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術中MRI最前線(東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
0.4T永久磁石型オープンMRI「APERTO」にリプレイスし,進化を続けるインテリジェント手術室
2014-4-25
国内の術中MRIのパイオニアである東京女子医科大学。情報誘導手術を行うインテリジェント手術室での手術症例は増え続け,2013年末時点で,神経膠腫(グリオーマ)の摘出術が1000例,覚醒下手術が300例を超えた。また,産官学共同で研究開発を行う同大先端生命医科学研究所先端工学外科学分野(FATS)では,手術の安全性・正確性を向上させるシステムや,新しい治療技術の開発も進められており,これらを応用したインテリジェント手術室は,次世代手術室「SCOT(Smart Cyber Operating Theater)」へと発展しつつある。そして,2013年7月には,術中MRI装置を0.4T永久磁石型オープンMRI「APERTO」(日立メディコ社製)に更新し,術中画像の向上も図っている。進化を続けるインテリジェント手術室の現在とこれからについて,村垣善浩教授に取材した。
高い治療成績を支える術中MRI装置をリプレイス
東京女子医科大学脳神経外科では,疾患ごとの医療チームを編成して高度な専門治療に取り組んでおり,神経膠腫(グリオーマ)については,村垣善浩教授が中心となって情報誘導手術による治療を行っている。手術は主に,オープンMRIやナビゲーションシステムを備えたインテリジェント手術室で実施される。術中MR画像を用いたリアルタイムアップデートナビゲーションシステムや脳機能解析,覚醒下手術などによって,情報を可視化・共有化した高度な情報誘導手術により,脳腫瘍の完全摘出をめざし,生存率の向上と術後QOLの確保に努めている。最新データによる生存率は,グレード2が5年 95%,8年 85%,10年85%,グレード3が5年72%,8年 69%,10年 66%と,5年から10年までの生存率があまり変わらずに推移する高い治療成績を誇っている。
同院では2000年3月,日立メディコ社製永久磁石型オープンMRI「AIRIS-Ⅱ」(0.3T)を術中MRI装置として導入した。AIRIS-Ⅱは,以後13年以上にわたり安定稼働を続けてきたが,2013年7月,「APERTO」にリプレイスされた。APERTOは,同社のオープンMRIで唯一のシングルピラー(1本柱)構造の0.4T装置で,1.5T超電導MRI装置のアプリケーションを搭載するなど,中低磁場装置ながら高い機能を備えている。
術中MRIで使用する装置は,中低磁場装置に限られるわけではなく,更新にあたっては3Tも含めた超電導型高磁場装置という選択肢もあった。0.4TのAPERTOを選定した理由について,村垣教授は次のように話す。
「以前の0.3T装置を用いていて,画質や撮像法に不足を感じたことはなく,中低磁場装置で十分に術中MRIを行えます。また,同じ手術室へのリプレイスとなると,高磁場装置は荷重が問題となります。高磁場装置を術中MRIに用いている施設では,手術室と検査室の
2室に分けて,普段は検査に使用し,手術では患者さんを移送して撮像するといった運用を行っているところもありますが,リスクマネジメントが容易ではありません。加えて,ランニングコストも増加します。AIRIS-Ⅱよりもソフトウエアが進歩し,撮像時間も短縮していますし,われわれとしては運用や周辺機器など,オープンタイプの中低磁場装置で術中MRIを行うシステムがほぼ完成していたこともあり,APERTOの導入を決めました」
もうひとつの大きな理由として,村垣教授は造影効果を挙げる。造影効果は,高磁場になるほど低くなり,0.5〜1.0Tが最も造影効果が高い磁場強度と言われている。村垣教授は,グリオーマを確認する際には,画質よりも造影効果の方が重要であることから,垂直磁場方式により1.0Tに匹敵するSNRが得られるAPERTOが有用性を発揮すると判断した。
約1か月半の工事・調整期間を経て2013年9月,APERTOの本格稼働が始まった。装置の大きさは以前と同等であるため,5.8m×4.2mのインテリジェント手術室に問題なく設置でき,5ガウスラインもほぼ変わらなかった。開口径の高さが41cmと,以前の装置よりも若干狭まっていることは懸念材料だったが,頭部固定具と受信コイルを一体化した手術用コイルをそのまま使用できることと,これまで積み重ねた経験があることから,特に問題なく撮像できているという。運用面で大きな変更が必要ないことは,術者やスタッフにとってメリットが大きいと言える。
