技術解説(フィリップス・ジャパン)
2019年9月号
Step up MRI 2019
Ingenia Ambition 1.5T─ヘリウムフリーマグネットが提供する新たなMRI運用
諏訪 亨[(株)フィリップス・ジャパンMRプロダクトマネージャー]
現在の医療現場において欠かすことができないMRI装置は,日々進歩を遂げており,最新装置として「Ingenia Ambition 1.5T」が登場した。Ingenia Ambition 1.5Tは,ヘリウムフリー*1を実現した「BlueSealマグネット」を搭載し,ヘリウムへの依存がないことで新機能を提供する。
本稿では,BlueSealマグネットがもたらす新しいMR運用の可能性,ならびに最新技術による採算性の向上について紹介する。
●BlueSealマグネット
1.ヘリウムフリー*1マグネットが提供する新たなMRI運用
ヘリウムは,医療を含む多くの産業で重要な役割を果たしているが,液体ヘリウムの原料となるヘリウムガスを採掘できるガス田が少なく,近い将来には供給不足となる可能性が危惧されている。この貴重な天然資源であるヘリウムへの依存度を低減するため,フィリップスは新しい超電導型MRI装置Ingenia Ambition 1.5Tを開発した。Ingenia Ambition 1.5Tは,Micro-coolingテクノロジーにより,わずか7Lのヘリウムで超電導状態を維持するBlueSealマグネットを搭載する(図1)。このわずかなヘリウムはマグネット内に密封され,液体ヘリウムが気化して磁場が落ちてしまうクエンチが発生しても,屋外にヘリウムガスが排出されることがない。このため,一度気化したヘリウムを再利用することができ,−269℃まで冷却することで再度磁場を立ち上げることが可能である。
BlueSealマグネットには,“EasySwitch Solution”という新しいサービス機能が搭載される。これは,一時的な消磁と励磁が可能となる機能であり,予期せぬ吸着事故が発生した場合でも,一時的に磁場を落とし,吸着物を取り除いた後に磁場を回復することができるようになる。また,気化したヘリウムを再利用することで,消磁・励磁を行う際にヘリウムを補充する必要がなく,コスト負担や検査運用におけるダウンタイムを最小限に抑えることができる。現在,日本のヘリウム輸入量は年々減少しており,それに伴う輸入価格の高騰(図2)や液体ヘリウムの確保が困難な状況になりつつあり,予期せぬ吸着事故などが発生した際のコスト負担やダウンタイムの延長が経営面におけるリスクとなりうる。これに対し,BlueSealマグネットはヘリウムへの依存度が低く,長期的にコスト負担の少ないMRI運用が可能である。
BlueSealマグネットは,ヘリウム排気管(クエンチパイプ)が必要ないこと,従来マグネットと比較して900kgの軽量化*2が図られていることも経営面のメリットとなりうる。建物の構造上の制限でヘリウム排気管を設置できない場合や,床の耐荷重補強に対するコスト負担により,MRI装置の設置に制限があったが,Ingenia Ambition 1.5Tは設置の自由度が高く,施工コストに対する負担も低減できる。
2.高いパフォーマンスのMRI検査を実現
Ingenia Ambition 1.5Tは,Micro-coolingテクノロジーにより,高い静磁場安定性0.001ppm/hourならびに傾斜磁場直線性1.4%(50cmDSV)を実現しており,最大FOV55cmにおいて歪みなく精度の高いMRI検査が可能である(図3)。
●“Compressed SENSE”:最新高速化技術による生産性向上
良好な画質と撮像時間の延長は常にトレードオフの関係であるため,絶え間ない高速化技術の研究開発が行われている。近年,新しい高速化技術として圧縮センシングが注目されており,従来のSENSEに代表されるパラレルイメージングと比較し,最大50%の撮像時間を短縮*3できることが大きな魅力となっている。圧縮センシングの問題点として,淡い組織間コントラストが失われてしまう弱点があるが,フィリップスはSENSEで培った技術と圧縮センシングを統合したCompressed SENSEを開発し,圧縮センシングの課題を克服した。2Dならびに3Dの両シーケンスに対応することで汎用性を高め(図4),全身領域の臨床で使用される80%以上のシーケンスに使用できる。
Compressed SENSEは,すでに全世界の1000以上の施設に導入され,1日あたりの検査件数を5件以上増加,時間外労働を1時間以上短縮といった生産性向上に関するデータが出ている(図5)。また,撮像時間短縮によって生じる時間を患者に接する時間に当て,患者が抱える検査ストレスの低減や余裕を持った検査を行うことで,医療事故につながるエラーやインシデント低減効果が得られたとの報告を得ている。
Compressed SENSEは,高速化や画質改善だけでなく,患者ストレスの低減やインシデントの低減と,幅広く応用可能な優れた技術であり,今後10年を見据えると欠かせない技術になると考えられる。
●「VitalEye」:高性能赤外線システムを用いた呼吸同期撮像によるワークフローの改善
VitalEyeは,高性能赤外線システムを用いてリアルタイムに呼吸状態をモニタリングし,外部センサを使用せずに呼吸同期撮像を可能とする技術である。ガントリ後部に搭載された赤外線システムで,最大50ポイントの身体部位を認識し,微細な呼吸の動きを検知している(図6)。すべてのポイントにおける呼吸状態の情報を蓄積することで,呼吸が不規則な患者においても正確な呼吸信号を検出するとともに,せきなど突発的な動きの信号は排除して同期を行うことが可能となる。
これまで呼吸信号取得に必要であった外部センサが不要となり,患者セットアップにおけるワークフローの改善が可能となる。
◎
フィリップスMRIが追究してきた高クオリティ画像の提供だけでなく,ヘリウムフリー*1マグネットが創り出す新しいMRI運用やソフトウエアによる検査効率の改善を通じ,医療資源の採算性の向上に貢献したいと考える。
*1 7Lの液体ヘリウムを使用して超電導状態を維持
*2 Ingenia 1.5T ZBOマグネットとの比較
*3 Compressed SENSEなしのフィリップス装置と比較した場合
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