Canon Clinical Report(キヤノンメディカルシステムズ)
2023年8月号
乳がん死亡率を減らし乳がん患者にやさしい社会の実現をめざすピンクリボン運動を先導 〜組織から個人へ、検診受診の「最後の一押し」の役割を担うピンクリボンアドバイザーの活動〜
認定NPO法人 乳房健康研究会
日本における乳がんや乳がん検診の認知度向上や普及に先駆的に取り組んできたのが、2000年に外科、放射線科、婦人科など4名の医師が立ち上げた乳房健康研究会だ。2002年にスタートしたスポーツ参加型の「ミニウオーク&ラン フォー ブレストケア」は、日本のピンクリボン運動拡大のきっかけとなり、現在は全国でさまざまな活動が行われている。日本でのピンクリボン運動をはじめとする乳がん啓発活動の歴史と今後について、福田 護理事長(聖マリアンナ医科大学附属研究所ブレスト & イメージング先端医療センター附属クリニック院長)と、同研究会が創設したピンクリボンアドバイザーの方々にインタビューした。
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マンモグラフィや乳がん検診周知を目的にしたピンクリボン運動
乳房健康研究会(以下、乳房研)が立ち上がった2000年当時は、マンモグラフィや検診による早期発見の重要性は一部の専門家や関係者を除いて世間一般にはほとんど知られていなかった。福田理事長は、「乳房研のビジョンは、乳がんで亡くなる方を1人でも少なくし、乳がん患者さんにやさしい社会をつくることです。発足当初の目標は、まずマンモグラフィ検診や早期発見の重要性を知ってもらうことでした。そのために進めたのが、プレスセミナーや啓発のための書籍の出版、そして一般の人が参加できるピンクリボン運動です」と述べる。2002年にスタートしたミニウオーク&ラン フォー ブレストケアは、日本で初めてのスポーツ参加型の啓発イベントとして多くの参加者を集めるだけでなく、企業の参加やメディアでの報道にもつながり認知度の向上に大きく貢献した。そのほか、ピンクリボンバッジやピンクリボン月間のさまざまな建造物のライトアップも認知拡大に役立った。福田理事長は、「こういった活動によってマンモグラフィや乳がん検診への認知度は、最近の調査では90%以上の人に知られている状況になりました」と言う。
乳房研の発足から10年が経過した2010年に、米国や韓国などの乳がん啓発団体も参加した「PINK RIBBON GLOBAL CONFERENCE 2010」を開催した。米国からは代表的な乳がん啓発団体であるスーザン・G・コーメン財団が参加して、日本の次のステージに向けた多彩なディスカッションが行われた。福田理事長は、「認知度の向上の次は、検診受診率の向上が課題でした。米国などの事例を参考に、エリアを限定した受診率向上の施策を行い、実際にどのような効果があるかを検証しました。そこでの成果を基に段階的に規模を拡大して実施するという考え方です」と述べる。具体的には、2011年から2年間、東京都墨田区をターゲットエリアとして、行政や地域医師会、保健衛生協力員、民生・児童委員などとともに個別受診勧奨や広報誌、回覧板によるPRなどに取り組み、乳がん検診の無料クーポンの問い合わせや受診者数の増加につながった。
個人が主導する方法としてピンクリボンアドバイザー制度を創設
組織が中心だった活動を個人レベルでの活動に広げたのが、2013年にスタートしたピンクリボンアドバイザー制度である。福田理事長は、「組織主導型の活動は、乳がん検診などに最初から関心の高い“行動派”のグループには有効でした。しかし、ライフスタイルや価値観が多様化する中で、わかっていても行動につながらない層の人たちをその気にさせるには個人の役割が重要だとわかってきました。ピンクリボンアドバイザーは、行動経済学でいうナッジ(最後の一押し)をしてもらう役割です」と説明する。ピンクリボンアドバイザーは、正しい乳がんの知識を身につけるため、初級、中級、上級の検定レベルで試験を行っている。これまで延べ1万8000人が誕生しているが、医療関係者だけでなく一般の会社員や主婦などさまざまな立場の人が参加している。聖マリアンナ医科大学ブレスト & イメージングセンターの診療放射線技師で、上級ピンクリボンアドバイザーの後藤由香氏は、「検査する技師の立場で、何ができるかを考えています。まずはピンクリボンアドバイザーという役割をきっかけとして、検査を受けに来られた患者さんや医療関係者を含めて正しい知識を知ってもらい、少しでも検診の受診につながるようなアプローチができるように心掛けています」と話す。
乳がん患者の立場から健康や検診の重要性を伝える
久世聖美さんは、患者としてピンクリボンアドバイザーになったのではなく、アドバイザーになったことで自らの乳がんを早期発見できたという経験の持ち主だ。
