技術解説(キヤノンメディカルシステムズ)
2020年3月号
Dual Energy CT(DECT)の技術の到達点
新たなdual energy技術 “Spectral Imaging System”
伊藤 雄也(キヤノンメディカルシステムズ(株)国内営業本部CT営業部営業技術兼CT開発部システム開発担当)
dual energy技術は,管電圧の異なる2種類のX線を用いてCT撮影する技術で,従来のCT画像と比べ,仮想単色X線画像によるコントラスト強調やアーチファクト低減といった画質改善効果に加え,物質弁別機能を用いることでヨード造影剤成分の強調表示や,実効原子番号,電子密度などを用いた解析が可能となり,画像診断における新たな被写体情報や,高精度な定量値により,診断や治療計画の精度向上に期待できる。
今回,撮影中に管電流を変調させる自動照射制御(auto exposure control:AEC)を併用する照射X線量の最適化や,スキャンとの連動による解析ワークフローの高速化という臨床検査のニーズに応えられる,ディープラーニング技術を用いた新たなdual energy技術“Spectral Imaging System”を開発した。
新たなdual energy技術 Spectral Imaging Systemについて
Spectral Imaging Systemは,“Spectral Scan”“Spectral Reconstruction”“Spectral Analysis”から構成される。本技術の特徴や物理特性について解説する。
Spectral Imaging Systemの特徴
(1) 同時相撮影による高精度なデータの収集ができるため,位置ズレの影響が少ない高精度な解析および画像提供が可能
(2) 面検出器により160mmの幅を1回転で一度に撮影できるため,短時間での撮影が可能
(3) AEC連動により,照射線量の適正化が図れる。
(4) ディープラーニングを用いた画像再構成により,高いアーチファクト低減とノイズ低減効果が得られる。
(5) スキャンと連動して画像や解析結果を作成できるため,ワークフローが高速化される。
1.Spectral Scan
Spectral Scanとは,1回転のスキャンにおいて高低2種の管電圧を高速で切り替える撮影(rapid kV switching法)にAECの併用が可能な当社独自の撮影法である。また,寝台天板移動なしで最大160mm(320列)を撮影できる“Spectral Volume Scan”,および80mm(160列)の幅で天板を移動しながら連続回転して撮影できる“Spectral Helical Scan”に対応し,体形や部位に合わせて適切な撮影モードの選択と線量調整が可能であり,エリアディテクタCTの有用性をさらに進化させる技術である。Spectral Scanでは,rapid kV switching法の一般的な課題を解決しており,これらの課題や解決方法について解説する。
1)Rapid kV switching法の課題(スキャン系)
(1)エネルギー分離能の低下
rapid kV switching法による管電圧変化の概念図を図1に示す。緑色の実線は低い管電圧(low-kVp),青色の実線は高い管電圧(high-kVp)を示す。図1 上段に示す理想の管電圧波形は,管電圧変調時間がゼロ秒で低い管電圧から高い管電圧に切り替えができることにより,低管電圧と高管電圧が常に安定しており,エネルギー分離能が高いと言える。一方で,図1 下段に示す実際の管電圧波形は,ゼロ秒での管電圧の切り替えが難しく,管電圧が不安定な過渡期が存在し,安定したエネルギーの領域が少ないため,エネルギー分離能が低下する。
(2)AEC併用の困難
管電流を高低2つに変調した管電圧変化の概念図を例として,波形中央部で異なる管電流に変調させた管電圧波形を図2に示す。ある管電流(管電流A)の管電圧波形は立ち上がりが急で,立ち下がりは緩やかである。一方で,変調後の管電流(管電流B)の管電圧波形は立ち上がりが緩やかで,立ち下がりは急である。このように,設定される管電流により,管電圧の立ち上がりと立ち下がりの速度が変化するため,想定していた高管電圧の投影データ領域(□)に低管電圧の投影データも混在し,エネルギー分離能が低下する。つまり,rapid kV switching法で管電流を変調すると,kV switchingサイクルの間隔が変化することにより,エネルギー分離能が劣化するため,撮影中に管電流を変調させるAECを用いることが困難であった。
