技術解説(キヤノンメディカルシステムズ)

2020年9月号

Step up MRI 2020 MRI技術開発の最前線

心機能定量解析の新たな展望 ─ Multi-Chamber Wall Motion Tracking

佐野雄一郎[キヤノンメディカルシステムズ(株)MRI営業部]

臨床現場における心筋の壁運動評価は心エコーが主流であるが,近年ではMRIを用いた定量解析が注目されている。シネMRIを用いた評価は,現在最も正確な心機能と局所壁運動の診断法である1)とされており,最近ではfeature tracking法を用いて心筋ストレインを解析することが可能である。ストレインとは心筋の形態変化を定量評価する手法(図1)であり,左心室(以下,LV)のglobal longitudinal strain(以下,GLS)は,視覚評価や左室駆出率(以下,LVEF)ではとらえきれない心筋障害の早期発見が可能になると期待されている。心エコーを用いた研究では,左心房(以下,LA)のストレインがLVEFの保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)の病態を把握するのに役立つ2)とされている。また,右心室(以下,RV)のストレインも肺高血圧症で有意に低下する3)など,さまざまな疾患における有用性が報告されている。
しかしながら,心エコーではRVの大きさや胸骨との位置関係によってRV自由壁の描出が難しいケースがあり,経験により測定値に差が生じるといった報告4)もあるなど,患者間や操作者間で精度や再現性が異なるという課題がある。一方,シネMRIは患者による画質のバラツキは少なく,撮像断面アシスト機能の登場により操作者による精度や再現性のバラツキも少ないという特長を持つ。シネMRIを用いたストレイン解析は,当社独自の医用画像解析処理ワークステーション「Vitrea」に搭載されている“MR Wall Motion Tracking(以下,MR-WMT)”で自動解析が可能である。本稿では,機能のアップグレードを行い,解析対象をRV,LA,右心房(以下,RA)まで拡張した“Multi-Chamber Wall Motion Tracking(以下,MC-WMT)”の概要について紹介する。

図1 心筋ストレインの概要 ストレインにはいくつか種類があり,円周方向の収縮であるcircumferential strain,長軸方向の収縮であるlongitudinal strain(LS)が,左室駆出率(LVEF)よりも心機能低下の予測因子になりうると報告されている。

図1 心筋ストレインの概要
ストレインにはいくつか種類があり,円周方向の収縮であるcircumferential strain,長軸方向の収縮であるlongitudinal strain(LS)が,左室駆出率(LVEF)よりも心機能低下の予測因子になりうると報告されている。

 

●MC-WMTの特長

MC-WMTではシネMRIを用いた解析が可能であり,タギングのような特殊撮像を必要とせず,ルーチン検査の中でストレイン解析を実施可能である。過去のシネMRIデータを用いてレトロスペクティブに解析できることは,導入サイトから高く評価されている特長の一つである。
心筋トレースの手法には,feature tracking法を応用したtemplate matching技術を適用している。まず任意のフレームでテンプレートを設定し,それが次のフレームでどこに移動したかを,テンプレートのパターンが最も合致する領域を探すことで推定する(図2)。LV/RVの短軸については,高精度な初期輪郭の自動検出とtemplate matching技術により1クリックで自動解析が完了する。LV/RVの乳頭筋を自動検出し,心室容積から除外して計算するため,駆出率(EF)やstroke volumeなどの心機能解析(以下,CFA)パラメータの正確な評価が可能となる(図3)。MRIの定量解析,特にRVの手動解析は手間と時間がかかっていたが,MC-WMTは自動解析のため,簡便かつ短時間で実施でき,操作者による結果のバラツキも少ない。

図2 高精度のtemplate matching技術 関心領域全体でテンプレートの追跡を繰り返し,フレーム間での心筋や乳頭筋の動きを追従する。

図2 高精度のtemplate matching技術
関心領域全体でテンプレートの追跡を繰り返し,フレーム間での心筋や乳頭筋の動きを追従する。

 

図3 1クリックの自動解析 高精度な輪郭の自動検出とtemplate matching技術により,1クリックでLV/RVのCFAやストレイン解析が可能である。

図3 1クリックの自動解析
高精度な輪郭の自動検出とtemplate matching技術により,1クリックでLV/RVのCFAやストレイン解析が可能である。

 

●RV長軸/心房解析への適用

MC-WMTでは,LV長軸はもちろんのこと,RV長軸,およびLAやRAのストレイン解析も可能である。いずれもtemplate matching技術により簡便な輪郭トレースが可能である。シネMRIは,患者の体格や操作者による画質のバラツキが少ないため,安定して長軸の解析を行うことができる(図4)。

