技術解説(シーメンスヘルスケア)

2019年9月号

Step up MRI 2019

MR fingerprinting ─MRIの新しい定量化へ向けて

井村 千明[シーメンスヘルスケア(株)ダイアグノスティックイメージング事業本部MR事業部]

MRIの撮像技術は,多様な画像コントラストや静音性などさまざまな面での発展をしてきた1)が,なかでも最も早く,幅広い発展を見せたのは撮像時間の短縮化であろう(図1)。また,近年,診断画像から読み取れる情報をディープラーニングで解析し,結果をプレシジョンメディシンに利用するという研究も多く出されている。本稿では,これからの診断情報において求められる新しいMRIのあり方の一つの解とも考えることのできるMR fingerprinting(以下,MRF)について紹介する。

図1 MR撮像高速化技術の発展1)

図1 MR撮像高速化技術の発展1)

 

●データ収集と再構成

MRFは,2012年のInternational Society for Magnetic Resonance in Medicine(ISMRM)において,Maらによって発表された2),3)。MRFの特性は,T1やT2などの定量値を1スキャンで得られる点である。複数の信号パターンを同時に収集して,後処理で画像コントラストを作成するsynthetic MRIと言われる手法と異なり,最適化されたシーケンスにより得られる信号パターンから,特定の組織の定量値を抽出する点が特徴である。この時,指紋照合をするように,特定の組織の信号パターンを膨大なデータベース(MRFにおけるdictionary)から抽出しており,この一連の動作から“fingerprinting”と呼ばれている。
MRFのデータ収集では,繰り返し時間(以下,TR)とフリップ角(FA)を疑似的ランダムに印加し,TRごとに得られるvariable density spiral(VDS)と言われるトラジェクトリをk-space内に充填し,フーリエ変換して各TRの画像を得る(図2)。
TRごとに計算した画像をTR indexの順に並べると,各ピクセルに対応する信号変動の軌跡がわかる。その信号パターンと,dictionary(データベース)にある信号のパターンとを照合する4)
MRFの再構成において重要なのは,1つのSNRが良い画像そのものではなく,TRごとに数百回以上繰り返し得られた信号変動の軌跡ということである。したがって,そのうちの数個の画像において多少の画像の乱れやSNR不足があっても,信号変動さえとらえることができればよい。
既知のdictionaryと,新たに得られたパターンを照合する作業や,パターンの一部に乱れがあっても全体として認識できればよいという点で,犯罪捜査などで用いられる指紋照合の流れと似ていることが,“MR fingerprinting”と呼ばれるゆえんである。

図2 MRFのデータ収集から再構成の流れ 2A:FAとTRを繰り返しごとに変えることで特定の信号変動パターンが得られる。 2B:最初の数回の繰り返し部分の拡大。TRごとにVDSを取得する。 2C:各VDSに対応する画像を再構成した例 2D:2AのFAとTRからシミュレートされた組織ごと(CSF,脂肪,白質,灰白質)の信号変動パターン例 2E:シミュレーション(2D)と実測(2F)のパターンマッチング 2F:撮像された画像の1つのボクセルから実測された信号変動パターン 2G:各ボクセルでマッチングされたパターンを基に,dictionaryから各値を読み出してマッピングした画像

図2 MRFのデータ収集から再構成の流れ
2A:FAとTRを繰り返しごとに変えることで特定の信号変動パターンが得られる。
2B:最初の数回の繰り返し部分の拡大。TRごとにVDSを取得する。
2C:各VDSに対応する画像を再構成した例
2D:2AのFAとTRからシミュレートされた組織ごと(CSF,脂肪,白質,灰白質)の信号変動パターン例
2E:シミュレーション(2D)と実測(2F)のパターンマッチング
2F:撮像された画像の1つのボクセルから実測された信号変動パターン
2G:各ボクセルでマッチングされたパターンを基に,dictionaryから各値を読み出してマッピングした画像

 

