FEATURE 治療対応MRIシステムの今
国立がん研究センター中央病院
さまざまな機器が配置された手術室で安全にMRI撮像を行える環境を構築
術中MRIガイドラインに基づき脳腫瘍摘出術全例で適用
2015-9-25
国立がん研究センター中央病院では,MRI,CT,血管撮影装置を備えた画像支援手術室が2012年2月から稼働を始めた。同院脳脊髄腫瘍科は,脳腫瘍摘出術の安全で確実な実施と摘出率の向上をめざし,永久磁石型0.3TオープンMRI「AIRISⅡ」による術中撮像を適用不可を除く全症例で行い,着実に症例数を重ねている。また,手術中に得られる画像情報の取得と記録を重要視し,それらを容易に実施できるシステムを独自に開発した。このような環境の構築に尽力し,脳脊髄腫瘍科をリードする成田善孝科長にインタビューした。
手技中に画像情報を容易に扱えるシステムを開発
画像支援手術室は8.8m×15.5mの広さがあり,固定式のAIRISⅡに加え,ガントリ床走行式の4列CT,天吊り式Cアーム型血管撮影装置が導入されている。現在は脳脊髄腫瘍科が主に使用しているが,頭頸部がんや骨軟部腫瘍など,他科の手術にも活用できる。
脳外科手術では,術中の画像情報の取得にMRIを使用している。手術ではMRI以外にも,顕微鏡やナビゲーション,電気生理学的モニタリング,覚醒下手術での患者ビデオなど,数多くの機器が用いられ,多種多様な画像情報が発生する。さらに,電子カルテや生体モニタなども含めて狭い手術室は機器であふれ,これらの情報を術者が手技中に確認し記録することは,非常に煩雑で難しかった。
そこで同科では,情報の取得と記録を容易に行える環境を,成田科長が中心となって構築。画像ミキサー装置や移動式モニタの導入,各種コードを吊り下げ式にするなどの工夫を施すとともに,術者自身が手技中にモニタの表示画像を切り替えられるように,足踏みスイッチやトラックボールの操作デバイスを(株)朋栄らと共同開発した。
成田科長は,「画像切り替えシステムは,手技を妨げずに術者が思う通りの画像表示ができ,非常に有用です。画像情報を記録することで,手技の振り返りや教育的効果,摘出部位と病理所見の検討,安全性の確認が可能となります」と説明する。MRI撮像時には,周辺機器からのノイズの影響を抑えるため,麻酔器と生体モニタ以外の機器の電源を落とし,CTエリアのシールドシャッター内に待避させている。
手術の完遂を左右する術中MRI
手術室のレイアウトは,ほぼ中央に手術台が据えられ,右手奥にAIRISⅡが,左手奥にCTと血管撮影装置が設置されている。術中MRIを行う手術では,MRIの撮像ポジションから約120〜140°回転した角度で手術台が配置される。回転テーブル式が採用された理由について,成田科長は次のように述べる。
「安全性の確保が大きな理由です。手術におけるMRIは,あくまで残存腫瘍確認のためのツールであり,何よりも安全が確保された状態で撮像できることが大切です。スライド方式と比べ準備に時間はかかりますが,幸い手術室が広いので,手術時に患者さんや機器をMRIから遠ざけられ,スペースを広く使える回転式としました」
同科では,年間約100例の脳腫瘍摘出を行っている。グリオーマ症例が最も多いが,その他の原発性脳腫瘍や転移性脳腫瘍も含め,基本的に術中MRIを用いる方針である。術中MRIガイドラインに則り,適用外となる症例や緊急手術症例を除いた約7割で術中撮像を実施している。
手術では,術前に高磁場MRI装置で撮像した画像を基にナビゲーションを使って腫瘍を摘出し,予定していた腫瘍摘出ができたと判断した時点で,残存腫瘍の確認のためAIRISⅡで撮像している。撮像シーケンスは,造影される病変の場合は造影T1強調を2方向,造影されない場合はT2強調を2方向のみに絞っている。撮像時間は15分で,手術の中断は40〜50分ほど。残存腫瘍が確認されなければ手術を終了し,追加切除が必要な症例では,追加切除後に再度確認のための撮像を行っている。
