Canon Clinical Report(キヤノンメディカルシステムズ)
2025年1月号
FPDの新しい画像処理で変わる健康診断における胸部Ⅹ線検査 〜Intelligent NRとダイナミックレンジ調整アドバンス処理が切り拓く新たな可能性〜
京都工場保健会宇治支所(宇治健診クリニック)
近畿地方を中心に年間60万人の企業健診を行う一般財団法人京都工場保健会は,2024年8月にAIを活用したノイズ低減処理ソフトウエア「Intelligent NR」(INR)と「ダイナミックレンジ調整アドバンス処理」(DRAA処理)の運用を開始,より確実な診断の提供に取り組んでいる。新技術導入による効果や今後の胸部X線診断の可能性について,巡回業務の中心を担う宇治支所(宇治健診クリニック)の健診技術部部長を務める井上春喜巡回健診事業部副事業部長と健診技術課の竹内啓介課長,喜多孝一担当課長,山田哲也副主任に取材した。
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歴史と伝統を背景に企業の労働衛生管理を担う
京都工場保健会は,京都府内の中小企業11社が出資し共同の診療所として1941年に設立された。民間で最初期にレントゲン車を導入し,巡回健診を中心に企業の健康診断業務を拡大。現在は,京都・兵庫に8拠点を持ち,非会員企業も含め60万人を対象に健康診断を行っている。同時に,「事後指導やメンタルヘルス,産業医活動など,労働衛生全体にかかわる事業を広範囲で展開しています」と井上副事業部長は話す。
同会は44台の検診車(胸部,胃胸部,マンモグラフィ)を有し,約半数が蓄電池搭載車両と環境に配慮した取り組みを進めている。そのうち39台を有する宇治支所をキーステーションとして,京都を中心とした近畿2府4県のほか,長野県などに検診車を派遣し,健診業務を行っている。胸部X線検査については,宇治支所では11台ある胸部検診車が繁忙期にはほぼ全車両が稼働する。1台の検診車での撮影枚数は1日あたり100〜150枚,宇治支所での年間の撮影枚数は約45万〜46万枚に上る。個人情報の流出を防ぐため撮影時は識別番号(ユニークキー)のみで管理し,夜間に識別番号と受診者名をマッチング後に,本部である総合健診センターで過去データと紐づけるなど,健診システムのIT化を進めている。また,読影医は専属の呼吸器専門医2名のほか,外部の医師約20名とパートナー契約を結び,一次・二次読影を合わせて延べ約90万回の読影を行っている。
同会は,2005年4月に「デジタルラジオグラフィCXDI-50G」(キヤノン社製)を搭載したデジタルX線検診車の初号機を導入する。持続的な事業拡大という観点および,さらなる診断精度向上への期待から早期のデジタル化をめざし,2012年にフルデジタルを実現した。
CXDIの堅牢性と安心感を評価
現在,胸部,胃胸部検診車に16台のCXDIが搭載されている。導入のきっかけについて竹内課長は,「業務の効率化や精度向上において,デジタル化は最優先の課題でした。CXDIを選定した決め手は,FPD性能の将来性や装置特有の優れた応答性でした」と当時を振り返る。
さらに,CXDIの特長として,堅牢性を挙げる。喜多担当課長は,「検診車は移動時の振動のほか,車内温度の変化が激しく,夏期は60〜70℃近くまで上昇する場合がある一方,冬期は氷点下まで下がるというハードな運用環境です。ありがたいことに,CXDIはパネル,コンソールともに非常に堅牢で,故障することはほぼありません。巡回健診は中止や延期があってはなりませんから,その点で,CXDIの堅牢性は非常に安心感があり心強いです」と高く評価する。
さらなる高画質を実現するINRとDRAA処理を導入
キヤノンは,CXDIシリーズの新機能として,2022年9月にAIを活用したノイズ低減処理INR,2024年3月に従来のダイナミックレンジ調整処理をアップデートしたDRAA処理をリリースした。同会では,2024年8月にINRとDRAA処理を搭載した2台の検診車を導入,全国に先駆けいち早くDRAA処理の稼働を開始する。
INRは,AI技術の一つであるディープラーニングを応用し,CXDIシリーズの大量の臨床データの学習により形成したニューラルネットワークモデルを用いて,鮮鋭度(MTF)を落とさずに,従来方式と比べ,最大約50%のノイズ低減を実現する。INRの導入について,山田副主任は次のように話す。
