技術解説(フィリップス・ジャパン)
2021年9月号
Step up MRI 2021 MRI技術開発の最前線
MRI検査の自動化,高速化,高品質化に向けたAI技術の適用
内海 一行/森脇 聡[(株)フィリップス・ジャパン プレシジョンダイアグノシス事業部]
人口知能(AI)がさまざまな領域で臨床現場をサポートしており,その応用範囲は年々拡張している。MRIにおいても,検査の標準化をめざしたワークフローの向上,日常検査に組み込みにくい煩雑な画像処理の実用化,撮像時間のさらなる短縮と画質向上,あるいは膨大なデータベースとの照合など,さまざまな応用例が挙げられる。本稿では,すでに実用の始まっている技術を中心に,AI関連技術の情報を含めて概説する。
■検査の標準化をめざしたワークフロー向上
現在,弊社のMRI装置では,操作者によらない安定した,再現性の高い検査をめざした“SmartWorkflow”ソリューションを提唱している。SmartWorkflowソリューションは,ガイド付き検査セットアップ機能の“VitalScreen”や,患者非接触型の呼吸検知システム“VitalEye”,患者のセンタリング・スキャンスタート・ローカライズの自動化などを複合的に組み合わせて,オペレータが患者に集中しやすい環境をサポートしている。なかでも,VitalEyeは赤外線カメラとAI技術のコンビネーションで患者の生体情報をモニタリングし,呼吸同期の撮像に用いることが可能な患者非接触型の呼吸検知システムである。ガントリ後部に搭載された赤外線カメラで,最大50ポイントの身体部位を認識し,微細な呼吸の動きを検知している。この非接触型のデバイスは,小児や妊婦,仰向けが困難な患者といった,呼吸センサの使用が難しい患者であってもスムーズな呼吸同期撮像が可能となる。すべてのポイントにおける呼吸状態の情報を蓄積することで,呼吸が不規則な患者においても正確な呼吸信号を検出するとともに,咳などの突発的な動きの信号は排除して同期を行うことが可能である。また,“SmartExam”は,ローカライズや後処理の自動化機能である。SmartExamは,3D surveyのデータからのグローバルマッチング,正中矢状断面の識別など,複数のステップを経て解剖学的ランドマークの決定を行っている。ここに,施設ごとに異なるローカライズの特性をシステムが学習する技術を組み合わせて自動化を実現している。頭部,脊椎,膝,肩,乳房と,広範囲の検査に適用可能である。以上,SmartWorkflowソリューションは,AI技術を用いてMRI検査全体に一貫性を持たせ,患者中心の効率化された検査環境を実現する(図1)。
■画像解析の自動化,精度・スピードの向上
心臓MRIは,虚血性心疾患や心筋症の評価をはじめ,多くの注目を集めている。特に,撮像と解析を組み合わせることで臨床的知見が広がる。画像解析の新しいソリューションとして,弊社ワークステーションである「IntelliSpace Portal(ISP)」の最新ソフトウエア“V12(ISP V12)”に,AI技術を搭載した心筋オートトレース機能が追加された。AI技術を用いたこの新アルゴリズムでは,左室(以下,LV),右室(以下,RV)の機能解析において,心基部(base)と心尖部(apex)のポイント指定や拡張末期(ED)/収縮末期(ES)の設定は必要なく完全自動化となった。また,オートトレースの精度は大幅に向上し,従来マニュアルでのトレースを余儀なくされていたRVも可能である。これにより,ejection fraction(EF)やstroke volume(SV)を短時間で算出する。今まで1症例あたり15~20分かかるLV/RV機能解析が,5分程度で完了できるようになった(図2)。手順が複雑で時間のかかる画像解析を,AI技術により日常使用を可能とする,本機能はその好例である。
■新たに質の異なる情報を生成
近年,MRIが放射線治療領域でも存在感を増してきている。“MRCAT(MR for Calculating Attenuation)”は,MRの特殊撮像と解析から,疑似的なCT画像を操作コンソールで自動作成する機能である。ここで作成された画像は,DICOM CTデータとして放射線治療計画装置へ送られ,従来のCTと同様に線量計算に用いられる。この手法は“MR only simulation”とも呼ばれ,(リアルの)CTを撮影しなくてよい,MRIとCT間でミスレジストレーションが発生しないという利点が生まれる。なかでも,頭部領域における“MRCAT Brain”では,AI技術を利用して画像の生成を行っている。具体的には,相当数のMR画像(mDIXON法)と同被検体のCT画像間でトレーニングを行い,これを教師データとしている。MRCATを有する施設では,患者のMR画像(mDIXON法)を撮像し,これをインプットとすることで,個々の患者のMRCAT画像をアウトプットとして得ることができる(図3)。MRCAT画像の特長として,連続的なHU値を有すること,また,空間分解能が高いことが挙げられる。AIによってまったく質の異なる情報を生成し,新たな価値を生み出す可能性を示した例である。弊社独自に力を注いで開発する領域であり,その適用範囲を拡張している。
