技術解説(富士フイルム)
2019年8月号
FUJIFILM TECH FILE 2019
受診者にやさしいマンモグラフィ検査と診断をサポート 〜AMULET Innovalityに“なごむね”を〜
梶原万里子(富士フイルムメディカル株式会社 MS部)
はじめに
デジタルマンモグラフィ撮影装置「AMULET Innovality」は,受診者にやさしいマンモグラフィ検査の提供をめざすコンセプト“AMULET Harmony(ハーモニー)”として,局所的に生じる乳房の圧力を分散させる“Fit-Sweet(フィットスイート)圧迫板”や,撮影室の雰囲気を明るくするデコレーションラベルなどを,2013年から展開している。
今回,さらなるHarmonyソリューションとして,圧迫時の痛み軽減を目的とした新しい圧迫制御機能“Comfort Comp(愛称:なごむね)”を追加した。本稿では,“なごむね”の原理や特長について紹介する。
“なごむね”開発の背景
2010年における日本人の乳がん検診の受診率は39.1%であったが,政府による受診率向上への取り組みや,社会の関心の高まりによって,2016年には44.9%まで上昇した1)。しかし,この数値は,欧米などほかの先進国に比べると,依然として低いものである。2017年に一般女性約1500名を対象に行われたアンケートでは,マンモグラフィ検査を受けない理由として,「撮影中に痛かった(痛いらしい)」と2割以上の女性が回答し,全回答の3位に入っている2)。この結果などから,撮影時の痛み・不快感に対する抵抗が,乳がん検診の受診率が伸び悩んでいる一因であると考えられている。
マンモグラフィ撮影において,乳房を圧迫することにより得られる効果を表1に示す。乳房を圧迫して撮影する主たる目的は,画質向上と線量低下である。これらは,乳房を引き出し,乳腺を広げた状態で,乳房厚を薄く固定(ポジショニング)することで達成できる効果である。そこで,乳房をポジショニングした状態の固定が損なわれない範囲であることを前提に,痛みの原因となる圧力を緩めても乳房厚を薄いままに保つことができれば,画質と線量は従来と同等となるのではないのかと考えた。マンモグラフィ撮影の乳房圧迫が,圧力を加えることを目的としているわけではなく乳房厚を薄い状態で固定することを目的としていることに着目した。
ヒステリシス現象
なごむねは,ヒステリシス現象に着目した圧迫制御である。ヒステリシス現象とは,軟らかい物質が持つ性質で,現在加えられている力だけでなく,過去に加わった力に依存した状態が維持される履歴現象のことである。例としては,低反発まくらがイメージしやすいが,人体,特に乳房のような軟らかい組織もヒステリシス現象を認めることは知られている4)。
乳房圧迫時のヒステリシス現象を検討した。図1は,乳房を120Nまで圧迫していく加圧時(□)と,一度120Nで圧迫した後の減圧時(●)における,120N時乳房厚を0mmとした場合の相対乳房厚み(mm)を示す。例えば,加圧時80N(□)の相対乳房厚みは+5mmであるが,減圧時80N(●)は+1mmであった。いずれの圧力においても,減圧時は加圧時と比較し相対乳房厚が薄い。これは,減圧時の乳房には過去の力(120N)に依存した状態が維持されるヒステリシス現象が働いていることを示している。
なごむねのフロー
図2に,なごむねのフローを示す。従来どおりのポジショニングで乳房の圧迫固定を行った後(図2 a,b),なごむねを動作させるボタン(図3)を押すことで,圧迫力を自動で減圧させる(図2 c)。
この減圧させる圧迫力値は任意で設定可能だが,乳房厚が3mm以上の増加とならないよう目標の圧迫力値に達しなくとも減圧をストップさせる機能を備えている。
また,なごむねの操作は,圧迫板が備わる手元スイッチで行うため,乳房の状態を見ながら減圧の確認ができる。従来のポジショニングと一連の流れで行えるため,照射までの時間を増加させることはない。厚みが変わらない範囲で乳房への圧迫を減圧することで,通常より最大の圧力となっている時間を短縮することができる。
なごむねの画像
図4に,なごむねの画像を示す。aは従来どおりのポジショニング(120N)で撮影,乳房厚21mm,平均乳腺線量0.79mGyであった。bは一度120Nでポジショニングした後,60Nまで減圧させ撮影した画像で,乳房厚23mm,平均乳腺線量0.68mGyであった。圧力は120Nから60Nへ減圧しているが,乳房厚は23mmから21mmとわずかであるため,平均乳腺線量に差を認めない。また,コントラスト,鮮鋭度などの画質も,図4のとおり大きな差を認めず,同等であることがわかる。
おわりに
AMULET Innovalityに新しく追加されたなごむねの原理と特長を紹介した。これらの技術を含むAMULET Innovalityが広く利用され,受診者にやさしいマンモグラフィ検査と診断のサポートに貢献することを期待し,今後も診断技術のさらなる向上に貢献していく。
●参考文献
1)国立がん研究センターがん対策情報センター,「国民生活基礎調査による男女別がん検診受診率(40〜69歳)の推移」.
2)認定NPO法人乳房健康研究会「乳がん検診についてのアンケート」, 2017.
3)放射線医療技術学叢書(14-4)乳房撮影精度管理マニュアル.日本放射線技術学会放射線撮影分科会編,京都,日本放射線技術学会,2012.
4)Han, L., et al.:Non-invasive Measurement of Biomechanical Properties of in vivo Soft Tissues. MICCAI 2002, LNCS 2488, 208〜215, 2002.