技術解説(シーメンスヘルスケア)
2015年11月号
Magnetic resonance fingerprintingとその最新動向
川口 浩和/小森 芳秋(シーメンス・ジャパン株式会社 リサーチ&コラボレーション部)
はじめに
時は紀元前,中国では個人を認証するものとして「指紋」がすでに用いられていたとされている。竹簡を束ねて保存する際に,著者の氏名と指紋を捺印した粘土を張り付けることで,著者を証明していた1)。そして現在でも,同一の指紋を有する人物は2人としておらず,また指紋は不変であるという特性を利用して,われわれは個人を認識するための道具として多種多様な分野において指紋を用いている。指紋を有効に扱うためには,指紋を記録・認識する技術(本稿では包括して指紋認証と呼ぶこととする)が重要となる。指紋認証では,あらかじめ個人情報と1対1対応した指紋のデータベースを構築し,デバイスを用いて指紋のスキャンを行った際にそのデータベースと照らし合わせる。これによりスキャンされた指紋に対応した個人情報を取り出すことができる(図1 a)。
この指紋認証と同様のフレームワークをMRIの世界で実現可能とするのがmagnetic resonance fingerprinting2)(以下,MRF)である。
MRF
2012年の国際磁気共鳴医学会(以下,ISMRM)でCase Western Reserve UniversityのMaらによって初めて発表されたMRFは,T1, T2をはじめとするさまざまな定量値を1スキャンで計測することができる撮像法である3)。特に,注目すべきは,その画像化のプロセスにおいて従来のMRIの撮像とは一線を画すフレームワークを有した,革新的なコンセプトにある。
■原理
MRFでは,最適化されたシーケンスを用いた場合,1ピクセル内に内包される固有の組織からは一種類の固有の信号しか計測されない,という特性を利用して組織の定量値の抽出を行う。前述した指紋認証のフレームワークにおいて,「指紋」の代わりに「組織から計測されるMRI信号値」を,「指紋スキャンデバイス」の代わりに「MRI装置」を,「個人情報と1対1対応した指紋データベース」の代わりに「組織情報(定量値)と1対1対応したMRI信号値のデータベース(dictionaryと呼ばれる)」を置き換えることで,MRFのフレームワークが完成する(図1 b)。MRFのフレームワークは大きく分けて次の3つから構成されている。
・data acquisition
・dictionary design
・pattern recognition algorithm
以降では,Maらの発表内容2)を踏襲しつつ,MRFのフレームワークに関して解説していく。
■Data acquisition
Maらは,TRとFAを時系列で適切に擬似ランダム,もしくは正弦曲線状に変化させたIR-bSSFP(inversion recovery-balanced steady state free precession)法をベースとしたシーケンスをデータ収集に用いている(図2)。また,k-spaceのtrajectoryにはvariable density spiral(VDS)を採用している。ここで重要となるのは,k-spaceのx-y平面上において,1TRごとに1本のVDS trajectoryを描き,k-spaceが疎の状態のまま高速フーリエ変換にて画像化を行う。そして,次のTRで収集したデータは,前のTRで描かれたVDS trajectoryから7.5°回転させたVDS trajectoryを用いて高速フーリエ変換にて画像化していく。この工程をTRごとに繰り返すことでTRの数だけ画像が生成され,画像を順番に並べることで,画像の各ピクセル値がTRごとに時系列で変化している様子を知ることができる。この各ピクセルのTRごとの信号変化の軌跡を“signal evolution curve”と呼び,この信号変化の軌跡は各ピクセルで固有の軌跡を持つ(図3)。このことから,この信号変化の軌跡を“fingerprint”と呼ぶ。本手法が指紋認証に例えられる由縁である。
■Dictionary design
data acquisitionにて得られた fingerprintから各種定量値を求めるためには,fingerprintのデータベースとなるdictionaryが必要となる。指紋認証では,事前にスキャンした指紋をdictionaryの索引として登録している。一方MRFでは,MRFに最適化されたシーケンスチャートに則り,Bloch方程式(1)(2)を解くことでシミュレートしたfingerprintをdictionaryの索引として登録する。
Bloch方程式内には,さまざまな定量値を組み込むことができる。例えばT1,T2に着目する場合は,{T1,T2}の組み合わせを何通りも用意し,その組み合わせの数だけBloch方程式を解けば,その組み合わせに応じた索引を有するデータベースを作成することができる。Maらは{T1,T2,ΔB0}に着目し,56万3784通りの組み合わせのfingerprintをシミュレートしてdictionaryを構成している。われわれは,Maらの文献を参考にして,Bloch方程式からIR-bSSFPシーケンスにおけるfingerprintをシミュレートし,dictionaryの一例を作成した(図4)。ランダムに生成されたTRとFAの入力に対して,dictionary内に格納されているfingerprintが組織ごとに固有の軌跡を持つことが確認できる。
