技術解説(富士フイルム)
2021年9月号
FUJIFILM CLINICAL REPORT 2021
アルコールベース銀系抗菌製剤によるX線診療室における抗菌効果の検証
麻生智彦/鳥居 純(国立がん研究センター中央病院 放射線技術部)
■序文 放射線技術部長 麻生智彦
昨今,医療機関における感染防止対策が重要視されていることは誰もが承知のところである。現段階においても世界中で甚大な影響を及ぼしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,人体はおろか経済にも影響が及んでおり,よりいっそうの社会的対応やワクチンと治療薬開発を期待するところである。それまでは,引き続き“3密”を回避するとともに,基本的な感染防止対策を徹底していくことが肝要であろう。
一方,細菌については,黄色ブドウ球菌をはじめ大腸菌や結核菌などが病気を引き起こす原因となっており,特に抗菌薬(抗生剤,抗生物質)が効かない,または,効きにくくなった薬剤耐性菌への対策が医療現場における重要ミッションとなっている。国立がん研究センター中央病院(以下,当院)においては,手術件数が5700件/年,また,抗がん剤治療においても4万5000件/年を実施しており,免疫が低下しているがん患者には,薬剤耐性菌による感染症を確実に制御することが求められている。しかしながら,従来から感染管理に関しては,診察室や処置室,病棟,病室などを中心とした診療場所が対象になることが多く,なぜか,不特定多数の検査を担う放射線部門については,エアポケットとなっていることは否めないのが現状である。さらに,放射線検査にあっては患者の衣服着脱も行われ,ましてポータブル撮影では,病棟や手術室,無菌室などにおける重症患者への接触も少なくなく,放射線部門における感染リスクだけにとどまらず,媒介リスクも高いと認識しなければならない。
このような状況の中,当院で以前から使用している富士フイルムのアルコールベース銀系抗菌製剤“Hydro Ag+”について,放射線部門における臨床現場での検証を行うと同時に,感染制御のあり方について共同研究を実施するに至った。今回は,当院で最も検査頻度が多く,感染リスクが高いと予測された一般撮影室の検証報告であるが,今後の医療機関における感染防止対策の一助となれば幸いである。
はじめに
X線診療室は診療放射線技師(以下,放射線技師),入院患者,外来患者および感染症患者などが混在しており,検査時には,放射線技師・患者の両者が機器や環境表面を高頻度で触れる。公益社団法人日本診療放射線技師会「診療放射線分野における感染症対策ガイドライン(Version1.0)」では,患者と濃密に接触する機会の多い放射線技師は適切な予防策の選択と実施および環境整備を行う必要があるとされているが,検査数の多い一般撮影検査において,全症例に対してすべての場所の清掃を行うことは難しいのが現状である。
そこで今回,Hydro Ag+を使用し検証を行うこととした。
Hydro Ag+の特徴
従来のアルコールクロスは,清拭直後は除菌されるが,自然乾燥後は再汚染され数時間で元の状態に戻る。一方,Hydro Ag+は清拭直後はアルコール同様除菌され,自然乾燥後もHydro Ag+の効果によって抗菌効果が持続すると報告されている。図1は他社製品との菌数の比較結果となるが,Hydro Ag+では24時間後も菌が抑制されているのがわかる。
目 的
多くの人が触れるX線診療室を対象とし,まず,日常的使用下における撮影装置および環境表面の汚染状況を明らかにし,その後,Hydro Ag+を用い臨床現場において本製剤の持続的な抗菌効果の検証を行った。
【使用機器】
X線診療室
・Room A:Hydro Ag+使用群
・Room B:対照群
・Room C:現状汚染状況調査用
*Room AとRoom Bは同構造
検査キット
・簡易ふき取りキット「ニッスイ」,ペプトン食塩緩衝液1mL入り(日水製薬株式会社)