2)Rapid kV switching法の課題解決(スキャン系)
管電流を高低2つで変調したSpectral Scanの管電圧波形を図3に示す。Spectral Scanでは,管電流を高低2つに変調させても,低管電圧・高管電圧が,共に安定した管電圧波形を長く得られていることがわかる。Spectral Scanでは,上記の課題を解決するため,後述のSpectral Reconstructionと組み合わせることで,管電圧の立ち上がりと立ち下がりを含めたkV switchingのサイクルを最適化し,管電圧が安定している部分をより効率的に収集することによって,高いエネルギー分離能を保ちながらAECの併用を可能とした。
2.Spectral Reconstruction
Spectral Reconstructionとは,ディープラーニングを用いて設計された画像再構成法であり,Spectral Scanによって得られた投影データのすべてを活用して,物質情報に基づく基準物質画像を作成する再構成技術である。ディープラーニング技術を用いることで,各管電圧エネルギーにおける投影データの形状情報やX線吸収量を復元し,かつ,広い線量帯に対応した画像再構成である。
1)Rapid kV switching法の課題(再構成系)
(1)不連続なデータの復元
rapid kV switching法は,2つの管電圧を同時に取得することができず,高低の管電圧を交互に取得する投影データとなる。また,管電圧ごとの投影データに分けると必ず不連続なデータとなり,欠損部が生じる。dual energy解析では,同時相かつ異なる管電圧の投影データが必要になるため,この不連続なデータの欠損部を復元する必要がある。例えば,高管電圧の投影データの不連続な欠損部を復元する場合,欠損部両端データからの線形補間による推定では精度に限界がある。また,限りなく欠損部を少なくするために管電圧切り替え時間を高速にすると,安定した管電圧波形が得られないため,エネルギー分解能の低下やAEC併用が困難となる。
2)Rapid kV switching法の課題解決(再構成系)
これらの課題解決において,投影データの不連続なデータの欠損部を復元するためには,投影データを構成する形態情報とX線吸収情報の正確な復元が重要となる。Spectral Reconstructionにおいて,高管電圧の投影データの欠損部を復元する場合,高管電圧の投影データの両端に存在する低管電圧の投影データ,およびdeep convolutional neural network(以下,DCNN)を用いて被写体の形態情報を復元している。これではX線吸収情報が異なるため,さらに,欠損部周辺の同一なX線吸収情報を持つ投影データを用いてX線吸収情報を復元することで,高精度での投影データの復元が可能となる(図4)。加えて,当社が開発したディープラーニングを用いて設計した画像再構成技術“Advanced intelligent Clear-IQ Engine(AiCE)”で培った技術を応用することで,さまざまなノイズ量の投影データを用いて学習することにより,ノイズ低減効果も図ることを可能とした。
通常のdual energy CTは,収集した投影データに対して物質弁別を行うことで基準物質の投影データを生成し,次に,画像再構成により基準物質画像を生成,その後に種々のdual energy解析を行う。本技術は投影データでの復元およびノイズ低減を行うため,dual energy解析を行う過程の上流部でのアプローチとなり,画質改善のみならず,ヨード密度や電子密度,実効原子番号などの定量値精度の向上にも期待できる。
3.Spectral Analysis
Spectral Analysisは,Spectral Scan から得られた基準物質画像を用いて,さまざまな解析や解析後の画像・グラフなどを表示するアプリケーションであり,医用画像処理ワークステーション「Vitrea」に搭載される専用の解析ソフトウエアである。