図4 LA,RV,RAのLS解析結果 長軸においても簡便な輪郭トレースが可能である。シネMRIは,患者の体格や操作者による画質のバラツキが少なく,安定した解析が可能である。

図4 LA,RV,RAのLS解析結果
長軸においても簡便な輪郭トレースが可能である。シネMRIは,患者の体格や操作者による画質のバラツキが少なく,安定した解析が可能である。

 

●ストレイン解析の臨床エビデンス

RVストレインは,肺高血圧症の早期発見や予後予測に有用とされている。Vitarelliらは,肺高血圧症におけるRV機能の評価指標として,自由壁のGLS,自由壁心尖部側のlongitudinal strain(以下,LS),中部側のLS,基部側のLSは,健常者と比較して有意に低下していると報告した3)。MC-WMTのRVストレイン解析においても,全セグメントのGLS表示と,自由壁を心尖部/中部/基部と3分割したセグメント表示が可能となっており,局所壁運動の視覚化,定量評価が容易にできる。
WMTを用いた臨床研究において,Koikeらは,LAのGLS低下がECVよりもLVEF低下とLA容積の増大と相関し,ストレイン解析が有用であった5)と報告している。
Nagaoらは,GLSおよびdyssynchronyがフォンタン術後における主要心血管イベント(major adverse cardiovascular event:MACE)の独立した予測因子として有用である6)と報告した。dyssynchronyとは心臓の同期不全を表す指標であり,MC-WMTでは専用のレイアウトを用いて任意のセグメント間における収縮タイミングのズレを可視化し,定量評価を行うことができる(図5)。
ShiinaらのWMTを用いた研究においても,大血管転位におけるRVのGLSおよびdyssynchronyがMACEの予測因子として有用である7)ことが報告されており,今後もさまざまな心疾患への適用が期待される。

図5 Dyssynchrony analysis 任意のセグメント間における収縮タイミングのズレを可視化し,定量評価することが可能である。

図5 Dyssynchrony analysis
任意のセグメント間における収縮タイミングのズレを可視化し,定量評価することが可能である。

 

本稿ではMC-WMTの概要について紹介した。ストレイン解析は,疾患の早期発見や予後予測に役立つ重要な情報を提供する。シネMRIを用いたストレイン解析は,心エコーでは評価の難しい体格の大きい患者や,心臓が拡張しているような症例の検査で臨床的有用性が高い。これまで,煩雑さや時間がかかるという点から医師や技師の負担が大きいという懸念があったが,MC-WMTは誰でも簡便に解析することができ,患者間や操作者間の再現性も高い。今後もさらなる日常臨床への普及と,さまざまな疾患に対する診断の一助となることを期待する。

●参考文献
1) Niemann, P.S., Pinho, L., Balbach, T., et al. : Anatomically oriented right ventricular volume measurements with dynamic three-dimensional echocardiography validated by 3-Tesla magnetic resonance imaging. J. Am. Coll. Cardiol., 50 : 1668-1676, 2007.
2) Thomas, L., et al. : Left Atrial Structure and Function, and Left Ventricular Diastolic Dysfunction : JACC State-of-the-Art Review. J. Am. Coll. Cardiol., 73 : 1961-1977, 2019.
3) Vitarelli, A., et al. : Three-Dimensional Echocardiography and 2D-3D Speckle-Tracking Imaging in Chronic Pulmonary Hypertension :
Diagnostic Accuracy in Detecting Hemodynamic Signs of Right Ventricular(RV)Failure. J. Am. Heart Assoc., 4(3): e001584, 2015.
4) Negishi, T., et al. : Effect of Experience and Training on the Concordance and Precision of Strain Measurements. JACC Cardiovasc. Imaging, 10(5): 518-522, 2017.
5) Koike, H., et al. : The impact of tissue-tracking strain on the left atrial dysfunction in the patients with left ventricular dysfunction. Int. J. Cardiol. Heart Vasc., 26 : 100453, 2020.
6) Ishizaki, U., Nagao, M., et al. : Global strain and dyssynchrony of the single ventricle predict adverse cardiac events after the Fontan procedure : Analysis using feature-tracking cine magnetic resonance imaging, J. Cardiol., 73(2): 163-170, 2018.
7) Shiina, Y., et al. : Inter- And Intra-Ventricular Dyssynchrony in the Systemic Right Ventricle Is a Surrogate Marker of Major Cardiac Events in Mildly Symptomatic Patients. Heart Vessels, 33(9): 1086-1093, 2018.

 

●問い合わせ先
キヤノンメディカルシステムズ(株)
広報室
TEL 0287-26-5100
https://jp.medical.canon/

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