の追跡によって得られた貴重な臨床・遺伝子情報の品質担保とプロジェクトの円滑な推進のため,EPSホールディングスと国立がん研究センターは共同研究契約を締結し,この新しい臨床研究開発基盤に相応しい新たな支援体制の構築を目指す。
【実施予定期間】
研究期間:2020年4月1日〜2030年3月31日
【対象症例】
根治的外科治療を予定している結腸・直腸がん(他臓器への遠隔転移を有する患者も含む)
【目標症例数】
2,500例
【解析手法】
Natera社のSignatera™を用いた血中循環腫瘍DNA(ctDNA)のスクリーニング
【参加医療機関】
2020年6月2日現在
・国内145施設(準備中の施設を含む)
・台湾1施設
【参加企業】
2020年6月2日現在,共同研究契約締結済み企業,五十音順
・EPSホールディングス(株):GALAXY・VEGA試験の運営業務のサポート
・(株)エスアールエル:検体の管理・運搬・保管等
・(株)TeDaMa:データ収集環境の提供,構築並びにデータ収集時の運用
・(株)ファルコバイオシステムズ:資材の搬入,MSI検査と予後情報との統合解析
・Natera社(米国):Signatera検査の実施
【用語解説】
*1 術後微小残存病変
患者の体内にまだ残っているだろうと想定されるがん病変(細胞)のこと。現在の画像診断技術や腫瘍マーカー検査では無再発と判断される。
*2 遺伝子パネル
患者のがんの診断や治療に役立つ情報を得るために,最新の解析技術を用いて,一度に複数の遺伝子異常を調べる検査法のこと。
*3 血中循環腫瘍DNA(ctDNA)
血液中にごく微量に存在するがん由来のDNA。
*4 SCRUM-Japan(Cancer Genome Screening Project for Individualized Medicine in Japan)
2013年に開始した肺がん患者を対象としたLC-SCRUM-Japan(現:LC-SCRUM-Asia)と,2014年に開始した消化器がん患者を対象としたGI-SCREEN-Japan(現:MONSTAR-SCREEN)が統合した,産学連携がんゲノムスクリーニングプロジェクト。固形がん患者を対象に,がんの遺伝子異常を調べるプロジェクトであり,2015年2月の設立以降,約1万例を超える進行固形がん患者が研究に参加。本プロジェクトの成果として,すでに8つの新薬と9つの体外診断薬の薬事承認を取得している。全国から200を超える医療機関と17社の製薬企業や検査会社が参画し,アカデミアと臨床現場,産業界が一体となって,日本のがん患者の遺伝子異常に合った治療薬や診断薬の開発を行っている。
参考:
・SCRUM-Japan http://www.scrum-japan.ncc.go.jp/index.html
・プレスリリース「産学連携全国がんゲノムスクリーニング「SCRUM-Japan」第三期プロジェクトを開始」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2019/0912_1/index.html
*5 「Signatera」アッセイ
Natera社が開発中の,血液を用いた微小残存腫瘍検出専用の遺伝子パネル検査(アッセイ)。患者の腫瘍の遺伝子異常をもとに,約16遺伝子を標的とする患者オリジナルの検査試薬を作製し,これを用いて,血液中にがん由来のDNAが含まれているかを次世代シークエンサー法により解析する。
*6 全エクソーム解析
ゲノム中のエクソン領域(遺伝子のうち,タンパク質の遺伝情報をコードしている領域)のみを抽出して解析する方法。エクソン領域は全ゲノムの1.2%で,がんの原因となる多くの遺伝子異常は,エクソン領域の異常により引き起こされると推定されている。
●問い合わせ先
◆患者・医療関係者・企業からの問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
臨床研究支援部門トランスレーショナルリサーチ支援室担当:束岡広樹
Eメール:circulate_support@east.ncc.go.jp