■画像の計測精度の向上,膨大なデータベースとの照合
2021年4月に,株式会社CogSmart(コグスマート*1)と共同で発表した“BrainSuite”は,AI技術と医学・脳科学のエビデンスにより脳の健康状態を客観的に表し,特に将来の認知症リスクを可視化し,認知症の予防アドバイスを個人に提供するものである。ベースとなっているのは東北大学と弊社との共同研究である。海馬が認知機能に深くかかわっていることは周知のとおりである。BrainSuiteでは,この海馬体積をAI技術「Hippodeep(ヒポディープ)1)~3),*2」を用いてMR画像から高い精度で計測し,東北大学で蓄積した脳画像のデータベースに照らし合わせて,健常群の中で個人の相対的な位置を提示する(図4)。特に,30~40歳代の働き盛り世代を含めた早期段階から認知機能低下リスクを検出し,個々人に適した将来の認知症予防アドバイスを提供する。特に脳ドックとの組み合わせ利用を提案していく。
■MRIのさらなる高速化・高画質化への応用
AI技術を用いて主にMR画像のノイズ成分を低減し,視覚上の高画質化を行う手法がいくつか発表されている。画質改善へのAI利用にはさまざまな手法が混在するが,弊社が開発を進めているものとして“physics-driven”と呼ぶ手法が挙げられる4)。これは,AI技術を用いた高速MRIの,いわばオリンピックとも言える「FastMRI Challenge」で上位入賞グループが採用している手法である。本法による画像再構成は,ノイズ低減による視覚上の不自然さがきわめて少なく,また,極度にアンダーサンプリングされた画像からも高精度に画像再構成が可能なことから高速化への応用が可能である。画像ノイズの低減自体は,すでにOne-Go方式による “Compressed SENSE”で実現しており,高速化,高分解能化,高画質化の3点両立において多数の臨床実績を上げている。その先のレベルの高速・高画質化技術としてphysics-driven手法の画像再構成に期待がかかる。
◎
AI技術のさまざまな領域への応用は,今後も拡張していくことは論をまたない。MRI装置自体のベース・パフォーマンス向上や,新たな撮像法の開発と併せて進んでいくと思われる。
*1 株式会社CogSmartは,東北大学加齢医学研究所発の医療・ヘルスケアサービス企業。Brain Suiteは株式会社CogSmartの商標登録。https://cogsmartglobal.com/
*2 高精度の脳MR画像解析AIプログラム「Hippodeep(ヒポディープ)」
●参考文献
1)Thyreau, B., et al. : Segmentation of the hippocampus by transferring algorithmic knowledge for large cohort processing. Med. Image Anal., 43 : 214-228, 2018.
2)Nogovitsyn, N., et al. : Testing a deep convolutional neural network for automated hippocampus segmentation in a longitudinal sample of healthy participants. NeuroImage, 197 : 589-597, 2019.
3)Bartel, F., et al. : Regional analysis of volumes and reproducibilities of automatic and manual hippocampal segmentations. PLoS One, 12(2): e0166785, 2017.
4)Pezzotti, N., et al. : An adaptive intelligence algorithm for undersampled knee MRI reconstruction. IEEE Access, 8(2020): 204825-204838, 2020.
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