FEATURE 治療対応MRIシステムの今
鹿児島大学病院脳神経外科
限られた条件下でも安全かつ恒常的に術中MRIを稼働
グリオーマ症例の生存期間延長に寄与
2015-9-25
鹿児島大学病院脳神経外科は2009年10月,完成したばかりの新中央診療棟に永久磁石型0.3TオープンMRI「AIRIS Elite IOP」を採用したイメージガイド脳神経手術室を開設した。同科では,1999年よりニューロナビゲーションシステムを導入して高度で安全な手術の実施に努めてきたが,さらなる摘出率の向上と患者の生存期間の延長をめざし,有田和徳教授が主導してオープンMRIを含めたシステムの構築に至った。開設から5年半が経過し,実績を積み重ねるとともに,地方都市の大学病院ならではの課題や運用上のポイントも見えてきた。そこで,現在,グリオーマ手術の中心を担っている平野宏文講師・診療准教授に現況を取材した。
回転方式採用で安全性を確保しグリオーマ手術に活用
同科では,脳腫瘍治療において,患者のQOLを確保しつつ低侵襲で高度な手術を提供することをコンセプトに,先進的な取り組みを行ってきた。術中にシフトした脳の位置情報を更新して摘出率を上げるため,MRIを撮像できる環境を整えるとともに,5-ALA蛍光フィルタ搭載の手術用顕微鏡も導入し,より高度な治療を実現している。
AIRIS Elite IOPが設置された手術室は,約12m×8mの広さを持つ。0.3T装置は5ガウスラインが狭く,通常の手術と同じ機器やシステムを使えるため,MRIを使わない手術も問題なく行える。MRI対応手術台は床への着脱が可能な回転軸機構により,患者の足側を軸として180°回転させた上で上天板をスライドし,ガントリに挿入する。同科では安全確保のために,麻酔器を患者足側に固定したままポジショニング可能な回転方式を採用した。
術中にMRIを撮像する症例は,グリオーマが大部分を占める。同科では年間40例ほどのグリオーマの新患患者を受け入れており,2009年のAIRIS Elite IOP導入後,255例のグリオーマ手術を実施し,このうち116例で術中にMRIを撮像している(2015年6月末現在)。術中MRIの適応について平野准教授は,「グリオーマ手術の全例で撮像できればよいのですが,実際にはスタッフの確保や手術室の空き状況により全例実施は困難です。そのため,術中MRIがより有効であると判断される症例に優先して使用しています。例えば,腫瘍が大きいために脳の位置情報を更新しなければ手術の完遂が難しい症例や,ぎりぎりまで切除したいlow grade症例などです。逆に,low gradeでも広範囲に広がり,そもそも全摘出ができない症例では使わない時もあります」と話す。
グリオーマ症例は,年末年始や盆休みの時期に患者家族が異変に気づき,準緊急的な手術となることも多く,全例での撮像が難しい理由の一つとなっている。
重篤症例にほど有効な術中MRI
術中MRIを用いる症例の手術では,3T MRIで撮像した術前画像をガイドに腫瘍摘出を行う。ほぼ摘出できたと判断した段階で,追加切除の要不要を確認するために,T2強調画像とT1強調画像(または造影T1強調画像)を撮像している。
腫瘍と正常脳の境界が不明瞭なグリオーマの手術において,術者は術中MRIや5-ALA,術中迅速診断など,さまざまな情報を統合して執刀に役立てる。患者の生存期間に大きな影響を及ぼす残存腫瘍を防ぐために,MRIや5-ALAが有用であると平野准教授は話す。
「5-ALAは腫瘍で蛍光を発するため,術中に大変有用です。しかし,脳浮腫も蛍光しますし,機能的に温存が必要な部分もあるため,蛍光部位すべてを摘出することはできません。腫瘍が正常脳を介して奥へと浸潤している場合,5-ALAでは気づかないこともありますが,術中MRIでは離れた場所にある腫瘍も確認できます。手術中に脳の構造がわかることは安全性確保にきわめて重要で,もう少し摘出できると思いつつ撮像したところ,実際にはそれ以上は不可能だったという症例もあり,手術中の判断を左右します」
