横浜市立大学日本医療研究開発機構,脳機能を担うAMPA受容体をヒト生体脳で可視化
-『Nature Medicine』に掲載-

2020-1-21


横浜市立大学学術院医学群生理学高橋琢哉教授,宮﨑智之准教授らの研究グループは,国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構,慶應義塾大学医学部らとの共同研究により,脳の機能を担う最重要分子であるAMPA受容体*1を,生きているヒトの脳で可視化する陽電子断層撮影(Positron Emission Tomography:PET)用のトレーサー(化合物)*2の開発に成功した。

AMPA受容体は脳の働きを支える重要な分子であり,この分子をヒトの生体脳で可視化することにより,これまでブラックボックスであった精神・神経疾患の病態解明や,その情報を根拠にした革新的な診断・治療法の開発が飛躍的に進むと期待される。現在このPETトレーサーを用いて,てんかん診断薬の薬事承認を目指し,横浜市立大学附属病院を主機関として,全国 8施設の多施設共同で医師主導治験を行っている。

●研究の背景と経緯

脳には1000億個以上の神経細胞が存在し,それらが電気信号を伝達することで情報をやりとりし,機能している。伝達が行われる細胞と細胞の間には「シナプス*3」とよばれる構造があり,発信側の細胞から分泌された「神経伝達物質」が受け手の細胞の「受容体」に結合することで情報が伝わる。グルタミン酸は興奮性の情報を伝える神経伝達物質の一つであり,記憶や学習など脳の高次機能に重要な役割を果たしている。本研究の対象となっているAMPA受容体はこのグルタミン酸の主要な受容体の一つであり,中枢神経系(脳および脊髄)に広く分布している(図1)。
AMPA受容体の生理や機能,精神・神経疾患との関連については,実験動物を用いた基礎研究から多くの知見が得られていた。しかし,それらをヒトの病気のメカニズムの理解や,科学的な根拠に基づいた診断・治療に活かせず,精神・神経疾患の診断や治療効果の判定に際しては,症状の観察や心理検査・脳波検査 *4などに頼るしかなかった。その最大の理由として,脳の機能を担う主役であるAMPA受容体を,ヒトの生体脳で観察することができず,病態の本質がブラックボックスであったことが挙げられる。本研究はこの問題を解決するための取り組みである。

図1 AMPA受容体のシナプス移行

図1 AMPA受容体のシナプス移行

シナプス膜上にイオンチャネルを形成
  ↓
神経伝達物質であるグルタミン酸がシナプス前神経から放出され,シナプス後神経のAMPA受容体に結合
  ↓
シナプスが応答するため,シナプス膜上のAMPA受容体の数が増えると更に応答が増強

 

●研究の内容

本研究グループは,ヒトの生体脳内で AMPA受容体を可視化する陽電子断層撮像( Positron Emission Tomography:PET)用のトレーサー(化合物: [11C]K-2)を世界で初めて開発した。そして,この物質を動物に用いた前臨床研究と,健常者とてんかん患者に協力いただいた臨床研究により, [11C]K-2が生体内でAMPA受容体を特異的に認識していることを証明した。更に,てんかん患者の病巣(焦点)においてAMPA受容体が多く集積することが観察された。(図2

図2 てんかん焦点の可視化

図2 てんかん焦点の可視化

てんかん手術を受ける患者の臨床上の病巣(焦点)(白矢印頭の部位)において [11C]K-2の画像値が高くなっている,つまり AMPA受容体が多く集積していることが理解できる。

 

●今後の展開

AMPA受容体をヒトの生体脳で可視化できたことにより,精神・神経疾患の生物学的な基盤を分析し,その発症原因を説明することが可能になり,科学的根拠に基づいた革新的な診断・治療法の開発が格段に進むと期待され,現在,今回開発した PET用のトレーサー(化合物: [11C]K-2)について,てんかんの病巣(焦点)の診断薬として薬事承認を目指し,横浜市立大学附属病院を主機関として,多施設共同で医師主導治験を実施している。また,同研究グループが昨年発表した脳卒中後のリハビリテーションの効果を促進する化合物(edonerpic maleate)(Abe et al. Science 2018)の治験にも, [11C]K-2が機能回復のバイオマーカーとして応用されている。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/amedrc/news/20180406Takahashi.html

用語説明
*1 AMPA受容体:人工アミノ酸である AMPA(α -アミノ -3-ヒドロキシ -5-メソオキサゾール -4-プロピオン酸)を選択的に受容することから名づけられた,脳の働きを担う主役である分子。脳内の情報処理の中心的な役割を担う神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つであり,シナプス膜上にイオンチャネルを形成している。グルタミン酸が AMPA受容体に結合すると,細胞内にイオンが流入しシナプスが応答するため,シナプス膜上の AMPA受容体の数が増えると更に応答が増強する。シナプス応答の変化は,記憶学習をはじめとした脳内の情報処理の変化における中心的なメカニズムであることが知られている。
*2 陽電子断層撮影(Positron Emission Tomography:PET)用トレーサー:陽電子検出を利用したコンピューター断層撮影技術が陽電子断層撮影(PET)。この技術を使うと,放射性ラベルした化合物を検出することができる。本研究の場合,AMPA受容体に特異的に結合する化合物を放射性ラベルし(PET用トレーサー), PETを用いて撮像することにより, AMPA受容体の量をヒト生体脳で定量化できるということになる。
*3 シナプス:神経細胞同士をつなぎ神経細胞間の情報伝達の中心を担う構造体。神経細胞が活性化すると,その神経細胞のシナプス前末端から放出された神経伝達物質が別の神経細胞のシナプスにある受容体に結合することで情報が伝わる。
*4 心理検査・脳波検査:精神・神経疾患の診断や治療効果の判定に用いる検査は,知覚や記憶,気分や性格,発達の状態を調べる心理検査や,脳の電気的興奮を頭の表面から記録する脳波検査を行う。

※本研究は,『Nature Medicine』に掲載される。(英国時間 1月20日午後4時付:日本時間 1月21日午前1時付オンライン)

※ 本研究は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム・臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)「AMPA受容体標識 PETプローブを用いた精神神経疾患横断的研究」の助成を受け,AMED革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)「AMPA受容体の解析を用いたタウオパチー病態における神経回路変化の動的観察」ならびに「脳血管障害とパーキンソン病における脳神経回路障害とその機能回復に関わるトランスレータブル脳・行動指標の開発」,AMED橋渡し研究戦略的推進プログラム「(放射性標識)新規AMPA受容体 PETイメージング製剤によるてんかん焦点同定の補助診断薬としての臨床開発」,イノベーションシステム整備事業「翻訳後修飾プロテオミクス医療研究拠点の形成」の一環として実施された。

 

●問い合わせ先
(取材対応窓口,詳細の資料請求など)
公立大学法人横浜市立大学研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL 045-787-2510
E-mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp

(AMEDの事業について)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 戦略推進部脳と心の研究課
TEL 03-6870-2222
E-Mail:brain-pm@amed.go.jp


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