●Dictionaryの構築

MRFにおいて事前登録されている信号パターンであるdictionaryは,ある定量値を持った組織を最適化された撮像シーケンスによってスキャンした時のsignal evolutionを,ブロッホの方程式を用いてシミュレーションして作成している。この時の「ある定量値」の組み合わせはさまざまなものが考えられるが,Maらの報告3)では,{T1値,T2値,オフレゾナンス}の組み合わせから,56万3784個のsignal evolutionパターンをdictionaryとして作成している。この組み合わせはほかにも可能で,例えば{T1値,T2値,拡散}というものも考えられる。
このdictionaryを撮像対象の部位や疾患ごとに構築できれば,広い範囲に応用できる。そのためには,T1値,T2値を何ミリ秒ごとのデータセットにすればよいか,また,何ミリ秒〜何秒の範囲をカバーすればよいか,想定される値の細かさや範囲が多く,それに応じて値の組み合わせ数が増加する。そうするとdictionaryが膨大になり,結果として撮像後のパターンマッチングに時間を要してしまう。このため,MRFにおいては,対象部位ごとにシーケンスやdictionaryを変えたり,ある程度の精度に妥協するコンパクトなdictionaryにしたり,効率の良いマッチング手法が必要となってくる。
MRFにおいては,的確なシーケンスデザイン,dictionaryの構築方法やパターンマッチングのアルゴリズムといったものも研究の対象となっている。

●MRFの製品化

Siemens Healthineersでは,ISMRM 2019において,MRFを臨床用装置に製品版として搭載していくことを発表した。上述したように,最適化すべき点が多いため,製品化への搭載はしばらく先であろうと予想されていた中での発表だったため,学会の参加者には大きなインパクトをもって受けとめられた(図3)。
展示ブースで紹介されていたプレゼンテーションの中では,MRFのことを“It’s about collecting information, not images”ともコメントしており,MRIの定量値を用いた診断におけるMRFの方向性を示している。

図3 MRFによるデータ収集と解析結果の例(low grade astrocytoma) a:MRFにおける再構成画像例。上段:MRFによるT1,T2 map。下段:FLAIR画像とROIごとの値。FLAIR画像上でROIを設定すると,対応する位置のMRF画像上のROIの値を見ることができる。 b:MRF画像で読み取られた値を基に,縦軸にT2値,横軸にT1値をとってグラフ上にマッピングし,グラフ上の位置によって組織の特性を区別した例

図3 MRFによるデータ収集と解析結果の例(low grade astrocytoma)
a:MRFにおける再構成画像例。上段:MRFによるT1,T2 map。下段:FLAIR画像とROIごとの値。FLAIR画像上でROIを設定すると,対応する位置のMRF画像上のROIの値を見ることができる。
b:MRF画像で読み取られた値を基に,縦軸にT2値,横軸にT1値をとってグラフ上にマッピングし,グラフ上の位置によって組織の特性を区別した例

 

MRFは,単に短時間に複数の定量化マップを得る技術ではなく,人工知能と親和性の良い定量的な情報を短時間に安定して得ることができる。その結果の一つとして,プレシジョンメディシンへの活用が期待できる。

●参照文献
1)Sodickson, D., et al. : The rapid imaging renaissance ; Sparser samples, denser dimensions,and glimmerings of a grand unified tomography. Proc. of SPIE, 9417, 94170G-2, 2015.
2)Ma, D., et al. : MR Fingerprinting(MRF) ; A Novel Quantitative Approach to MRI. Proc. ISMRM, 20, 288, 2012.
3)Ma, D., et al. : Magnetic Resonance Fingerprinting. Nature, 495, 187〜193, 2013.
4)Coppo, S., et al. : Overview of Magnetic Resonance Fingerprinting. MAGNETOM FLASH, 65, 12〜21, 2016.

 

●問い合わせ先
シーメンスヘルスケア株式会社
コミュニケーション部
〒141-8644
東京都品川区大崎1-11-1
ゲートシティ大崎ウエストタワー
TEL:0120-041-387
https://www.siemens-healthineers.com/jp/

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