清掃用具
・サラヤ環境清拭クロス(サラヤ株式会社)
・Hydro Ag+アルコールクロス(富士フイルム株式会社)
・エレファウエットクロス80(ハクゾウメディカル株式会社)
現状汚染調査
一般撮影検査における,患者入室から退室までの検査フロー,接触場所,毎回の清拭状況,接触者について確認し,患者および放射線技師が接触する場所より検体採取,菌測定を行った。
検体採取の方法としては,1か所の対象箇所に対して5cm角の範囲を検査キットを使用し縦横斜め方向に計20回拭き取って採取する。採取方法にバラつきがないよう採取は同一の1名がすべて行うこととした。菌測定は,北里環境科学センターの協力を得た。
一般撮影検査における患者入室から退室までの検査の流れと結果を表1に示す。左から,受付・入室から退室までの検査の流れ,患者・放射線技師が触れる場所,毎回の清拭の有無,接触者(患者・放射線技師)を示す。実際,
ポジショニングにかかわる撮影台フレームや管球・曝射スイッチなどは清拭していたが,そのほかの部分は患者ごとに毎回の清拭は行っていないのが現状であった。
その一覧より,(1) 待合室椅子,(2) 撮影室入り口自動ドア内側スイッチ,(3) 更衣室内側ドアノブ,(4) 更衣室椅子,(5) 更衣室かご,(6) 更衣室スリッパ,(7) 撮影室内側ドアノブ,(8) バーコードリーダー,(9) マウス,(10) 立位撮影台フレーム,(11) 臥位撮影台位置決めスイッチ,(12) 臥位撮影台位置決めハンドル,(13) 寝台マット,(14) 曝射スイッチ,(15) 更衣室外側スイッチの15か所で,検体採取,菌測定を行った。すべての箇所で菌は検出されたが,特に更衣室ドアノブ,椅子,かご,スリッパが多くの菌を検出した(表2:現状汚染調査)。そこで,今回,2桁以上の菌数を示した10か所において抗菌効果検証の対象箇所とした。
表1 X線撮影時の接触場所と清拭の有無
Hydro Ag+抗菌効果検証
同構造のX線診療室A,Bのうち,Room AをHydro Ag+使用群(463件,入院:183/外来:280),Room Bを対照群(459件,入院:201/外来:258)とした。まず両群において,現状汚染調査にて2桁以上の菌数を示した10か所に対し,アルコール製剤で清拭後検体採取を行い,菌がリセットされていることを確認するための初期値を測定した。すべての採取箇所で菌の数はほぼリセットされていた(表2:検証開始前)。
その後,Room Aのみ,検体採取箇所10か所に対し一度だけHydro Ag+による清拭を行った。その後,両群にて1日後/7日後の診療終了後に検体採取を行い,菌数を測定した(表2:1日後/7日後)。2桁以上の菌数を太字,Room AとRoom Bを比較し菌数が多い箇所を赤字で示す。特に,更衣室にかかわる箇所にて高値を示していた。更衣室は掃除頻度が低く,患者の待機時間など含め接触時間が長いため,菌数が増加したと考えられる。また,1日後/7日後ともにすべての箇所にてRoom Aの菌数が低値を示していた。自然乾燥後は銀系抗菌剤を含有する超親水膜が形成され,持続的に微生物の増殖を抑制し,除菌性が持続したと考えられ,Hydro Ag+の抗菌効果が立証された。
表2 接触場所の汚染状況とHydro Ag+の効果
おわりに
今回の検証により,Hydro Ag+の使用にて菌数が抑制でき,Hydro Ag+の持続的な抗菌効果の可能性を立証できた。特に1週間の効果検証ができたことは大きな成果であり,今後の感染対策の効果的な方法となる可能性がある。今回の観察期間は1週間で観察期間における検証回数は一度のみである。現在,検証を継続し,さらなるHydro Ag+の効果検証を行っている。
今回の研究は,国立がん研究センター中央病院放射線技術部と富士フイルムメディカルとの共同研究であり,当院における倫理審査委員会:C2020-013承認のもと行われた研究である。