dual energy CTの臨床応用では,検査目的によってアキシャルやコロナルなどの画像表示方法や解析結果のグラフの種類,および求められるレイアウトが異なる。ワークステーションVitreaでは,さまざまな用途に対応するために,目的別で施設ごとに任意のプリセットを登録でき,1クリックで切り替え可能な表示方法を採用した。また,スキャンと連動して画像転送や解析結果を表示できるため,ワークフローの高速化も実現した。Spectral Analysis(Vitrea)の画面を図5に示す。スキャン連動での画像表示に加え,任意方向の断面画像や解析結果を最大6画面に表示でき,診療各科のさまざまな用途に応じて一貫したワークフローで,画像データの観察からレポート作成まで包括的なサポートを提供している。
4.物理特性
基礎画質評価を目的とし,従来single energyの120kVp画像と70keVの仮想単色X線画像において,空間分解能とノイズ特性を比較検討した。また,Spectral Analysisの付加価値となるエネルギー弁別能の定性評価として,電子密度値と実効原子番号値の測定精度の検証をした。空間分解能,ノイズ特性,および定性評価の検証結果について解説する。
1)空間分解能(XY面内)
Catphan600(Phantom Laboratory社製)のCTP404モジュールを,従来スキャン(120kVp)とSpectral Scanにて同程度の線量(10mGy)で撮影し,120kVp画像と70keV画像から算出したtask transfer function(以下,TTF)を比較した。TTFは,Richardらに提唱された測定法1)に準拠して測定し,算出したTTFの結果を図6に示す。従来スキャンの“AIDR 3D”(120kVp)と比較して,Spectral Scanの仮想単色X線画像(70keV)では,どの周波数帯域においても同程度,もしくはそれ以上の結果が得られており,DCNNによる不連続データの復元精度が高いと考える。
2)ノイズ特性
直径32cmの水ファントムを,従来スキャン(120kVp)とSpectral Scanにて,同程度となる3つの線量(5mGy, 7mGy, 10mGy)で撮影し,従来スキャンのAIDR 3DとSpectral Scanの仮想単色X線画像(70keV)から算出した画像SDの結果を図7,10mGyの画像から算出したnoise power spectrum(以下,NPS)の結果を図8に示す。画像SDについて,本法は従来スキャンと比較して,各線量帯のすべてにおいて同程度,あるいは少しSD改善効果が高い傾向である。また,NPSについて,本法は従来スキャンと比較して高周波領域ノイズが多く,低周波領域ノイズが低い傾向である。これは細かい粒状性を維持しながら低周波ノイズを低減できていることを示し,基礎画質向上,および低コントラスト検出能向上が期待できる。
ここで,Catphan600のCTP404モジュールを,従来スキャンとSpectral Scanにて,同程度の線量(10mGy)で撮影した120kVp画像と70keV画像を図9に示す。上記物理特性で示したように,120kVp画像と比較して,70keV画像は空間分解能と粒状性を維持しながら低ノイズ画像を得られていることが確認できる。
3)エネルギー弁別能:電子密度値
CBCT Electron Density Phantom(CIRS社製)を,各線量(5.4mGy, 10.4mGy,25.1mGy)でSpectral Scanにて撮影し,Spectral Analysisを用いて14種類の物質に対して電子密度値を測定し,ファントムの仕様書に記載されている公称値を真値として比較した結果を図10に示す。各種青色が線量帯ごとの実測した電子密度値,赤色が真値を示し,いずれの物質や線量帯においても良好な精度を確認している。
◎
320列のエリアディテクタCT「Aquilion ONE」の特長である160mmの幅の有効視野を保ち,さらに,高精度な定量性とAECによる被ばくの最適化が可能なdual energy技術Spectral Imaging Systemを開発した。本装置が提供するdual energyによる新たな被写体情報や高精度な定量値が得られることで,さまざまな臨床領域において診断の確信度や治療計画の精度向上に貢献できると考える。
今後も,新たな臨床価値や快適な検査環境を実現すべく,引き続き開発と改良を続ける所存である。
●参考文献
1) Richard, S., et al. : Towards task-based assessment of CT performance : System and object MTF across different reconstruction algorithms. Med. Phys., 39 : 4115-4122, 2012.