術中MRIがグリオーマ症例の生存率に与える影響について,平野准教授が多変量解析などを用いて検討したところ,腫瘍が大きく,浸潤が進んでいる重篤症例ほど,術中MRIを使うことで生存期間が延長するという結果を得た。実施患者の選択にバイアスがかかっている可能性もあるが,「術中MRIは,機能を残しつつどこまで摘出できるかの判断材料になるので,重篤な患者さんの手術では特に役立っていると感じます」と述べる。
限られた条件の中での運用
同院では,地域を支える大学病院として,脳神経外科以外にも多くの手術が毎日行われており,すべての手術に携わる麻酔科からは8時間を超える脳神経外科手術は1日1件までと要望されている。術中MRIの実施日として週3日設定されているが,ほかの手術との兼ね合いもあり,実際に週3件行われることは少ない。
術中のMRI撮像を基本的に1回としている背景には,このようなマンパワーの制約もある。撮像時間自体は15〜20分ほどだが,撮像準備から手術再開までの中断時間は40〜60分ほどとなっており,撮像回数が増えれば,それだけ手術時間が延長する。1回だけに限ることでコンスタントに手術ができるようにしている側面もあると,平野准教授は述べる。
「都市部の病院と異なり,地方の大学病院はマンパワーが潤沢ではありません。当科の医局員は,他科兼務2名と新人2名を含めて18名で,手術と外来の件数を考えるとぎりぎりの人数です。複数の手術が同時に行われる時には,外回りの医師を確保できず,病理標本の作成などを研究室スタッフに頼むこともあります。MRI操作は専任者ではなく若手の医師が担っており,撮像の時に来てもらうか,手術室に入っている助手が抜けて操作することになります」
MRI装置の操作に習熟していない医師では手間取ることも多く,中断時間延長の主な要因となっている。準備や操作に慣れて40分程度まで短縮しても,スタッフが入れ替わると,再び1時間程度かかるようになってしまうのが実情だ。そのため,あらかじめリスクを回避すべく,撮像準備ではチェックリストを用いて声を出しながらスタッフ全員で確認している。平野准教授は,「MRI装置自体は性能が良くなり短時間での撮像が可能になっていますが,装置に詳しくない医師が扱うことを想定してソフトウエアなどを改良してほしい」と述べた。
|
|
|
術中MRIは限界領域に挑戦するための武器
イメージガイド脳神経手術室の開設にあたっては,超電導型1.5T装置も検討されたが,日立メディコに術中MRIの実績があったことや,43cmの広い開口高さ,コスト面,安全面などを理由に,最終的に0.3TオープンMRIであるAIRIS Elite IOPが選ばれた。中低磁場装置でも室内のノイズに注意すれば,十分な画質が得られていると,平野准教授は評価する。
「DWIなど多様なシーケンスが撮像できれば,脳梗塞の検出や境界判別など術中における有用性は高いと思います。しかし,高磁場装置を稼働させるためにはコストと人員が必要で,当院の環境では現実的ではありません。手術をする上では,AIRIS Elite IOPで日常的に得られる画像で十分に役立っています」
また,脳神経外科手術における術中MRIの意義については次のように語る。
「術中MRIがあれば,もう少し果敢に摘出を試みたであろう症例もあることを振り返ると,われわれにとって術中MRIは,摘出の限界領域にアタックするための武器だと思います。また,手術とは従来,術者の経験に拠るところが大きいのですが,術中MRIなどで確認しながら手術ができることは教育的効果が高く,手術が上達する早道となるので,このような技術は必要だと考えています」
平野准教授は,施設の中で最も希少価値がある資源が何かによって,システムは変わってくると指摘する。施設の条件や特徴,考え方に合致した環境を整えた同院のスタイルは,術中MRIの導入を検討する施設にとって,ひとつのモデルとなる。
(2015年7月1日取材)