技術解説(フィリップス・ジャパン)

2020年9月号

Step up MRI 2020 MRI技術開発の最前線

「Ingenia Ambition 1.5T」が提案するMRIの新たな可能性

2019年より販売している「Ingenia Ambition 1.5T」は,ヘリウムフリー*を実現した「BlueSealマグネット」が搭載され,将来的に供給不足となる可能性が危惧されているヘリウムへの依存がなく,これまでにないMRI運用を提供する装置である。本稿では,Ingenia Ambition 1.5Tがもたらす新しいMRI運用,患者中心の検査環境,ならびに最新技術の可能性について紹介する。

●BlueSealマグネット ─ ヘリウムフリーマグネットが提供する新たなMRI運用

Ingenia Ambition 1.5Tは,わずか7Lのヘリウムで超電導状態を維持するBlueSealマグネットを搭載する(図1)。BlueSealマグネットの技術的特長は,液体ヘリウムがマグネット内に密封されていることであり,この密封された液体ヘリウムは,クエンチにより気化した場合でもマグネット外へ排出されることがない。このため,一度気化したヘリウムを再利用することができ,−269°Cまで冷却することで超電導状態に戻すことが可能となる。このことにより,一時的な消磁と励磁が可能となる新しいサービス機能“EasySwitch Solution”が搭載され,予期せぬ吸着事故が発生した場合でも一時的に磁場を落とし,安全に吸着物を取り除いた後に磁場を回復することができるようになる。また,消磁・励磁を行う際にヘリウムを補充する必要がなく,コスト負担や検査運用におけるダウンタイムを最小限に抑えることができる。予期せぬ吸着事故などが発生した際,コスト負担やダウンタイムの延長が経営面におけるリスクとなりうるが,BlueSealマグネットはヘリウムへの依存がなく,長期的視点におけるコスト負担の少ないMRI運用が可能である。さらに,ヘリウム排気管(クエンチパイプ)の設置が不要であること,従来マグネットと比較して約900kgの軽量化が図られていることも特長であり,建物の構造上の制限でヘリウム排気管を設置できない場合や,床の耐荷重補強に対するコスト負担を低減でき,自由度の高い設置が可能となる(図2)。

図1 BlueSealマグネットを搭載するIngenia Ambition 1.5T

図1 BlueSealマグネットを搭載するIngenia Ambition 1.5T

 

図2 自由度の高い設置環境

図2 自由度の高い設置環境

 

●SmartWorkflowソリューション ─患者を中心とした検査環境の改善

MRI検査は年々増加しており,生産性ならびに効率性の向上が望まれている。しかしながら,生産性の向上には患者が望む医療サービスの提供が不十分となるリスクをはらんでいる。“SmartWorkflowソリューション”は,MRI検査全体に一貫性を持たせ,患者とオペレータ両者の負担を低減し,患者中心の効率化された検査環境を提供する(図3)。検査室内においては,ガイド付き検査セットアップ“VitalScreen”やタッチレス呼吸同期システム“VitalEye”,自動患者センタリング,検査室内での検査開始といった機能を複合的に用いることにより,検査手順を可能なかぎり自動化することでオペレータが患者に集中しやすい環境をサポートする。SmartWorkflowソリューションの一つであるVitalEyeは,赤外線システムを用いた呼吸同期技術であり,患者にデバイスを使用せずに呼吸同期撮像が行え,小児や妊婦,仰向けが困難な患者といった呼吸センサーの使用が難しい患者であっても,スムーズに呼吸同期撮像が可能となる。また,呼吸波形認識アルゴリズムにAIが使用されていることで,従来の呼吸センサーよりも精度の高い同期撮像が可能である。さらに,操作室においても,検査計画や撮像,解析処理を自動化しオペレータの負担を軽減する機能や,患者に検査中の安心感を与える自動化された患者ガイダンス機能,MR条件付きインプラントを使用する患者の撮像にて簡便に安全な検査環境を提供する機能などを備えている。これらの患者を中心とした検査環境の改善が,スループットの向上と信頼性の高い診断をサポートする。

図3 SmartWorkflowソリューションによる患者中心の検査環境改善

図3 SmartWorkflowソリューションによる患者中心の検査環境改善

 

●4D FreeBreathing ─自由呼吸下造影ダイナミック撮像の可能性

上腹部の造影ダイナミック検査において,最新の高速化技術である“Compressed SENSE”の開発により,大幅な撮像時間の短縮が図られ,一定の検査成功率向上の効果が得られている。しかし,短時間であっても息止めが困難な患者で課題が残っていた。近年,息止め不良患者への対応技術として注目されているのがradial scanである。radial scanは,k空間の中心を重複して充填することによる加算平均効果やk空間ラインの充填角度の最適化(pseudo golden angle)によりモーションアーチファクトを低減でき,自由呼吸下撮像が可能となる技術である。
“4D FreeBreathing”は,radial scanをダイナミック撮像へ応用可能とした技術であり,以下に示す3つの特徴的な技術を使用している(図4)。Variable-Density Golden Angle Stack-of-Starsは,redial scanによるモーションアーチファクトの低減を図り,さらにkz方向における高周波側のデータを疎にサンプリングすることで撮像時間の短縮を可能としている。次に,4D KWIC sliding window reconstructionは,k-space weighted image contrast(KWIC) filter1)と呼ばれるデータの重み付けフィルタの応用である。radial scanは少ないスポーク数で画像化することで時間分解能の向上を図れるが,ストリークアーチファクトの影響が強くなるため,ストリークアーチファクトの低減を目的としてフェーズ間でデータの補間を行う必要がある。このデータ補間を行う際に,k空間中心と高周波側でデータの重み付けを変えることにより,ストリークアーチファクトの低減とダイナミック間の情報混入を抑えることの両立を図っている。さらに,データ補間は前後の複数ダイナミックのデータを使用し,スライドしながら各フェーズの画像を再構成することにより連続性の高いダイナミック情報を取得できる。最後にRespiratory soft gatingであるが,VitalEyeや呼吸センサーといった外部からの呼吸波形情報を取得し,動きの安定している呼気でサンプリングされたデータに高い重み付けをすることで,安定した動き抑制とともに効率的なデータ収集を可能とする技術である。これらの技術を応用した4D FreeBreathingは,自由呼吸下での撮像においてもモーションアーチファクトの影響を最小限に抑え,高い時間分解能での造影ダイナミック撮像を可能とする技術であり,今後の臨床応用に期待したい(図5)。

図4 4D FreeBreathingの技術的特長

図4 4D FreeBreathingの技術的特長

 

図5 4D FreeBreathingを用いた自由呼吸下造影ダイナミック 呼吸の影響を強く受ける部位を高い時間分解能で撮像し,血管奇形の診断に有用性が示唆された。 〔画像ご提供:島根大学医学部附属病院様(Ingenia 1.5T)〕

図5 4D FreeBreathingを用いた自由呼吸下造影ダイナミック
呼吸の影響を強く受ける部位を高い時間分解能で撮像し,血管奇形の診断に有用性が示唆された。
〔画像ご提供:島根大学医学部附属病院様(Ingenia 1.5T)〕

 

*7Lのヘリウムで超電導を維持

●参考文献
1) Song, H.K., Dougherty, L. : k-space weighted image contrast (KWIC) for contrast manipulation in projection reconstruction MRI. Magn. Reson. Med., 44(6): 825-832, 2000.

 

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