技術解説(キヤノンメディカルシステムズ)
2020年4月号
腹部領域におけるUS技術の最新動向
“Liver Package”を用いたびまん性肝疾患の評価
渡辺 正毅[キヤノンメディカルシステムズ(株)超音波クリニカルソリューションプロジェクトチーム]
近年,生活習慣病を起因とする脂肪性肝疾患(脂肪肝)が多くなってきている。脂肪肝の中には,単純性脂肪肝と非アルコール性脂肪肝炎(以下,NASH)が存在し,特にNASHが原因で肝硬変,さらには発がんに至るケースがあることから,発がんリスクの高いNASHを早期に発見することが重要とされている。一方,近年,剪断波の伝播速度をイメージングするShear wave Elastography(以下,SWE)による肝硬度診断が盛んに利用されてきているが,急性肝炎症例で肝線維化がほとんど認められないにもかかわらず剪断波の伝播速度が上昇するケースが見られ,弾性を表す伝播速度との乖離例が報告されている1)。その原因の一つとして,肝組織の壊死・炎症による粘性の増加が強く影響しているのではないかと言われている。さらに,SWEにおける剪断波の伝播速度の上昇は,肝線維化ステージと有意な相関はあるものの,脂肪肝との相関は高くない。これに対し,超音波の減衰係数は,脂肪化と有意な相関はあるものの,線維化ステージとの相関は高くない。したがって,びまん性肝疾患すべての症例に対して1つの指標値で評価することは,適当ではないと考える。
このような問題に対して,「Aplio i-series」の超音波診断装置には,“Liver Package”と称する定量化アプリケーション群(Shear wave Elastography:SWE, Shear wave Dispersion map for SWE:SWD,Attenuation Imaging:ATI)(図1)が搭載可能である。そして,びまん性肝疾患を複数のパラメータを用いて評価できるように,各アプリケーションの値を一つのレポートにまとめて1画面で表示可能な“Multi Parametric Report”機能(図2)もその一つである。各指標値を用いて施設ごとにトレンドグラフ(図3)を設定し,検査結果と比較して評価できるので,将来,この機能を使って疾患の鑑別予測が可能となることを期待して研究開発を続けている。従来,SWEとATIは別々に取得する必要があったが,検査をより短く簡便にすることを目的に,SWE,SWDとATIの一括収集モード(図1)を開発した。同時に,cooling time(次のスキャンが開始可能になるまでの時間)中に,画面表示の変更や計測などの作業を可能とすることで,検査者の待ち時間の低減を図っている。次に,SWE,SWD,ATIについて,技術的な解説をする。
●Shear wave Elastography(SWE)(図1 a)
音響放射力によって組織の一部を加振し,それによって生じた剪断波の伝播状態を観測することで,伝播速度を推定し,イメージングするのがSWEである。伝播速度は,硬さの指標値である弾性率に変換することが可能である。
●Shear wave Dispersion map for SWE(SWD)(図1 c)
粘弾性物体を伝播する剪断波の伝播速度は,一般的に,ずり粘性が大きいと周波数分散性が生じると言われている。粘性に関する波の伝播動態の真相はいまだ完全には明らかにはなっておらず,解明・解釈が困難な物理パラメータではあるが,多くの生体組織は粘性の性質を持つと考えられるので,弾性だけでなく,粘性ないし粘性に関連がある指標値も考慮することが必要になってくると考えられる。そこで,本機能では,剪断波の周波数成分を考慮,すなわち,剪断波の到達時間を周波数に対して分散的(dispersive)な値として考え,周波数ごとに剪断波の伝播速度を算出している。一般的に,周波数成分-位相速度(伝播速度)の関係に対して,VoigtモデルやMaxwellモデルなどを用いてフィッティングすることにより,ずり弾性係数およびずり粘性係数を算出できるが,これらのモデルは,すべての臨床例で検証された理論ではないので,ずり粘性によって周波数分散性が現れることに着目し,その分散性の程度を一次近似で表し,その値をDispersion Slope(DS値)として色づけし,画像表示している。
DS値は,単に「周波数成分ごとの伝播速度の変化量」であり,粘性係数ではないことに注意する必要がある。さらに,粘性の大小関係以外にも関与する可能性はあるが,少なくとも,剪断波の周波数に依存し粘性に関連のある指標値である。
●Attenuation Imaging(ATI)(図1 b)
脂肪肝では,肝深部のエコー信号強度が減衰し,描出不良となることが知られており,肝実質の組織構造や音響特性によって減衰量が変化する。そこで,われわれは超音波の減衰量に着目し,減衰係数を推定する機能の開発を行った。Bモード画像で得られた信号には,ゲイン補正やビームプロファイルによる強度変化の影響が含まれているため,単に信号の変化量を算出するだけでは減
衰係数を求めることは難しい。そこで,Bモードで得られた信号からゲインの影響を除き,さらに,超音波ビーム音場の広がりの影響を,ファントム測定値をリファレンスとすることで除去し,生体組織の散乱・吸収による減衰のみを反映した信号強度分布に変換している。バラツキをいかに低減させ,代表とする推定値を得るかが本機能の重要な技術の一つと言える。当初,2つの周波数を用いて互いに除算することで減衰係数を推定する方法も検討していたが,生体によるバラツキの程度をより少なく抑えられる本方法を採用した。また,上述の補正後に,単純に分布から変化量(傾き)を取ってしまうと,強反射体や血管内など反射強度が極端に小さい対象物が存在した場合に,実質内の正しい減衰係数を算出することが困難になってしまう。そこで,減衰係数を推定する領域内を小さな領域に分割し,小さな領域ごとに信号強度の局所分散値を算出することで,構造物か否かの判定を行い,構造物と判定された場合は,計測に用いる値から除外するフィルタが搭載されている。本機能において,この構造物除去フィルタは,安定した減衰係数を算出する上で重要な位置づけとなっている。
減衰計数の計測結果の表示では,その信頼性の指標として,傾きを直線フィッティングした際の決定係数の情報を表示している。この決定係数は,信頼性が高い場合は数値が白色で表示され,信頼性が低い場合には赤色で表示される。ATIは比較的均一で大きな領域を対象に測定することを想定しているが,この減衰係数値は,対象領域の信号分布が,いかに減衰係数算出の直線フィッティングに適した場所であるかということを判断する参考となる。
*NLV,RatioはW.I.P.の機能です。図内の数値は例です。
●参考文献
1) Viganò, M., et. al. : Transient elastography assessment of the liver stiffness dynamics during acute hepatitis B. Eur. J. Gastroenterol. Hepatol., 22(2): 180〜184, 2010.
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