「従来のノイズ低減処理は,ノイズ抑制を強くすると微細な肺血管などの信号が消えてしまうというトレードオフの問題があり,キヤノンに相談したところ,従来のルールベースのノイズ低減処理とまったく異なるアプローチのINRを提案されました。INRはわれわれが望んでいた画質をまさに実現しており,実際の撮影でも高いノイズ低減効果を発揮しています」
今後の展開として,竹内課長は,「優れたノイズ低減効果を生かし,低被ばくな巡回健診を実現したい。健診は健常者が対象です。これまで以上の低線量撮影の検討をぜひ進めたい」とINRに大きな期待を示す。
一方のDRAA処理は,高コントラスト信号も画像の表示範囲に収め,より強い圧縮処理を行うことで,体厚の違いによらず肺野濃度の安定化を可能にする。胸部画像は体厚の薄い胸部から厚い縦隔部までの広いダイナミックレンジを維持し,同時に肺血管などがよく見えるようコントラストをしっかりつけるという相反する表現が必要となる。加えて,ポジショニングや受診者の体格によっては肺血管が見えにくいなどの課題があった。同会の要望をヒアリングし,機能として実現されたのがDRAA処理である。その経緯と評価を,喜多担当課長は次のように話す。
「以前の画像では,特に胸筋が厚い受診者の一部で肺血管が黒く潰れるケースがあり,読影医から『疾患の有無が判別しづらい』という指摘を受けることがありました。DRAA処理は,肺野の輝度を平均的に見せることで,今まで黒潰れし見えにくかった肺血管がきれいに見えるようになります。さらに,DRAA処理はINRと併用して処理をかけられ,併用により全体の画質が向上しました」
読影医からも,「さらに読影しやすく,期待した画質が実現している」と歓迎されているという。
また,同会では胸部単純Ⅹ線写真の読影時に経時差分ソフトウエアを活用しているが,読影フローを含めこれらの新機能導入による影響はないと述べる。
■ノイズ低減処理「Intelligent NR」と「ダイナミックレンジ調整アドバンス処理」を適用した臨床画像
新技術が切り拓く胸部X線診断の未来への期待
INRはCXDIのモデルにより適用の可否が分かれる。同会では既存の検診車に搭載されたCXDIのDRAA処理の適用を進め,さらに順次INRを導入していく予定だ。
CXDIやこれらの新機能について,井上副事業部長は「高精度な画像を基にした読影により,確実な診断を提供するというわれわれの使命の一翼を担っていると思います」とその意義を高く評価する。さらに,健康診断における胸部Ⅹ線検査の新たな可能性への期待にもつながっている。
「従来は,画質向上を求めてもトレードオフとなる特性が多く,実際にできることは限られていました。しかし,INRによりノイズの影響を最小限に抑えた画質調整が可能になったことで,例えば診断支援AIシステムの特性に合わせた画質調整など,さまざまな可能性が生まれます」(喜多担当課長)
胸部X線撮影は実施施設や装置が多く最もアクセスしやすい検査の一つであり,健康診断など多くの優良なデータが得られる。それらを基にした日本独自のシステム開発などにも期待が膨らむ。将来,医療現場とメーカーの連携により,撮影画像のデジタル化のような変革が再び起こる日が来るのかもしれない。
(2024年10月18日取材)
一般的名称:X線平面検出器出力読取式デジタルラジオグラフ
販売名:デジタルラジオグラフィ CXDI-Elite
認証番号:304ABBZX00003000
製造販売元:キヤノン株式会社
*Intelligent NRはノイズ低減処理の設計段階でAI技術を用いており,本システム自体に自己学習機能は有しておりません。
*記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれる場合があります。
*医療機器の添付文書もご参照ください。
一般財団法人 京都工場保健会宇治支所
京都府宇治市広野町成田1番地7
TEL 0774-48-1270
https://kyotokojohokenkai.jp
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