■Pattern recognition algorithm
ピクセル内の各種定量値を知るためには,data acquisitionで計測された各ピクセルのfingerprintとdictionary内に格納されているシミュレートされたfingerprintを照らし合わせる必要がある。つまり,パターン認識を行う。Maらはtemplate matchingという手法を用いて計測されたfingerprintに最も類似した軌跡をdictionary内から見つけ出し,シミュレートされたfingerprintにタグ付けされた各種定量値を抽出している。そして,最終的に画像内のすべてのピクセルにおいて同様の処理を行うことで,各種定量値mapを算出することが可能となる。
以上がMRFのコンセプトである。ここでMRFを“コンセプト”と呼ぶには理由がある。なぜなら,MRFを構成するフレームワークのデザインは一意に定まらず,Maらの手法もMRFの一例に過ぎないのである。例えば,シーケンスは必ずしもIR-bSSFP法である必要はなく,またBloch方程式に組み込むことができる定量値であれば,MRFに組み込むことができる。
ここまでMRFの基本原理について述べてきたが,後半ではMRFの最新の学会動向と今後の展望などについて触れておきたい。
学会動向
MRFは,2012年のISMRMに彗星のように現れSumma Cum Laudeを受賞,2013年にはNature誌に掲載された。そして今年2015年のISMRMでは,1つのセッションとして学会プログラムに組み込まれるまでになったことからも,MRFの学術的な注目度をうかがい知ることができる。
MRFに関する発表内容は,主にシーケンス開発である。T1,T2,ΔB0に限ればfast imaging with steady-state precession(FISP)やreversed FISP(PSIF)をベースとしたもの4),5),k-space trajectoryもVDSだけでなくCartesianタイプ6),また3Dのシーケンス開発7)などが試みられている。さらに,MRI特有の撮像時の音を音楽として奏でるようなシーケンスデザイン8)や,MRFにmulti-bandを組み込む9)など撮像の高速化の研究なども行われている。定量値についても,T1,T2,ΔB0だけに限らず,ADC,CBF,Nuclear overhauser effect(NOE),Amide-proton transfer(APT)といったさまざまな定量値をMRFで計測しようとする研究が増えている10)〜12)。そのほか,脳を中心として骨盤や関節,腹部へMRFを応用した臨床研究13)〜16)や,dictionaryのサイズ圧縮やパターン認識の時間短縮をめざした研究も行われている17),18)。
利点と課題
MRFの利点として,まずアーチファクトに対するロバスト性が挙げられる。MRFではfingerprintとdictionaryのパターン認識を採用しているため,スキャン中に生じたアーチファクトがfingerprint全体に影響を及ぼさない限り結果に影響しない。一時的なモーションアーチファクトに対するロバスト性はMaらが実証している2)。また,MRFではdictionary作成時にBloch方程式内にΔB0やB1を組み込むことができるため,装置の特性に依存せず定量値を計測することが可能となり,多施設共同研究などでの活用性が期待される。さらに,MRFはBloch方程式に組み込むことができる各種定量値を扱うことができるため,その自由度の高さから近年の研究ではさまざまなMRFのデザインが提案されつつある。
一方で,MRFの課題として撮像シーケンスの最適化の難しさがある。2015年のISMRMの発表ではシーケンス内でのTRとFAの変化パターンの違いで定量値の推定精度が大きく変わることが示唆されている19)。また,fingerprintの長さは撮像時間に比例するため,より短い撮像時間で高い精度の定量値mapを得ることも臨床的に重要となる20)。さらに,高空間分解能化や,一度に多くの定量値を取得したい場合における,dictionaryの圧縮とパターン認識の時間短縮も一つの課題である17),18)。
おわりに
MRFは,従来の撮像とはまったく異なる新しい“コンセプト”である。しかし,従来の撮像法とはあまりにも画像化プロセスが異なるため,その臨床的な有用性については議論の余地がある。しかし,新しい発想には議論がつきものであり,議論することでMRFはより良い技術へと進化していくだろう。MRFの登場はMRIにおける一つのブレークスルーであると確信し,今後の発展に期待したい。
●参考文献
1)Holder, E.H., Robinson, L.O., Laub, J.H. : The Fingerprint Sourcebook. Washinton, DC, US Department of Justice, Office of Justice Programs, National Institute of Justice, 2011.