成田科長は術中MRI導入前と比べ,「摘出率は向上しています。約1/4の症例で追加切除を行っていますが,以前であれば,手術翌日の撮像でなければ残存がわからなかった症例です」と述べ,術中MRIの有用性を説明する。また,術中撮像を行うようになったことで,MRIの課題が見えてきた。
「術後のMRI検査で残存腫瘍だと思われていたものの中には,造影剤の漏出を見ていたものが含まれていることがわかってきました。これは,腫瘍摘出後の術中撮像で造影効果が認められ,追加切除を試みた症例の中に,術中迅速病理診断で腫瘍細胞が見られない症例があったことから得られた知見です。以前は手術翌日に撮像して造影効果が見られれば,腫瘍が残存していると判断されていましたが,今は術中に残存腫瘍の有無を確実に確認できるようになっています」
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術中MRIを安全に使える手術ツールとするために
腫瘍摘出術のチームは,脳神経外科医2名,麻酔科医1,2名,看護師2名を基本としている。MRI撮像では,検査部門のMRI担当診療放射線技師が当番制で操作を担っている。テーブルは手動回転で容易にポジショニング可能で,現在はチームメンバーも運用に慣れ,円滑に術中MRIを実施できている。しかし,実際に運用を始めるまでは,手術室にMRIがあることをスタッフは非常に危惧していたと,成田科長は話す。
「国内のパイオニアである東京女子医科大学が,試行錯誤しながら安全に運用できる方法を構築してくれました。また,ほかの施設も含め経験が積み重ねられたことで,日本術中画像情報学会で術中MRIガイドラインをまとめることができました。先人の努力により,術中MRIはきわめて安全に実施できるものとなり,当院でもルーチン運用が可能になっています」
運用への慣れが油断につながらないように,同院ではホワイトボードのチェックリストを使って,撮像前に電源や磁性体の除去などを確認している。また,5ガウスライン内に不用意に立ち入らないように撮像時以外は柵を設置するなど,安全対策を徹底している。成田科長は,手術室には多くの機器が所狭しと配置されるため,ガイドラインを遵守し導入施設のアドバイスを得て,インシデント防止に最大限努めるべきだと強調する。
ガイドラインと導入施設の経験を安全で円滑な運用に役立てる
同院で術中MRIを開始して3年半が経過した。0.3Tオープン型であるAIRISⅡを手術で使用することについて,成田科長は次のように所感を述べる。
「T2強調画像はもう少し解像度がほしいと思うこともありますが,手術のツールとして使うには中低磁場装置で十分です。高磁場装置ではDWIなども撮像できますが,そこから得られる情報はモニタリングなどほかの技術で代替できます。永久磁石型の中低磁場装置は5ガウスラインが狭く,室内にいろいろな機器や道具を安全に持ち込むことができる上,ランニングコストも安い。われわれが手術でMRIに求めることは,第一に安全性であり,次に解像度,コストです。安全のためには手術が早く終わることも重要です」
世界的には高磁場装置を使った術中MRIが主流だが,これには患者の多さと高額な入院費のために,手術当日に高磁場MRIで撮像してシミュレーションを行い,そのまま手術を行うスタイルが多いことが背景にある。成田科長は,術前に高磁場装置での撮像や,詳細なシミュレーションといった準備が可能な環境においては,安全性が優先されるとの考えを示し,「解像度はもう少し上げてほしいと思いますが,将来的に装置を更新する際にも,中低磁場装置を選ぶでしょう」と話す。
術中MRI導入のポイントとして,ガイドラインを参考に施設における課題を解決することと,導入施設を見学してアドバイスを受けることを挙げる成田科長は,「手術時間が延長しても,術中MRIを行うメリットの方が上回ります。あまり必要がないと感じたとしても,ダブルチェックとして無駄になることはありません」と語る。
術中MRIは,今後の脳外科手術の潮流の一つになると考えられる。ガイドラインが整備され,経験豊富な施設が増えていることで,導入しやすい環境が醸成されつつあり,さらなる普及が予感される。
(2015年7月7日取材)