「友人からピンクリボンアドバイザーのことを聞いて試験を受けたのですが、それが私の人生を変えました。ピンクリボンアドバイザーとして知人には乳がん検診を勧めていたのですが、自分自身はまだ受けていませんでした。ちょうど区の検診が半年先まで埋まっていて、まずは自己チェックからと思ったところ、影のように見えるところがありました。がんと診断されたときはびっくりしましたが、ピンクリボンアドバイザーとしての知識が役に立ってあたふたせず、驚いている家族にもしっかりと説明することができました。ピンクリボン運動についてはピンクリボンアドバイザーになるまではよく知りませんでしたが、医療の専門家ではないピンクリボンアドバイザーの役割は、がん患者としての経験を踏まえて何が起きるのか、これから何をするのかを具体的に伝えて安心してもらうこと、身近な人を医療機関につなげることだと思っています」
久世さんは、学校教育におけるがん教育の講師の活動も行っている。がん対策推進基本計画に基づくこの取り組みを、乳房研では、2018年に「ピンクリボンアドバイザーによるがん教育プロジェクト」としてスタートした。がん教育講師としての研修を修了したピンクリボンアドバイザーが全国の中学校、高校に赴いて自らの経験を基に講義を行い、生徒の健康意識の向上や未来の検診受診率のアップにつなげる取り組みだ。久世さんは、「家族ががんになった時にがんのことを知っていればどういったサポートができるかを考えられるので、それも大事なことです」と言う。生徒にとっては講師である久世さんは母親世代であり、もし自分の母親ががんになったらという気持ちで聞いてくれると話す。福田理事長は、「ピンクリボンアドバイザーの約40%は乳がんなどのがん経験者です。もちろんがんに対する全体的なお話しもしますが、実際にがん患者から聞く体験談は圧倒的にインパクトがあります。ピンクリボンアドバイザーが個人から個人へという横の広がりだとすると、がん教育は次の世代に向けた縦へのつながりを生み出すものです」と説明する。
ピンクリボンアドバイザーによる本社工場見学会などを実施
ピンクリボンアドバイザーの活動の中で、キヤノンメディカルシステムズの本社工場見学会を2014年から年1回行ってきた。工場見学では、マンモグラフィや超音波診断装置の製造ラインなどの見学だけでなく、研修会なども行われる。このイベントに参加した後藤技師は、「装置を使って検査する技師の立場としては、普段使っている装置の内部を見たり、組み立てや開発の様子を実際に見学することで、装置により愛着が湧きますし、本当に画像を良くしたいんだという意気込みを感じることができました」と述べる。キヤノンメディカルシステムズは、デジタルマンモグラフィ装置「Pe・ru・ru」シリーズや超音波診断装置「Aplio」シリーズなどをはじめ、Women's Healthcare領域におけるソリューションを提供しているが、同社では乳がん啓発運動にも賛同し、2003年からピンクリボンウオークでの展示や協賛などを行うなど啓発・普及活動にも積極的に取り組んでいる。福田理事長はピンクリボン運動への企業の参画について、「ピンクリボン運動はボランティアですが、活動には資金が必要です。企業からの支援は広告や営利ではなく、乳がんにやさしい社会をめざすというピンクリボンの趣旨に賛同いただき、さまざまな活動をサポートしていただいているものです」と述べる。
2030年までに乳がんの死亡者数年間1万人以下をめざす
乳がん検診受診率は、がん対策基本法で目標とされた50%以上に近づきつつあるが、欧米に比べてまだ低いのが現状だ。今後の乳がん検診の方向性を福田理事長は、「日本では、受診率を含めて検診のデータの把握が不十分なのが現状です。デジタル化とマイナンバーの利用で、今後、検診の精度管理が進むことが期待されます。それが実現すれば、北欧のような組織型検診も可能になるでしょう」と述べる。その上で、検診受診率の向上は今後の課題でもある。福田理事長は、「良い制度をつくっても受診してもらわなければ意味がありません。乳房研では20周年を機に、2030年までの10年間に“乳がんの死亡者数を年間1万人以下にする”という目標を立てました。そのためにピンクリボンアドバイザーを10万人以上にします。これまでの活動はイベントが中心でしたが、目標を立てることで乳がんの死亡率の低下という目的に少しでも早く近づけるように活動していきたいですね」と述べる。
発足から23年が経過し乳房研の活動は着実に浸透しつつある。乳がんによる死亡者数の減少、乳がん患者にやさしい社会の実現に向けて、企業も含めた活動のさらなる拡大と深化が期待される。
(2023年6月26日取材)
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