2)Ma, D., Gulani, V., Seiberlich, N., et al. : Magnetic resonance fingerprinting. Nature, 495・7440, 187〜192, 2013.
3)Ma, D., Gulani, V., Nicole, S., et al. : MR Fingerprinting(MRF); A Novel Quantitative Approach to MRI. Proc. ISMRM, 288, 2012.
4)Jiang, Y., Ma, D., Seiberlich, N., et al. : MR fingerprinting using FISP. Proc. ISMRM, 4290, 2014.
5)Konar, A.S., Rao, R.R., Imam, S., et al. : Optimization of acquisition parameters for Magnetic Resonance Fingerprinting. Proc. ISMRM, 1687, 2015.
6)Eo, T., Jang, J., Kim, M., et al. : Tier-specific weighted echo sharing technique(WEST)for extremely undersampled Cartesian magnetic resonance fingerprinting(MRF). Proc. ISMRM, 3384, 2015.
7)Ma, D., Pierre, E.Y., Jiang, Y., et al. : Three-Dimensional MR Fingerprinting(MRF)and MRF-Music Acquisitions. Proc. ISMRM, 3390, 2015.
8)Ma, D., Gulani, V., Griswold, M. : Using Gradient Waveforms Derived from Music in MR Fingerprinting(MRF)to Increase Patient Comfort in MRI. Proc. ISMRM, 26, 2014.
9)Jiang, Y., Ma, D., Bhat, H., et al. : Use of pattern recognition for unaliasing simultaneously acquired slices in Simultaneous MultiSlice Magnetic Resonance Fingerprinting. Proc. ISMRM, 105, 2015.
10)Su, P., Mao, D., Liu, P., et al. : Arterial Spin Labeling without control/label pairing and post-labeling delay ; an MR fingerprinting implementation. Proc. ISMRM, 276, 2015
11)Jiang, Y., Ma, D., Wright, K., et al. : Simultaneous T1, T2, Diffusion and Proton Density Quantification with MR Fingerprinting. Proc. ISMRM, 28, 2014.
12)Geades, N., Gowland, P., Mougin, O. : CEST analysis via MR fingerprinting. Proc. ISMRM, 780, 2015.
13)Badve, C., Rogers, M., Yu, A., et al. : Quantitative Brain Tumor Mapping Using Magnetic Resonance Fingerprinting. Proc. ISMRM, 2254, 2015.
14)Cloos, M.A., Alon, L., Geppert, C., et al. : Rapid T1 and T2 mapping of the hip articular cartilage with radial MR fingerprinting. Proc. ISMRM, 113, 2015.
15)Gagoski, B., Ye, H., Cauley, S., et al. : Magnetic resonance fingerprinting for fetal imaging at 3T - initial results. Proc. ISMRM, 3429, 2015.
16)Chen, Y., Jiang, Y., Ma, D., et al. : Magnetic resonance fingerprinting(MRF)for rapid quantitative abdominal imaging. Proc. ISMRM, 561, 2014.
17)Pannetier, N., Schuff, N. : Kd-tree for Dictionary Matching in Magnetic Resonance Fingerprinting. Proc. ISMRM, 3389, 2015.
18)Li, Z., Berman, B.P., Martin, D.R., et al. : Efficient Dictionary Design for MR Fingerprinting using Tree-Structured Vector Quantization. Proc. ISMRM, 2499, 2015.
19)Hamilton, J.I., Wright, K.L., Jiang Y., et al. : Pulse Sequence Optimization for Improved MRF Scan Efficiency. Proc. ISMRM, 3386, 2015.
20)Lin, T.M., Chiu, S.C., Cheng C.C., et al. : Quantitative evaluation of the effect of reduction of signal acquisition number in MR fingerprinting. Proc. ISMRM, 3388, 2015.