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画質向上と撮像時間短縮で術中MRIの可能性を拡大
手術室内におけるMRI撮像は検査室と異なり,さまざまな機器の影響を受けて画像にアーチファクトが出やすいという難点がある。そこでインテリジェント手術室では,可動式ナビゲーションシステムは撮像ごとに手術室から出し,モニタなど周辺機器の電源を一括操作できるスイッチを備えるなど,機器の影響をできるだけ抑えるようにしている。経験から生み出された工夫により良好な画像を得られていると話す村垣教授は,APERTOの画質や撮像時間について,「画質はとても良くなったと思います。印象で言えば,“0.3Tから0.4Tへの1.3倍”ではなく,2倍ほど向上した感じです。撮像時間も,半分くらいに短縮されていると思います」と評価する。
以前の装置では,1回の撮像で20〜30分の時間を取っていたが,現在は15〜20分と短縮した。手術では平均3回の撮像を行うことから,撮像時間の短縮は,術者やスタッフ,患者の負担軽減に直結する。画質については,他のスタッフからも,「格段に良くなっている」との声が聞かれた。
脳腫瘍摘出術におけるMRI撮像は,術前に1.5Tまたは3T装置にてT1強調画像,T2強調画像,FLAIRを撮像して治療計画に用い,術中にはT2強調画像にて残存腫瘍を確認している。APERTO更新後の新たな試みとして,村垣教授らはFLAIRと拡散強調画像(DWI)の術中撮像に取り組み始めている。
「非常に小さい病変はT2強調画像では難しく,FLAIRでなければ描出できないものもあります。術前の1.5T装置によるT2強調画像で描出が困難な病変は,術中のT2強調画像でも見えないため手術ができませんでした。以前の装置でもFLAIRは撮像できましたが,時間がかかり現実的ではなかったのに対し,APERTOの撮像時間であれば問題ありません。また,神経線維を描出するDWIにも期待しています」
産官学で研究開発を行っているFATSでは,世界で初めて1軸の印加でdiffusionを取得する撮像法をすでに開発しており,特注した特殊なコイルを用いて,ルーチンでの術中DWI撮像による神経線維の描出をめざしている。通常,複数軸のdiffusionを基に画像を作成する拡散テンソル画像(DTI)で神経線維を描出するが,中低磁場装置では性能的に実現が難しい。そこで,1軸のみにすることで中低磁場装置での撮像を可能にし,かつ0.4T装置を用いることで短時間での撮像が可能となった。これを画像再構成して,ソフトウエアにてセグメンテーション(色分け)することで,執刀医は3面図を参照して,構造物の位置関係の把握に役立てることができる。さらに,セグメンテーションした画像を3D化するソフトウエアも開発中で,現在,これらの画像を手術に活用していくための研究が行われている。
SCOTを構成する新開発システム
インテリジェント手術室では,術中MRIだけでなく,リアルタイムアップデートナビゲーションシステムや脳機能解析,覚醒下手術など,多様な手術支援技術・システムにより,高度な情報誘導手術を実践してきた。このようにITやスマート化技術により,高度に安全化・快適化・省エネ化した手術室を,次世代手術室「SCOT」と名付け,このSCOTを構成するさまざまなシステムの開発が現在も進められている。
●Opect
FATSで開発した「Kinect」(マイクロソフト社)を用いたモニタ表示画面非接触コントロールシステムが,2012年10月から「Opect」(ニチイ学館販売)として発売されている。村垣教授は,「当院も全面電子カルテ化しましたが,手術室のIT化が進み,画像をモニタで閲覧するようになると,モニタを非接触で操作できることは非常に有用です。Opectを使用している呼吸器外科や耳鼻科の医師からは高い評価をいただいています。先生方からの要望に応えて,現在,3D画像を片手で操作できるソフトウエアも開発しています」と話す。
学術面では,論文1)が“Neurosurgery”に採択されており,今後も学術的研究を継続していくという。また,Opectの革新性・独創性が評価され,マイクロソフトイノベーションアワード2013にて最優秀賞とオーディエンス賞(ビジネス部門)を受賞した。村垣教授は,安価で製作できることも重要であると述べており,さらなる研究開発により高機能化したOpectが広く活用されることが期待される。
●術中迅速フローサイトメトリ法
術中の病理診断を支援するシステムとして,術中迅速フローサイトメトリ法を日本光電とともに開発した。採取した検体を装置にセットすると,増殖期にある細胞の割合を自動解析するもので,約7〜8分で解析結果として数字(%)が示される。本システムでは結果を数字だけで示し,医師が判断するところがポイントとなる。村垣教授らは,増殖期の細胞の割合と病理のグレードの相関について340サンプルを検討し,高い相関があることを示した2)。まだ製品化には至っていないが,インテリジェント手術室ではほぼ全例に施行し,病理診断と併用して術中診断に役立てている。
●PDT
村垣教授らは,東京医科大学とともに2009年から,悪性脳腫瘍に対するPDT(photodynamic therapy:光線力学的療法)の医師主導治験を行った。これは,腫瘍集積性を持つ光感受性物質を術前に患者に投与し,腫瘍摘出後にレーザー光を照射して光化学反応を励起して活性酸素を発生させ,残存腫瘍を壊死させる治療法で,治験では初発のグレード4(13例)において1年生存率100%,中央値24.8か月と高い治療成績を示した3)。2013年9月に薬事承認を受けており,同院では2014年から臨床に適用していく。PDTは早期肺がん治療への適応は認可されていたが,悪性脳腫瘍に適用した治療法としては国内初であり,今後は比較試験の実施を予定している。
新しい治療法を開発し脳腫瘍治療の未来を切り開く
このようにFATSで開発された手術支援技術・システムは,臨床に次々と応用され,安全で正確な手術の実施に貢献している。村垣教授に今後の展望をうかがった。
「システムの開発・改良を続けてSCOTをしっかり作っていくとともに,日本初の治療法開発に取り組んでいきます。新しい治療法としては,自家腫瘍ワクチンがあります。これは第Ⅲ相の無作為化比較試験まで治験が進んでいます。第Ⅱ相試験までは非常に良好な成績が出ているので,第Ⅲ相試験の結果が期待されます。また,深部の腫瘍に対する集束超音波治療の開発にも取り組んでいます。PDTと同じように,超音波を当てると活性酸素が発生する薬剤を腫瘍に集積させる方法です。候補物質が見つかっていますので,現在,臨床応用に向けてプロトコールを検討している段階です」
2000年にインテリジェント手術室がスタートしてから,術中MRI以外にも多様な手術支援システムが開発されている中,術中MRIの今後の役割について,村垣教授は,「他にさまざまなシステムが開発されても,術中画像を得るモダリティとしてMRIは必要とされ続けるでしょう。診療科や疾患によっては,CTやエコーが選択されることもありますが,MRIの必要性は変わらないと思います。高い治療成績が出ていることは,われわれもうれしく思いますし,今後,術中MRIを導入する施設はますます増えることでしょう」と話す。
国内随一の脳腫瘍摘出術の手術実績を誇る同院では,その経験を生かしながら,革新的な技術やシステムを開発することで,より低侵襲で,より効果の高い脳腫瘍治療をこれからも追究していく。
(2014年1月10日取材)
●参考文献
1)Yoshimitsu, K., Muragaki, Y., et al. : Development and initial clinical testing of “OPECT” ; An innovative device for fully intangible control of the intraoperative image-displaying monitor by the surgeon. Neurosurgery, 10, 46〜50, 2014.
2)Shioyama, T., Muragaki, Y., et al. : Intraoperative flow cytometry analysis of glioma tissue for rapid determination of tumor presence and its histopathological grade ; Clinical article. J. Neurosurgery, 118, 1232〜1238, 2013.
3)Muragaki, Y., et al. : Phase II clinical study on intraoperative photodynamic therapy with talaporfin sodium and semiconductor laser in patients with malignant brain tumors ; Clinical article. J. Neurosurgery, 119, 845〜852, 2013.
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